ピンクリボンのコメディアン

ガブロサンド

ピンクリボンのコメディアン

『3年後、人間を引き連れた勇者が現れ、戦争になる。彼はいずれ、魔界を滅ぼすであろう……!』


そんな予言が、魔王軍参謀のロジーに届けられた。


「なんということだ……! どうにかしなければ……!」


戦争回避方法を考えなければならない。そうして三日三晩、彼は寝食も忘れて考え込んだ。


■■


「というわけで魔王様。戦争を防ぐため、魔物をお笑い芸人デビューさせようと思います」

「何で?」


魔王軍の会議室で、一番奥のお誕生日席に座る魔王は首を傾げた。

ロジーは片眼鏡を押し上げた。寝不足で真っ赤な目をこすりながら、至極真面目に続けた。


「人間界には、お笑い芸人を要請する事務所があります。そこに魔物を所属させて、有名にするんです」


魔王は、大きな二足歩行のライオンが軍服を着た姿をしている。たくましい筋肉に覆われた体に強面という風貌ながら存外に部下想いのため、ボケた参謀の熱を収めるべく、彼は話を聞くことにした。


「お笑い芸人とは一体何なんだ?」

「観客を笑わせてお金をもらう職業です。今は主に、テレビに出演して、ネタを披露したり・雛段の後ろに座って賑やかす人のことを言います」

「なぜそれが戦争回避につながるんだ」

「魔物に好感を持ってもらうためです。

魔王様、知らないものを人は恐怖と感じます。そしてよく知ろうともせず、最初のイメージで忌避し、迫害します。だから最初が肝心なんです。魔物に対して最初に好感を持たせることができれば、友好への道が開きやすくなります」


魔王は適当にあいずちを打った。


「魔王様、笑うことは快感です。人間は快感を与えてくれる相手に好意を持ちます。

また、人間には単純接触効果というものがあります。相手を見る回数が多ければ多いほど好感を持ちやすくなるんですね。それに最も効果的なのが、テレビに出演することです。お笑い芸人であれば、ギャラが安いので事務所の力で出演が可能です。」

「事務所の力」

「不動の人気を得て、魔物であることを明かすのです。それから、魔界と人間界の友好の懸け橋となるよう、宣伝役にするのです。

ちょうど勇者が生まれるという日本という国に、有力な事務所を見つけました。魔物たちは実に気まぐれで不真面目ですが、魔王様の命令とあれば! 芸を磨き、トークを磨き、先輩芸人に尽くし! 日本中で愛されるお笑い芸人になれるはずです!」

「お、おう……」


最近の魔界はそれなりに安定していて、魔王軍は大変暇であった。たるんだ兵士達に仕事が出来るのはいいことであり、ロジーのくだらない案は採用された。

魔物の中から、容姿が人間に近く舌の回る者たちが選出され、人間界に送られた。


■■


「魔王様、ロジー様! 魔物たちが全員帰ってきてしまいました!」

「「何ぃ?!」」


2か月後、作戦の失敗が報告された。報告してきた下っ端兵にロジーは詰め寄った。


「何があったんだ?!」

「それが……みんなちっともウケなかったそうで……」


どうやら、事務所に所属したはいいものの、劇場でネタを披露しても少しも笑ってもらえなかったらしい。努力したものの、だんだん客の前に立つのがつらくなり、心が折れたというのだ。


「そうか……彼らには十分なケアをするように伝えろ」

「承知しました!」


子供の頃、渾身の親父ギャグを披露したら誰も笑っていなかったことを思い出し、魔王は少し涙ぐんだ。


下っ端兵を下げてから、ロジーと魔王は作戦会議を始めた。


「一体何が足りなかったのでしょう……人間の感性に近い魔物を選んだつもりでしたが……」

「さあな。しかし、別の方法を考えた方がよさそうだ……」

「待ってください! 私も人間界のことを調べました。どうやら売れない芸人というのは常に存在しているもので、売れるのは一握りだと言われています! 母数が足りなかったのです! 弾を増やせば一発当てられるはずです!」

「……しかし、部下につらい思いをさせるわけにはいかない。それなら私も出よう」


魔王軍は恐ろしいほど暇であった。


「そうはいきません! 魔王様が出たらビジュアルで客が凍り付きますよ。絶対だめです」

「……」


魔王は黙り込んだ。ロジーのセリフに落ち込んでいるのである。


(意外と可愛いところあるんだよなあこの上司……あっ! そうだ!)


