HAPPY ENDの意味

ブンブン

『HAPPY ENDの意味』

僕は辟易していた。


それはもう大いに辟易していた。



【辟易】…閉口すること。嫌になること。


思わずカッコつけてつかってみたが、意味を調べてみても、やはり辟易でまちがいない。

嫌になっている。この現状に。



なぜならこの僕、

鮫島竜之介(さめじまりゅうのすけ)は、

鮫島竜之介を

鮫島竜之介たらしめる要素が

鮫島竜之介本人には皆無だったからだ。



だって鮫島だぜ?

竜之介だぜ?

どんな人間を想像する?

それはもう男らしいナイスガイではないか?



つまるところ名前が、自分には合っていなかった。


名前が、僕には向いていなかった。


名は体を、表してはいなかった。




【名は体を表す】…物や人の名前は、その中身や性質を的確に表すことが多いということ。



鮫島竜之介。


字面だけで見るなら、なんと勇ましく、なんと屈強で、海も、陸も、空も、全て支配してやるといわんばかりの名前じゃあないか。


わがの名に対して少しばかり過大評価が過ぎた気もするがとにかくーーー自分にはこの名のような、“体”をなに一つ表せていないことに抵抗があった。


とはいえ、25年ものらりくらりとこの世を満喫しておいて、今さら名付けた親にクレームを述べているわけではない。



あくまで自分の問題だ。

独り身、彼女なし。

恋愛経験皆無。

平凡なサラリーマン。

男らしい顔とは真逆の糸目の塩顔。

背はあまり高くなく、体つきは痩せがた。

基本的に自信はないので声は小さくぼそぼそと話す。

カラオケ苦手。

走るの苦手。

お酒よわい。

成人式いかなかった。

冷えるとすぐにお腹をこわす。

緊張してもお腹をこわす。

人の顔色を常に伺う。

オナニーを覚えたのは高校生。

女性はまだ、覚えていない。



うん。正面から弱者だ。それはまちがいない。

もしも無人島で漂流なんてしてしまった日には、早々に現世からリタイアするだろう。


なので、やはり名は体を表さず、名前負け、という言葉が一番しっくりくる。



理想の鮫島竜之介はなんというか、身体も大きく、ハキハキスラスラと話し、曲がったことを嫌い、もっとこう一本筋の通った、それでいてどこかヤンチャな一面ももちあわす、そんな男だ。



ハキハキスラスラといえば、小学生の頃までは割となにも考えずハキハキスラスラと自己紹介などができていた記憶がある。まあ自分の名前をハキハキスラスラ言う、なんて当たり前のことなのだが。


これが中学、高校と、俗にいう多感で、自意識過剰な思春期に突入すると、みんなの前で名前を言う、という簡単なことでさえハードルがあがっていた。


「ええと…初めまして…さ…さめ…さメジマリュノスケですよろしくお願い…シマス」


「なんて?」


と毎回、クラスメート達が二度見ならぬ二度聞きせざるをえない自己紹介だったと思う。


思春期に、名前負けをしてる自覚が芽生えてしまってからは、名前を言うのが恥ずかしくなった。小声で早口になった。しかしそれでは聞こえないのでもう一度、と教師に促された。また小声で自己紹介をしてしまい、悪目立ちした。

なんたる負のスパイラル。

弱り目に祟り目とはこのことだ。



【弱り目に祟り目】…困っている時に、さらに追い打ちをかけるように困ったことが重ねて起こることのたとえ。



このように、名前負けを理由に自己肯定感の低いまま歳を重ねてしまったものだから、とにかく卑屈なのだ。


大学を卒業してから、都心で一人暮らしを始め、会社につとめだしてからもこの性格はひどくなるいっぽうだった。

そんなふうに、自己分析はできている。


仕事中にもかかわらず、そんな無益なことを考えながらパソコンをながめていると、会社の同期の山下が話しかけてきた。

チャラくてノリが苦手な同期だ。




「よ~。鮫島~」


「あ、ああ。山下君?なに?」


「鮫島ってさ、りゅーのすけって名前なんだって?」


「え、うん…」


「それってさ…」


「な、なに?」


「めちゃくちゃカッケーな!」


「え?」


「いや、マジこないだ偶然、鮫島の下の名前知ってさ、サメジマリュウノスケって、チョーカッケーじゃん!親センスあるわ~」


「そ…そうかな…なんだか名前負けしてるようで好きじゃないんだよね…」


「いやいや、そんなことないって。マジ。ギャップでいいよ。りゅうのすけって呼ぶわこれから。同期なのにあんまり絡んでなかったしさ、仲良くやろうよ。仕事の悩みとかさ、もっと愚痴りあおうぜ」


