伝説の勇者(笑)ニートくん

棚霧書生

伝説の勇者(笑)ニートくん

 ここは人々で活気あふれる国、ディコメ王国。その中心街にある中央広場にはいつもよりたくさんの人が集まっています。

「群衆よ、これはいったいなんの騒ぎだ!」

「おお、フェルド様、大変なのです!」

 騒ぎを聞きつけた騎士のフェルドがやってきました。街の御長寿で有名なタユタがフェルドに事の次第を説明しようと口を開きます。

「ここに半世紀以上暮らしている私ですら、経験したことのない重大な事件でございます。詳しく申し上げますと二十三年前のどくどくスライム連続落下事件よりも独特で、十一年前の突進クマ軍団迷い込み事件よりさらに突飛で特筆するに値する“せんせっしょなる”な出来事であります。騎士のフェルド様がこれほどの一大事にすぐさま駆けつけてくださったことに感謝するとともに」

「長口上は結構だ!」

 フェルド騎士はタユタを押し退け、広場の人混みをかき分け進みます。

 群衆の視線の的となっていたのは、広場中央にある大岩です。

「なんたることだ、伝説の勇者の剣がなくなっている!」

 フェルドが叫びました。大岩にいつも垂直に突き刺さっているはずの伝説の勇者の剣がなかったからです。それはディコメ王国にとって、とても大変なことでした。

 

 伝説の勇者の剣が大岩から抜かれていたとの報告を受けた王はすぐにお触れを出しました。

『伝説の勇者の剣を抜いたものよ。怒らないので伝説の勇者の剣を持って、名乗り出なさい。国をあげて勇者として歓迎します。ついでに一億リアも贈呈します』

 大岩のある中央広場では騎士団がテントを張って待機し、勇者が来るのを待っていました。

「本当に勇者など存在するのか?」

 テントの下で待機しているフェルドは疑いの気持ちで一杯です。

「なにを仰る、フェルド様! 伝説の勇者の剣を大岩から抜くことができるのは勇者として選ばれた者のみ。このタユタ、生きているうちに勇者様にお会いできるかもしれないとは僥倖の至り。ご拝謁できた暁にはもう死んだって後悔はありませぬぞ! ゲホッゴッフ……」

 勇者を見るために野次馬に来ていたタユタがフェルドの横で激しく咳き込みます。

「落ち着いてください、タユタ老。そんなに興奮していては勇者に会う前に死んでしまいますぞ」

「こんにちは、僕こそが勇者です。この通り、剣も持っています」

「これも偽物だな。次の者、早くしろ!」

 フェルドはテントの前にできた自称勇者の長蛇の列を見てため息をつきました。

「王が一億リアも出すなどというから、こんな面倒なことに」


 同時刻、フェルドたちのいるテントから離れた場所で、ひとりの男もまた大きなため息をついていました。手には布でグルグル巻にされた棒状のものを持っています。

(拙者の名前は新富新にいとみあらた。下から読んでも新富新。日本で無職をしていたがコンビニからの帰り道、トラックにはねられてしまい、ディコメ王国なるナーロッパ感満載の異世界に飛ばされてしまった可哀想な男である)

(そして拙者は今、猛烈に困っている。昨夜は酒を飲んで夜の街を散歩する趣味に勤しんでいた。辛いことを忘れさせてくれる酒はスゴいと思いながら寝た。朝になると拙者はなぜか剣を握りしめていた。どうもこの剣、見覚えがある。あっこれ、大岩に刺さってたやつじゃん。ヤッバ、酔った勢いで引っこ抜いてきちゃったんだ、あとで返そ。家にあっても邪魔だし)

「と思ってたのになんか大騒ぎになってるし……あんな衆人環視のもと剣を返すとか拙者には無理よりの無理」

 新富がつぶやきました。一人暮らしが長すぎるせいか独り言なのに声が大きいです。

「どうして? 剣を持っていって勇者として名乗り出れば一億リアも貰えるのに?」

「おわっ!?」

「やあ、はじめまして。僕は吟遊詩人のラウール」

 新富が振り向くとそこには輝くような美しい青年がいました。

(え、陽キャが急接近とか無理。クソイケメンだし、顔面LEDライトかってくらい眩しっ!)

