コルメシア商会の鑑定士マーチェさん~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

求:笑い壺を笑わせられる人

「これは、またみょうなモノを持ち込みましたね……」


 封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。その中心部に名の由来となる大迷宮をゆうする街。

 迷宮からは探索者たんさくしゃたちの手により人智じんちを超えた様々なモノが発見され、都市は彼らとそれらを扱う商人たちで連日活気にあふれているのけだど――。


 ――今、目の前に置かれた品は中々に厄介やっかい代物しろものだった。


 ここはコルメシア商会。封印迷宮都市でも五指に入る大店おおだなであり、鑑定士かんていしとして働く私の職場。


ひどいいなぁ~、マーチェ! これでも苦労して見つけてきたんだよぉ~? もうすっごく大変だったんだから!」


 眼前がんぜん、受付カウンターの向かいに腰掛け、どこかねた様子で私の名前を口にするのはあかい髪の女性探索者。

 彼女の名はユフィー。頭の左右で結った髪を、迷宮兎メイズラビットの耳のようにピョコピョコねさせ抗議こうぎする姿は、小柄な体格も合わさり幼い少女のように見えるがだまされてはいけない。

 こんな見た目でもとある探索者パーティの頭目とうもくであり、迷宮生物めいきゅうせいぶつを殴り倒す実力者だ。


「噂は入ってきてますよ。おかげで当商会も最近は連日大忙しです……」


「でしょ~? だから、ほら! お得意様だし~、少しだけ色を付けて欲しいなぁ~?」


 小首をかしげつつ、上目遣うわめづかいで可愛かわいらしく頼み込んでくるが、それとこれとは話が別である。というか、同性の私にどうしてその手が通用すると思うのか……。


 さておき、ここ数日、各商会には迷宮出土品めいきゅうしゅつどひんやら迷宮生物の素材など数多くの品々が一斉いっせいに持ち込まれている……。

 理由はとある事情でここ一月ひとつきほど活動を休止していた多くの探索者たちが、再び動き出したからだ。


 そして、ユフィーたちのパーティも探索を再開し、今回の品物を迷宮から手に入れてきたわけだが……。


「なんでよりによって『笑い壺コメディポット』なんですか……」


 目の前に置かれた人の顔をしたような壺を見やりためめ息をつけば、


「これしか見つけられなかったんだよぉ~! お願い、マーチェ! 買い取って! それかこの壺、笑わせて! でなきゃ、赤字なんだよぉ~!」


 ユフィーが両手を合わせて必死に頼み込んでくる……。

 まぁ、気持ちは分かる。探索稼業たんさくかぎょうもタダではできない。迷宮へもぐるにも装備や準備でそれなりに経費がかかっているのだ……。

 そこで手にした品が売れないのは探索者として死活問題しかつもんだいだろう。


 とはいえ『笑い壺コメディポット』である……。

 この時折持ち込まれる奇妙きみょうな壺は、名前の通り笑う。そして、上手く笑わせることができれば壺一杯の金銀銅貨きんぎんどうかが手に入るのだけど――、


「知ってるでしょう、ユフィー?『笑い壺コメディポットはジャックポット』だって……」


 ――この壺は名前に反して滅多めったなことでは笑わない。

 仮に笑ったとしても、微笑ほほえみ程度なら銅貨一枚の場合もある。加えて、笑い壺コメディポットは一度でも笑うと、もう二度と笑わずお金を出さない。

 そのため「笑い壺はジャックポット」などと賭博ギャンブルの大当たりと同様に例えられる……。


 見たところ持ち込まれた壺は、眼や口元などどこもほころんでいないため、未使用品であることは確かなのだが……ギャンブル性の高さゆえ、買い取り価格はどうしても低くなってしまう。


「うぅ……けど、これは特別笑いやすい壺かもだしぃ~!」


 確かに壺にいわゆる個体差があることは事実だ……。

 過去には使い古されたギャグやジョークで大笑いし、持ち主に巨万の富を授けた壺もあるにはある。しかし、


「そう思うのなら、ユフィーが笑わせるといいのでは? 成功すれば、ここで売るより大金が手に入りますよ?」


 つまり、そういう結論になる。まぁ、彼女の言い分通り簡単に笑う壺ならばだが……。


「ぐっ……それは、ほら! いつもお世話になっている商会に少しばかり貢献こうけんしようと思ってさぁ~? 私と仲間たちも苦渋くじゅうの決断をしたわけだよぉ~!」


「はいはい……。どうやら今回の探索では余程の赤字が出たようですね……」


 なぜか強がるユフィーにあきれつつ、必要書類に買い取り金額を書き込み提示ていじする。


「これが当商会で出せる最大金額です。恐らく他の商会でも似たり寄ったりでしょう」


「た、たった十シルド?! え……せめて百シルドぐらいには?」


「なりませんね……。どうします? 私なら自分で使いますけど? 一シルドも十シルドも大差たいさありませんし……」


「うぅ……そんな……」


 壺が微笑めば最低でも銅貨一枚、一シルドは手に入るのだ。十シルドで売るぐらいなら、試しに使用してみた方がまだマシである。


「わ、分かった……一発ギャグ言います! せーの!『問題が解けたぞ! どんなもんだい!』」


「…………」


『――――』


 意を決してギャグを口にし、至極真面目しごくまじめな表情で「笑い壺コメディポット」を見つめるユフィー。

 いや、これは予想以上にひどすぎた……ほら、壺もあまりに酷いせいか微動びどうだにしない。


 と、思いきや、次の瞬間――、


『はっ…………』


 ――壺が小馬鹿にしたように鼻で笑うと、響く小さな金属音。


 二人であわてて壺の中をのぞめば、底には半分に欠けた銅貨が一枚……。

 ユフィーは震える手でそれを摘まみ上げると、今にも泣きそうな表情を浮かべながら、無言で商会をあとにした……。


 いや、うん……いくらなんでもアレはない。

 というか、銅貨一枚以下とかあったんだねぇ……。


 後日、今回の話を探索者協会へ持ち込んだところ、「笑い壺コメディポット」の新情報ということで五百シルドほどの情報料が支払われ、ユフィーの二つ名がしばらく「銅貨以下ハーフコイン」になったのはまた別の話。


 ここは封印迷宮都市シルメイズ、商会には今日も探索者たちが妙な品々を持ち込んでいる……。


 ……to be continued?

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