「ああ…うん…!あ、ありがとう」


「そうだ。さっそくなんだけど今日なにしてる?」


「今日?あー、いや特になにも」


「よし。仕事早く片づけてさ、飲みいこうよ」


「オ…オッケー。うん。了解。わかった」


「何回、同意するんだよ。ハハハ。りゅうのすけおもしれ~。じゃまたあとで」





…なんだったんだ。



……晴天の霹靂だ。





【晴天の霹靂】…突然発生する事件や出来事を意味する表現。



おどろいた。

学生時代は超一軍に所属していたようなやつに、あんなふうに接してもらえるなんて。うん。人は見かけによらないな。









「あ…じゃ、水割りで…薄めで大丈夫です…」


「は~い。お兄さん、普段はお酒あまり飲まれないんですか~」


「ですね…こういうとこも初めてで」


「えーー、それは嬉しい!仲良くなりましょうねぇ」





おいおい。山下よ。

まさかこんなとこで飲むことになるとは。聞いてない。キャバクラってやつかこれが。


【キャバクラ】…キャバ嬢と呼ばれる女性が客席に付き接待を行う飲食店。



噂には聞いていたが初めてだ。うお。胸が当たっている。なんだこれは。こんなのいいのか。よくもまあみんな普通の顔してしゃべれるもんだ。なんだよ仕事の悩みでも話そうって。それどころじゃないだろこんなとこ。むりむり。なにを話せばいいんだここは。やはりノリが苦手だ。ああ、なんだかお腹が痛くなってきた。思わず助け船をだす僕。



「おーい、あのさ…」


「うん?どしたりゅーのすけ。楽しんでる?!」


「いや…初めてでこういうとこ。緊張しちゃって」


「やっぱそーか!ははは!わりぃ。でもさ、せっかくだし楽しもうぜ。飲もう飲もう!」


「いや、でも…」


「気にいった子いたらガンガン口説けよ。…ヤラせてもらえるかもよ」


「ヤラ…?え?」


「はははは!」



とくに悪気はないのだろう。それは分かる。

山下からしたら、普段から来ているお店なのだろう。

しかし20代でこんなとこに慣れているのもどうかと思うが。

いやまあ、人それぞれの飲み方はあってしかるべきだが。

しかし僕にはやはり向いていないようだ。


キャバクラというのは一人の客につき、通常一人の女性が隣につくようで。

これがなかなかにハードな状況で。


人生において、女性と二人きりで話したことなど、数えるくらいしかない。



なにを話していいのかも分からないし、心なしか僕を接客している女の子は退屈そうだ。

お金を払って退屈な顔をされるのはなんだかこたえる。ダメだ。もう我慢できない。



「あの…トイレに」


「あ、はーい。すみませーん」



おっぱいが半分くらい見えてる女の子がボーイさんを呼び、丁寧にトイレまで案内される。

大して足したくもなかった用を足し、長く深い深呼吸をした後、トイレから出る。するとまた、おしぼりをもったおっぱい女子が立ってくれていた。


お礼を述べ席に向かう。

なるほど。確かにハマる人にはハマるのかもなと少し理解できた気がした。あくまで気がしただけ。



席に着くとおっぱい女子が、キャバクラのシステム上、そろそろ別の女の子と入れ替わらないといけないと言う。「もし、わたしのままで良かったら指名を…」みたいなセリフを途中でやめてこう言いはなった。



