ポンポン帝国

「今時、『寝ずの番』なんて必要あるのかよ……」


 じいちゃんが米寿を迎える前日に死んじゃった。せっかくみんなでお祝いしようって話をしてたのに。


 今は親と親戚が隣の部屋で、今後の事を葬儀屋と話をしている。田舎で年寄りが多いからなのか、立て続けに葬式があって遅れそうになっているらしい。


 俺はそんな話し合いになんか参加出来る訳もなく、親戚の中でも最後の方に生まれたから年齢が近いやつもいない。未成年なのは俺だけだしな。仲間外れの俺に残った仕事が『寝ずの番』って訳だ。


 まぁそうはいってもずっと起きてる訳じゃない。線香も長時間付いてる物を使うし、蝋燭だってそれ用だ。ぶっちゃけ俺なんかいなくたって朝まで大丈夫だろうって思ってるけど、隣には親や親戚もいる。じいちゃんには世話になったし、不義理な事はしたくない。


 一応、話が終われば交代するって言ってたし、あんまり気負わないようにしよう、そう自分に言い聞かせながらスマホをいじるのだった。








『カタッ』


「ん?」


 どこかから聴こえた物音に、思わずスマホから目を離す。外がさっきより暗い。気が付いたら結構な時間が経っていたようだ。隣からは相変わらず親達の話し声が聴こえてくる。まだ話し合いが終わってないらしい。


 それはともかく、どこから音が聴こえたんだ? 六畳一間にいるのは俺とじいちゃんだけ。まぁ古い家だし、ネズミなんかもいる。ひょっとしてじいちゃんを狙ってネズミでも寄ってきたのだろうか?


 布団に寝かされたじいちゃんの周囲を観察するが特に異常は無さそうだ。まぁ気のせいかもしれないし、気にしないようにしとこう。








『カタカタッ』


  またあの音だ。周囲を見てみるが特に変わった様子は……ってあれ? じいちゃんの手が布団からはみ出てる? 最初から飛び出てたのかな? なんとなくそのままにするのが嫌だったので、その手を布団の中に戻した。これで一安心だ。








『ばあさんに、やるんじゃ……』


 ……少し寝てたか? 先程より大きな物音に目が覚めてしまったようだ。それにしても、じいちゃんの声が聴こえた気が、ってそんな筈はない。だってもうじいちゃんは死んじゃってるんだから。ならさっきの声は? 空耳? まぁバタバタしてたし、疲れてるのかもしれない。


 俺はじいちゃんが大好きだった。盆や正月には必ず遊びに行ったし、じいちゃんが死んじゃったのはかなりショックだった。さっき触ったじいちゃんの手は冷たかった。いつも撫でてくれた手はあんなに温かかったのに……。


 ん? またじいちゃんの手が布団から出てる。しかもさっきより出てる気がする。背筋がゾクっと寒くなった。生き返った? いや、まさか? さっき触った時には冷たかったし。


 恐る恐る手を人差し指でちょんっと触ってみるが相変わらず冷たい。あれか、俺が寝てる間に誰か様子を見に来てくれたのかな? どうせなら声でもかけてくれればよかったのに。


 まぁいっか。


「……元に戻さないとだよな?」


 誰に聴こえる訳でもないが、自分に確認させるように声を出す。うん、さっさと戻しちゃおう。あー、やっぱ冷たいよな。


 手を布団に戻すと、さっきより何となく怖くなってしまった俺は、じいちゃんに背を向けるようにしてスマホに目を向けるのだった。







「うわっ!」


 背中に感じる確かな冷たい感触。思わず飛び跳ねるようにその場を離れ、後ろを慌てて確認する。そこにあったのは布団から飛び出ていたじいちゃんの手。きっとこの手が俺の背中に触ったんだろう。


