カリン

1.

 どうせ喫煙所に居るだろうと思って覗いてみたら案の定喫煙所に居た上司を発見した。

 僕の数個しか歳の離れていない義母であり、上司のカリンだ。

「あぁ。ホワイトデーって事ですよね」と煙を吹かしながら笑うカリン。

「面倒な導入が要らなくて感謝しますよ」と隣で煙草に火を点ける。

 そして、手にとった包みを手渡す。

「カリン、パイ食べないか?」

「……私何か悪いことでもしましたっけ?」

 いや、普段からいたずらばかりしてるじゃないですかなんて口が裂けても言えなかったので「気分です」と首を振る。

「ブランデーくれたじゃないですか。アップルブランデーってあるなと思って。だからアップルパイ」

 そう言うなりカリンは「円周率」とだけ呟いた。


2.

 キッチンでアップルパイを切り分ける。流石にこのサイズはみんなで食べた方がいいな。

 とりあえずカリンに食べさせる分だけを温め直してコーヒーを淹れる。

「またくだらない洒落を考えましたね、シオン君」

「カリン相手ならこれくらいしないとって思って」

 そう話してる間にアップルパイが温まったのでコーヒーと共に差し出す。

「うん、シナモンが良い感じに効いてますねこれは」

「前にゆめが沢山ケーキを買ってきた店で買ってきたのでハズレはしないだろうなって」

 その単語に反応するように少し苦い顔をするカリンを見て笑いながら隣に座る。


3.

 アップルパイを食べ終わると僕の方を向いて「それで」と話を切り出すカリン。

「お嬢様にはもう渡したのですか?」

「あー……それが、今日は忙しいからって作業場から締め出されちゃって」

 それを聞くなり笑い出すカリンは「ホワイトデーって事忘れてるんじゃないですか?」と呟くのでなるほどなと相槌を打つ。

「本当に忘れてるかも知れませんね、お嬢様の事ですし」

「バレンタインはちゃんと覚えてたのに……まぁ、ゆめらしいと言えばゆめらしいか」

 ですね、とまだ笑うカリンを置き去りにして一度自室に戻る。


4.

 ホワイトデーの日付と円周率。このジョークを最初に思いついた人にイグノーベル賞でも贈呈したいくらいだ。

 これほどバカらしくて、それでいて憎めず、誰も傷つけないような楽しい発想はもっともっとあるべきだ。

 そして、そのバカらしいジョークを一緒に笑ってくれる人もずっと、ずぅっと。居てくれるべきだ。

 この屋敷のみんなは、ずっと一緒に居てくれるだろうか?

 いや、考えなくてもわかる。ずぅっと、一緒に居てくれるだろう。

 そう考えながら、時間は過ぎていくのであった。

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