「いや、うーん…まあいっか。またね~」


どうせ指名されないとふんだのか、それとも退屈すぎたのか。僕は軽い会釈だけ返して、次なる展開を憂いた。ああ、ずっとこんな感じなのか。ううむ。


もともと猫背の僕が、うなだれたもんだから、更に折れまがっていた。

そんな僕を見た次なる刺客(女の子)が隣に座りながら声をかけてくる。



「失礼します。…ええと、だ、大丈夫ですか…気分わるいですか?お水、飲みます?」


「ああ…いや。ごめんなさい。だいじょ…」



うぶ、を言えなかった理由。


答えは簡単。目の前の美しく着飾ったその刺客(女の子)が、あまりにもかわいすぎたから。

なんだ。

こんなにかわいい人がいるのか。

ややたれた目に、小柄でショートカット、健康的で小麦色の素肌、もろもろ僕のどストライクだった。



「大丈夫?ほんと?わたしはリナっていいます。お客さん、お名前とか聞いていいですか??」


「ああ、名前…ええと」


「いや、言いたくなかったらムリには…」


「あ、や、さ、鮫島リュウノスケ…」



こんなところでフルネームをいう自分はどうかしてるなと、言ってから気づいた。

ダメだ。女の子慣れしてない人生弱者の僕は、今、冷静な判断ができない。

帰りたい。

どうせまた、なにも話せないだろう。


「りゅう…ちゃん…?うそ?」


え?今、確かにりゅうちゃんと言ったか?

それは僕の子供の頃のあだ名。

まだ自分がハキハキと話せていた頃の。

まだ名が体を表してるとかどうとか深く考えてなかった頃の。


「りゅうちゃんだよね?久しぶり!えー!すごいすごい!」


「ええと…?」


「あたし!あ、佐川恵理子。小学生のとき一緒だったよ?」


おお。思い出した。いた。いたいた。

佐川恵理子。小学生5年6年とクラスメートで仲は良かった気がする。というか好きだった。タイプだったから。


でも中学からは別々の学校に通い、会うこともなくなった。確か、親が離婚して。風の噂でものすごいヤンキーになったとも聞いていた。



「あ…佐川…さん。わあ、うん。ひさびさ」


「うん。今は長谷川なんだけどね。小6のとき親が離婚して」


「あ…そうだった。ごめんよ」


「いいよいいよ。てかクールだね。あはは。そんなクールだったけりゅうちゃん?」


「いや、まあ大人になったし。はは」


「まあ確かにね、お互いね。10年ぶり?もっとか~」



そこから、とても規模は小さいイレギュラーな同窓会が幕をあけた。チャラい同期の山下に感謝しつつ、久しぶりの仲の良かった異性との会話を楽しんだ僕。こんなことあるんだな。









そこからのことはあまり覚えていない。


佐川さんにカッコつけて、飲めないお話を飲めるふりをしたせいか。



気がつくと、佐川さんの部屋で寝てた。


二人とも裸だった。


でも絶対。


絶対ヤッテはいない。


だって、僕は、ヤッタことがないなら。


分からないから。


できる訳がない。


セックスなんてそんな…。



【セックス】…性の交わりを求める欲望。性愛。また、性交。


なんだよ。


意味が複数あるな。


欲望はあったかも。


でも性交はしていない。


できない。


でも、裸だ。


佐川さんが寝てる。


めちゃくちゃキレイだ。


女の子の裸って、こんなにキレイなのか。


柔らかそうだ。


なんだかいい臭いがする。


晴天の霹靂(二回目)だ。


もうなんでもいい。


夢ならもう少しこのままで。


佐川さんの寝息に、自分の呼吸を無意識に合わせていたら、なんだかまた、眠くなってきた。







ああ。


飲みすぎちゃった。


頭いた。


だってしょうがないじゃん。


久々の、久々の再会。


本当に楽しくて嬉しくて。


隣で、りゅうちゃんが寝てる。


本当ににびっくり。


こんなことってあるんだ。


中学からわたしもなんだか荒れちゃって。


色々あって。


水商売なんかもして。


でもそのおかげで再会できた。


小学6年のときに親が離婚して。


クラスのみんなはなんだか同情とか、軽蔑の目で見てきて。


子供ながらの無自覚な残酷さを覚えている。


でもりゅうちゃんだけは違った。


変わらず接してくれた。


大人になったな。


大人なことはなにもしてくれなかったけど。


てか、慣れてなさそうだったけど。


かわいい。


りゅうちゃん。


【りゅうちゃん】…鮫島竜之介の小学生時代のあだ名。


【鮫島竜之介】…佐川恵理子が好意をよせていた忘れられない人。





《HAPPY END》





【HAPPY END】…誰の元にもいつか訪れる幸せな終わり。転じて始まり。

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HAPPY ENDの意味 ブンブン @KWSK1217

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