 ……いくら何でもおかしい。俺は確かに手を元に戻した筈だ。たとえ出ていたとしても俺が動かない限りは背中に手が当たる筈がない。だとしたら……。


 やけに心臓の音が大きい。あり得ない筈だけど、じいちゃんが動いた? けど何で? もしかして俺って恨まれてた? いや、そんな筈はない。自分で言うのも何だけど、めっちゃじいちゃんっ子だった。親にも笑われる位だったし、誰も疑わないと思う。だからこの『寝ずの番』だってやってる。実際、俺に『寝ずの番』をさせてるのも、最後のお別れをする時間をくれてるんじゃないか? って思ってる位だし。


 ならどうしてだ? じいちゃん、どうしてほしいんだ?


 今まであったじいちゃんとのやりとりを思い返す。楽しかった事、怒られた事、色々あった。そういえばさっきばあちゃんの事を呼んでなかったか? とは言っても、ばあちゃんはもうとっくに亡くなっちゃってるしなぁ。


 いや待てよ。そういえばじいちゃんが死んじゃう前にばあちゃんの事で何か言ってたな。何か昔、約束をしたって……。


「あっ」


 何となく、思い出してきた。じいちゃんとばあちゃんが昔、一緒に米寿になったら何かしようって約束してたっていつだか言ってたな。残念ながらばあちゃんはとっくに亡くなっちゃって、じいちゃんも米寿を前に死んじゃったんだけど……。


 何をするかはまだ思い出せない。けど確か、それはあの棚に仕舞ってるって言ってたな。もしかしてじいちゃん、これを出してほしいのか??


 何かに突き動かされるように棚へと近づいていく。俺が物心つく頃には既にあった古い棚。いくつもある引き出しの一つを迷う事なく選び、そのまま引いた。その時は、何となくだけど、じいちゃんが仕舞っておいた物がここにあるんだってわかったんだ。


 そこにあったのは一口サイズの液体? が入った瓶だった。瓶の中身は……お酒かな? 蓋をちょっと開けてみるとアルコール独特の香りが鼻に入ってくる。


 実は、既に引退していたけど、じいちゃんって酒蔵の杜氏をしていたんだ。


 あぁ、やっと全部、思い出した。普段はあんまり自分の事を話さなかったじいちゃんだったけど、ばあちゃんが亡くなった少し経ったある日、一回だけ、ばあちゃんに対してやり残していた事を俺に話してくれたんだ。


 蔵元の嫁になったにも関わらず全くお酒が飲めなかったばあちゃん。じいちゃんはそれがどうしても悔しくて『ばあちゃんでも飲める、そんな酒を造ってやるんだ!』って一生懸命になってる矢先にばあちゃんが亡くなってしまった。けど、じいちゃんはせめて、せめてこの酒だけは造りたいって思ってるんだって……。


 完成してたんだなぁ……。おそらくこの酒がそうなんだろう。


 けど、じいちゃんとばあちゃんは何で米寿にしたんだ? あれかな、米寿って米って字を使うから日本酒を造ってる自分達と縁があると思ったのかな?


 事実はわからないけど、その方が二人っぽい。








 その後、奇妙な物音やじいちゃんの手が布団から飛び出てくる事は、一度もなかった。無事お葬式も済ませたし、きっと二人はあの世で一緒になれたと思う。


 そうそう。じいちゃんのお酒だけど、仏壇に供えることにした。数日経って様子を見ると、瓶の中身が減っていた時には少し驚いたが、ばあちゃんがきっと飲んだんだと勝手に納得させてもらった。


 俺もあと数年すれば成人になるから、その時にはこの酒を少しもらってもいいかな? じいちゃんならきっと許してくれるよな?


 じいちゃんが死んじゃったのは今も悲しいけど、最後にじいちゃん孝行が出来てよかったなって思うよ。


 俺も高校を卒業したら親父の後を継げるように修行するつもりなんだ。いつか、じいちゃんや親父の造った酒より美味い酒を造るんだ。


 俺、頑張るからさ、天国で見守っててくれよな。

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