道化師は笑われたい

空草 うつを

これは喜劇

「今宵ご覧にいれますのは、世にも奇妙な水棲生物。上半身は鱗まみれの女の身体、下半身に蝦蛄しゃこの尾を持つのこの生き物。水の中ではすいすい泳ぐが陸にあがるとどうなるか。その姿、とくとご覧あれ!」


 でっぷり太った見世物小屋の支配人が、金槌で水槽をかち割れば、大量の水と共に水棲生物がステージに打ち上げられる。

 蝦蛄の尾でステージの床を弾く音が響き渡る。

 のたうち回り、這い回る奇妙な彼女の姿に、観客からは笑いが起きる。


 僕はひとり、怒りに任せて拳を震わせ奥歯をぐっと噛み締める。


「悪趣味だ」


 この人間達は知らないのだ。

 真夜中の水槽を、蝦蛄の尾を器用に動かして優雅に泳ぐ、彼女の美しい姿を。鱗は満月の光を反射して、彼女が泳ぐたびにキラキラ輝いているんだ。満天の星空が、僕の目の前に広がっているみたい。


 僕は道化師。もうこれ以上、美しい彼女を笑い者になんてさせやしない。


 目がチカチカするような色使いの、水玉模様の奇抜な衣装に身を包み、目の周りを星の形に化粧メイクして、口を赤い色で大袈裟に囲う。

 危なっかしくボールをジャグリングをしながら剽悍な動きでステージ上を駆け回り、すってんころりん転がり落ちれば観客の視線は僕に釘付け。


 ボールを拾おうと屈んだ矢先、ビリっとズボンのお尻が破れ、縞模様のパンツが覗けば、おっちょこちょいな道化師に、笑い転げて大賑わい。


 さあさあ、僕を笑うがいいさ。見せ物になるのは、笑い者になるのは、僕だけで十分だ。


 僕の滑稽なパフォーマンスが盛況で、連日見世物小屋は大行列。彼女はステージに上がることなく、晒しものになることはない。

 ああ、良かったと胸を撫で下ろし、彼女の水槽の前に立てば、蝦蛄の尾を僕に向けてばしゃんと水をかけてきた。

 茫然と、びしょ濡れになった体を見下ろして彼女に視線を移せば、憎悪の瞳が鱗まみれの肌の切れ目から僕を睨みつけていた。


「あんたのせいだ。あんたのせいで、私はもう用済みだ。さっき支配人からそう言われたよ。明日には私を追い出すんだと。あんたが私の居場所を奪った。私は明日から路頭に迷うんだ。どうしてくれるんだ」


「そんな、僕はただ、君のために……」


 ばしゃん。

 蝦蛄の尾で、もうひとつ水をかぶせてくる。彼女は水槽からいとも簡単に飛び出して、見世物小屋の近くにある湖の奥へと消えていった。

 彼女が去った水槽は、ちゃぷちゃぷと波を立てている。水槽の底に、三日月の光を浴びた涙型の鱗が光っていた。




 観客達が期待しているのは、滑稽な道化師のパフォーマンス。

 目がチカチカするような色使いの、水玉模様の奇抜な衣装に身を包み、目の周りを星の形に化粧メイクして、口を赤い色で大袈裟に囲う。

 遠くから見れば笑っているように見える化粧で隠したのは、悲哀で歪んだ僕の顔。誰にも知られないように、おどけた演技をしてみせる。


 蝦蛄に似た生き物の衣装を身につけた者達が、傘をさした僕に向かってバケツで水をぶっかける。

 大きな穴が開いたその傘は意味をなさず、僕の体はぐっしょり濡れる。

 体の至る所から水が滴り落ちる滑稽な道化師の姿に、観客席から一際大きな笑いが巻き起こる。


 今宵ご覧にいれますのは、世にもおかしな道化師の物語。水棲生物に恋をした道化師の、思いは泡と散っていく。


 さあさあ、僕を笑うがいいさ。見せ物になるのは、笑い者になるのは、僕だけで十分だ。

 どうかどうか、笑っておくれ。彼女の為にしたことが、彼女を苦しめていたことに気づかなかった愚かな僕を。


 星形に囲った瞳から、ほろりと溢れた雫の理由わけを、知っているのは己のみ。

 観客に知られてはいけない。だってこれは、彼らにとっては喜劇なのだから。



(完)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

道化師は笑われたい 空草 うつを @u-hachi-e2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