「君、伝説の勇者の剣を持ってるよね? 昨日の夜、僕見てたんだ。君が大岩から剣を抜くところを」

「おっおおぅ」

 新富は緊張してしまいゴリラのような声しか出せません。

「勇者なんでしょ? なんで早く名乗り出ないの?」

「せせ拙者……、俺は目立たずにいきたいんです。勇者にされちゃった暁には魔王退治とかに行かされそうで怖いし」

「ふーん。ねえ、それなら僕と組まない?」

「謹んでお断り申し上げる」

 新富は悲しいくらいの陰キャです。イケメンと組むなど無理よりの無理でした。

「まあ、そう言わずにさ。話だけでも聞いてって。君、お金欲しくない?」

「働かずに五千兆円欲しい!」

 ラウールは聞いたことのない通貨単位に首をかしげましたが新富が反応してくれたので良しとしました。

「お金が欲しいなら僕と組むのは悪い話じゃないよ」

 ラウールが新富になにやら耳打ちをします。新富の死んだ魚のような目が徐々に光を取り戻していきます。

「天才か? イケメンなのにさらに頭いいとか神の残酷さを思い知りますわ」

「褒めてくれて嬉しいよ! ね、僕と組む気になったなら君の名前を教えて?」

「俺は新富」

「ニイトゥ?」

 ラウールは新富という名前が上手く言えません。

「わかった! 友愛の証として僕は今から君をニートくんと呼ぶね!」

「いや発音の習得、諦めるの早すぎか? そして愛称のセンスが拙者にとってダメージ百!」


 新富改めニートは、ラウールと一緒に騎士のフェルドの前にいました。

「貴殿は本当に勇者のようだな、ラウール」

「はい」

「王もお喜びになるだろう。その後ろにいる黒子のようなやつは少し気になるが……」

 ラウールが伝説の勇者の剣を持ち、彼の背中にはニートがへばりついていました。

「寂しがり屋の僕の兄です! 僕のことが大好きで一時も離れられないのです! 兄は少々心が不安定でして王の御前でも、この形で謁見することをお許し頂ければと思います」

(今更だがこの設定、結構無理ない? てか拙者の役回りキツすぎ。最初の計画ならラウールに剣を渡して、ラウールが勇者ってことで名乗り出てあとは一億リアを山分けしてバイバイする予定だったのに。勇者の剣は勇者に選ばれたやつしか持てないとか、しばりプレイ乙。このクソ仕様のせいで結局拙者までついていかないといけないし、ラウールに常に密着してる変態兄貴とか変な設定を生やされるし)

「上手く行きそうだね、ニートくん」

 ラウールが小声で話しかけます。

「まあ、これで五千万リアが手に入るなら許容範囲……」

 話がまとまりかけたそのとき、ドシンッ! と、空からトカゲのような顔をしたヒト型のモンスターが降ってきました。

「我は偉大なる魔王様の下僕! 勇者が現れたと聞き、脅威になる前に芽を摘んでやろうと馳せ参じた!」

「えっちょっ、マ?」

 ニートは慌てふためき、うっかり剣から手を放してしまいました。

「あ!?」

 ラウールでは剣を持ち続けることができず、伝説の勇者の剣は地面に垂直に刺さりました。もちろんラウールひとりでは剣を抜くもできません。

「隙あり!」

 トカゲ顔の魔王の手先は長い舌をラウール目がけて勢いよく伸ばします。ラウールは勇者の剣をその場に残し飛び退くことで攻撃を回避しました。そして、ニートは焦りながらもラウールの代わりに剣の柄を握り、そこで固まりました。

(あれ、拙者ここで剣を抜いたら勇者認定入っちゃう? それはダメ!)

「哀れな。その剣は勇者でなければ持ち上げることすらできぬ。ときにお前、勇者の兄弟だそうだな? 肉親を殺された勇者はいったいどんな顔をするか」

(もしかしてトカゲさんの標的、拙者に変更されてます?)

 強者の余裕か、トカゲ顔はゆっくりと歩いてニートに近づいてきます。ニートは滝のような冷や汗をかきながら、頼みの綱のラウールの方を振り向きました。

「ごめん、腰が抜けた」

「イケメンも腰抜けるの!?」

 絶体絶命の危機を前にニートのツッコミも鈍ります。

「僕はパルプンテ的な呪文が使えるから! 時間を稼いでくれ、ニートくん!」

「ここに来て、パルプンテとかメタな発言やめて!?」

「なにを意味のわからないことをわめいている。ふざけているのか!」

「あわわ、スミマセン! 怒らないで、アンタ顔怖いんだよっ! 自分の威圧感ちゃんと自覚しろくださいっ!」

「なんだと、もう一度言ってみろ!」

「鏡の前でスマイルしてこいっ! スマイルゼロ円だからっ、タダだからたくさんスマイルしてっ! そんでもってスマイルひとつくださいイイィィ!!」

「貴様、自分でもなにを言っているのかわからなくなってないか!?」

「わかってたら狂人だよ、ナンセンスをわかったような顔はできても、真実にわかるやつなんてこの世界のどこにもいないんだよ! なぜならナンセンスだから! ダダダダ、ダダイズッム!!」

「なにこいつ、怖っ……」

 トカゲ顔が、ニートにドン引きしている間にラウールは呪文を完成させました。

「むにゃむにゃっと発動! パルプンテ的な呪文!!」

「詠唱それでいいの!? 作者テキトーすぎかっ!」

 作者とかメタ発言はやめてください。作者より。

「くっ、なんだ、急に体が浮いて!? ウッ、ウワァアアア!?」

 魔王の手先はパルプンテ的な呪文の効果により、あっという間に空の彼方へ飛んでいってしまいました。

「か、勝った」

「やったぞ、ニートくん! 僕らの友情の勝利だ!!」

 魔王の手先を追い払ったことにより群衆もラウールが勇者だったのだと信じます。

「ラウール……いや、勇者様にバンザーイ!」

 勇者を待ちわびていたタユタが真っ先に叫びを上げます。それにつられて周りの人たちも万歳三唱をします。

「バンザーイ! バンザーイ!」

「ハッハッハ! 勇者とは気持ちのいいものだね。ほら、ニートくんも祝ってくれたまえ!」

「しょうがないな、ラウールにバンザーイ!」

 スポンッと地面から剣が抜けます。

「あっ……」

 ニートが大きく振り上げた手には伝説の勇者の剣が握られています。その姿はまさしく勇者でありましたとさ、めでたしめでたし。

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