忘却探偵八十八寿 最初で最後の事件簿

いずも

逆行探偵

「あなたがどんな事件でも一日で解決するという噂の名探偵ですか」

 深く椅子に腰掛けた男は満足そうに笑う。

「そうだとも。人呼んで忘却探偵八十八やそはち 寿ひさしとは私のことだ」

「八十八……年齢ですか?」

 僕の前にいるのはどう見てもシワまみれのおじいちゃんだ。


「でこっちが」

「孫で助手のヨナでーす」

 隣りにいる同い年くらいの女の子は介護士ではなく助手のようだ。

 うん、助手はわかるよ。可愛い女の子であるべきだよね。

 でもさ、探偵。

 探偵ってハードボイルドで年季の入った雰囲気が必要だよ。必要だよ?

 ちょっと年季入りすぎてないかい?


「ちなみに忘却探偵の由来って」

「おじいちゃん、記憶が一日しかもたないの。明日になったらまた全部忘れちゃってるのよね」

「よし子さんや、ご飯はまだかのう」

「もーおじいちゃん、ご飯はさっき食べたでしょう。あと私はお母さんじゃなくて孫のヨナよ」

 今すぐ帰りたい気分だった。


「……依頼は人探しです。祖母には会いたい人がいます」

「ふむ。……すぴー……んがっ!?」

 ヨナさんがハリセンで頭をどついた。

「はいどうぞ、続けて」

「え、ええっと……祖母は明日手術を受けるんですが、正直生存率が低くどうなるかもわからない身で。昔、有名な事件に巻き込まれたんですが、その時に助けてもらった男性にひと目会ってお礼を言いたいって、ずっと悔やんでいるんです。その願いを叶えたくて……」

「なるほど。私に任せなさい。どんな事件でも一日で片付けてみせよう。……アタタッ、急に立ち上がったら腰が」

 大丈夫かな、この探偵……。



 当時の写真を手がかりに、まずは写っている喫茶店を特定した。

 その店は今も残っていて、早速店に向かった。


「ああ探偵さん、ちょうど良かった。うちの猫ちゃんが居なくなっちゃって」

「わかりました、私にお任せください」

「ええっ!?」

 何故か人探しが猫探しに上書きされた。


 猫が普段通る道を順番に歩いていって手がかりがないか探す。

「こっちに足跡が!」

「ほほう、さすが若いの。目がいいのぅ」

 何故か自分まで助手みたいなことをさせられていた。


 どうやら猫が迷い込んだのはとある大きなお屋敷だった。

「あのー、探偵の使いのものなんですけどこちらに迷い猫が」

「探偵さんですって! ちょうど良かった。こちらにきてくださいまし。さぁ、さぁ!」

 ちょっと目付きの悪いメイド長みたいな人に押し切られるように屋敷の中に連れてこられる。


「探偵だって?」

「面白い、この謎を解決できるってのか」

「犯人はどうせこいつに決まってんだろ」

「ち、違う。僕じゃないっ」


 案内されたのは殺人現場。

 猫探しがお館様殺人事件に切り替わった。


「えー、私の推理が正しければ……」

 探偵はどこかの警部補のマネをし始めた。残念ながら助手は今泉くんではありません。孫です。


 ここで少し奇妙なことに気付く。

 彼の見た目が少し若返ったような気がする。

 さっきまで腰を曲げて歩くのもやっとという感じだったのが、今は黒髪でピンはねのくせっ毛でダンディなおじさんという雰囲気。

 まさか探偵という職務が彼を若返らせている? そんな馬鹿な。


 そして彼は見事な推理を見せて事件は無事に解決するのですがそうじゃない。猫。いや本命は猫じゃないけどとりあえず今は猫。

 逃げた猫を追って麻薬取引の現場に出くわしたり、誘拐事件に巻き込まれたり、暴力団の抗争に突っ込んでいったり、時限爆弾を解除したり、これ探偵のする仕事? という難事件を次々と解決していく。


 そして夕方になり、ようやく猫が見つかるのだが、そんなことはどうでもいい。

 やっぱり変だ。この探偵、。どう見ても今は二十代のイケメンになっている。

 猫を返したところで探偵が言う。

「さて、それじゃ行こうか。どこって、病院さ」



 実はこの探偵こそが祖母の会いたがっていた命の恩人でした……なんて都合のいい話はありえない。

 彼は祖母の会いたがっている男性のをしたのだ。その事件は調べればいくらでも資料は出てくるし、当時の記憶なんて曖昧だ。

「祖父はあなたのことをずっと気にかけていました」

 なんてそれっぽいことを言って祖母に気持ちの整理をさせていた。

 目的は祖母にお礼を言わせることであって、本人である必要すらなかったのだ。


「おじいちゃん、88歳の誕生日に頭を打っちゃって、それ以来ああやって時間を逆行してるの。朝から次第に若返っていって、寝て起きたらまた老人に戻ってて。ずっと88歳を繰り返してるの」

 そんな話を信じろと言われてもにわかには信じられないだろう。

 だけど、現実に起こっているんだ。

 こんなの、忘れられるはずがないじゃないか。



 *********



「……これが祖父から聞いた、70年前のとある日の出来事です」

 深く椅子に腰掛けた男は満足そうに笑う。


「祖父が88歳を迎えた日、いつもは認知症が進んで言葉も覚束ないのに、突然不思議な出来事があったと語り出しました。翌日に問いただしても何も覚えていないの一点張りで、それでも祖父の話が作り話とするにはあまりに正確だったので様々な単語を頼りに調べ尽くしてようやく辿り着きました」

 シワまみれの顔の奥で瞳がギラリと光る。

「祖父が口にした特徴と完全に一致しています。あなたは、……何者ですか」



「なあに。人呼んで、忘却探偵だよ」

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