掌編小説・『肉』
夢美瑠瑠
掌編小説・『肉』
掌編小説・『肉』
ヴェジタリアンが時代の趨勢でだんだんに多数派になってきて、それは環境問題への配慮が世界的に危急存亡の課題としてクローズアップされてきて、非常に生産にコストがかかる、肉の生産、肉食の習慣ということがかつての嫌煙権の普及時のように、何となく弾圧されるようなムードが生じてきたことと軌を一にしていた。
天才的マッドサイエンティストの集合した地下集団、AAA(アーティフィシャル・アンチボーダー・アノニマス)の構成員たちは、こうした流れが必ずしも良いことではないのではないか?というテーマで討論を繰り返していた。
「大体が肉というものには必須アミノ酸が豊富で、肉体の健全な成長や健康の維持に不可欠な食品だ。そうしてヴェジタリアンという人々の集団が長期的に何らかの栄養失調とか疾病に罹患しやすくならないかという疫学的な研究も不十分です。
旨い肉には娯楽や慰安の効果がある。長年培われた人類的な文化遺産ともいえる食文化を絶やしてしまうことにも道徳的な不当性のような感覚を持つ人が多い。
何とか折衷案的なウルトラCみたいな解決法はないものだろうか?」
「石油タンパクとかクロレラを利用した合成肉とかもありますね。
しかし所詮まがい物だから、やっぱり本当に美味しい肉を食べ続けたい、そういう願いを持つ人は多いでしょう。どうしようもなければ勿論仕方ないんですが、我々は一種の現代の魔術師集団だ。何か世間を驚愕させるようなアイデアを絞りだしてやろうじゃないか」
「コスト高が環境問題に背馳している、そういう図式が問題なんだから、それを弁証法的にアウフヘーベンしたらいいわけだ。バイオテクノロジーで植物と肉牛とかのハイブリッドを作ったらいいんではないか?」
「すごい発想ですね。木に生るお肉、ですか?でも遺伝子組み換えとか、そのほうがなんか健康不安呼びませんか?」
「うーん、でももうすでにそういう技術で飼料とかを賄っているというのは事実だし、環境汚染とかで遥かに「食べるな危険!」みたいな話はいっぱいある。新技術にはリスクがつきもので、今のそうした食というものを取り巻く危険な状況自体を根本から新技術で改善していくというそういう契機の皮切りにすればいいんじゃない?
ただ恐れていて何もしないんじゃそれは人類の進歩が頓挫してしまうだけで・・・」
・・・そうして、秘密裡に研究と実験が大規模におこなわれて、「肉の生る樹木」という画期的なアイデアは、1年後に実用化された。
生命力の強い銀杏の木に、柔らかくて極上の味わいの日本の神戸牛をブレンドした遺伝子が培養に成功して、苗木が試作され、すくすくと力強く成長して、ステーキにできる見事な赤身の肉が、ちょうど漫画の「マンモスの脚」みたいに、幹の中に合成成った。生産のコストは通常の牛肉の一千万分の一、と計算された。
銀杏の木からできているので、認知症予防にもなるというおまけがついていた。
こうした研究が公表されると、「植物と肉牛」やら「鶏肉」、「豚肉」との交配の新種づくりがさかんとなり、色々な味わいやらプラスアルファの栄養効果が競われて、ブームになっていった。
・・・ ・・・
「万々歳だな。いい結果になった」
「AAAの頭脳を結集して新時代を開いたという勝利ですね。これからは食、自体が変わっていく。食べるものが一番大事だ。それを科学が管理していく。そういう時代の幕開けだ」
AAAの指導者たちはワインと最高級ブランドの植物ステーキで乾杯した。
これは本当にこれ以上は美味しい肉は作れないという、遺伝子のブレンドをしていた。
すなわち絶滅危惧種のメタセコイアにラフレシア、それからニッポニア・ニッポンとアイヌ族の遺伝子を交雑していて・・・
<了>
掌編小説・『肉』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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