ロジーはひらめいた。


■■


その一か月後、魔王とその部下が人間界に降り立った。『ピンクリボンをたてがみに結んだライオン』の面をかぶった、コンビのお笑い芸人として。


彼らの持ちネタは、『強面の怪物が意外と弱気で、女子高生みたいな趣味を持っている』というものであった。ずれた怪物の行動に、人間役の相方が突っ込みを入れる形だ。時にはくだらないオチでブーイングを受け、時には感動オチで客を泣かせたりするようなネタだった。


魔王が直接赴くとあって、部下たちは全力でサポートした。

まず、魔界語で話しても人間には関西弁に聞こえる薬が発明された。

魔王軍には、ネタを考える部隊が作られ、魔物とばれないように証拠隠蔽部隊が作られた。ライオンの体が隠れるようなコーディネートを考える部隊もでき、先輩芸人のぱしりを担う部隊までできた。

サクラ客を装う部隊もあった。最初の作戦で心が折れた兵たちで構成されており、客にウケないつらさを知っている彼らは、いつでも魔王に歓声を送っていた。


そんな努力のおかげか、魔王たちコンビの名は着々と広まっていった。奇妙なビジュアルと、誰も見たことのない面の下の素顔、という設定が若者心に刺さったらしく、ライオン顔グッズがバカ売れした。

また、当然ながら魔王は博識であり、コメンテーターとしても能力を発揮した。また魔王は礼儀正しく器も大きく、スタッフに好かれてテレビ番組に名指しで呼ばれるようになった。


ある時、日本で一番面白い芸人を決めるテレビ企画に魔王コンビは出演した。部下たちは不正で魔王コンビを優勝させようとしたが、魔王がそれを止めた。


「正々堂々と戦おうじゃないか。武力ではなく、笑いでな」

「魔王様……!」


舞台に上がっていく魔王は、自身に満ち溢れていた。部下たちは、リボンを付けたその背中を涙ぐみながら見送った。


そのテレビ番組はこっそり魔界でも放送された。3位という結果に終わったが、人間も魔物も魔王コンビを称えた。

新しい目標ができたと、魔王は苦笑いしていた。


そうして人気を維持したまま、しかし魔物だと明かすチャンスを逃したまま、平和に3年が過ぎた――



「た、大変だぁ~!勇者が!勇者が来た!!!魔王様あああ!」


仕事の合間に魔界に帰ってきた魔王のもとに、下っ端兵が報告してきた。魔王の傍らにいたロジーは慌てて兵を問い詰めた。


「なんだと?! 今どこにいる?!」

「こちらに向かって―――!ひいっ!!来たああ!!」


下っ端兵が振り返って、悲鳴を上げた。

見れば、鎧に身を包んだ青年が歩いて来るではないか。背中に聖剣らしき大きな剣を背負っている。地面には、気絶した兵たちが転がっていた。


上手くいかなかったとロジーは唇をかんだ。いつからか『我ら自慢の魔王を人間界で有名にすること』に目的が変わってしまっていたので、まあ当然である。


魔王が勇者に話しかけた。


「一人か。単身で我が魔王軍に乗り込むとはな」

「あんたを探すのは骨が折れた。だが、ついに見つけた…!」


魔王から目を逸らさずに、勇者は懐に手を入れた。ロジーはさっと魔王の前に立った。これは彼の失態である。相打ちになっても、勇者から魔王を守らねばならなかった。


ロジーが武器を構えて睨みつけていると、勇者は色紙を取り出した。


「ずっとファンでした! サインください!」


――芸人を志す勇者が魔王と組んで、人間界と魔界の懸け橋となるのは、まだ先の話だ。

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