人肉は牛肉の味がして

うたう

人肉は牛肉の味がして

 その料理がどんなふうだったか、実はあまりよく覚えていない。

 細切りにした三色のピーマンが入っていて、ナッツもあったかなぁ。ヤングコーンが入っていたのは、別の機会に食べた違う料理だったろうか。わからない。

 肉はなんらかの醤と絡められていて、少し黒っぽかった。中華料理独特の香辛料、調味料が鼻をくすぐって、香りはとても良かったと思う。

 ただ箸をのばすのは、ちょっと勇気が要った。 


 アメリカのチャイニーズレストランでの出来事だ。

 そこはパンダエクスプレスのようなチェーン店ではなくて、俳優の品川徹のような雰囲気のある年齢不詳のおじさんがやっていた個人経営の店だった。

 チェーン店ではない個人経営の店だとやっぱり万人受けを狙っていない料理もあったりする。その証拠に、この店の炒飯はおそらく魚醤っぽいものを使っていて、結構臭かった。人を選ぶと思うけど、癖のある感じが僕は好きだった。逆にビーフンは、ケンミンの焼きビーフンしか知らなかった僕には衝撃的だった。太麺で、原料はゴムかと疑いたくなるくらい変な弾力のある食感で、なぜだか味もゴムっぽかった。こうした当たりハズレも食習慣や食文化の違いだと思えて面白かった。

 店には中国語表記の漢字だらけのメニュー表もあったけど、読めないので英語表記のメニューを見て注文していた。料理の写真なんかは添えられてなくて文字だけ。中には簡単な説明が書いてある料理もあった気がするけど、ほとんどは料理名と値段だけだったと思う。発音がわからない単語があったりするので、オーダーの際はだいたいメニューを指差して、"this one and ~"というふうに濁して乗り切っていた。

 そんなチャイニーズレストランで、あるときぎょっとする文字列をメニュー表の中に見つけ、興味本位というか怖いもの見たさで僕はそれを注文した。"Can I have this one?"と言いながら指差して。

 そして出てきたのが冒頭に記述した料理、"human beef"だ。 


 現代の文明社会で人肉料理が出てくるはずはないと頭ではわかっていても、怪優みたいな人がやってる店だ。ひょっとしたらひょっとする。

 人肉を食すのは禁忌だという思いもあったし、人肉の味を覚えてしまったらどうするのかとかいろんなことを考えた。でも若かった時分のことなので、好奇心が勝った。

 醤にまみれた黒い肉塊を思い切って口に入れて咀嚼した。

 食感は牛肉に近かった。味も牛肉っぽかった。

 飲み込んで、僕はすべてを理解した。


 賢い読者諸君は見た瞬間に気づいたことと思うが、"human flesh"でも"human meat"でもなく、"human beef"なのだ。国際線の機内で訊かれる、"beef or chicken"の"beef"なのだ。

 つまり僕が恐る恐る口に運んだ肉塊は、牛肉以外の何ものでもなかった。

 そして、中華料理の英語名に詳しい人ならもう一つの誤りにも気づいたことと思うが、僕が食べた料理は、"hunan beef"だった。"human"ではなく、"hunan"。要するに湖南料理風の牛肉炒めだったということだ。


 当時のことを思い返しながら書いたが、よくよく思えば、4人掛けのテーブル席が8つくらいあって、そこそこ広い店だったし、清掃も行き届いていた。そんな店で人肉料理なんて出てくるわけがない。

 変なオーラのある店長のいる店ならあり得るのかもと思ったのが、この恥ずかしい間違いの原因のひとつでもあるのだけど、品川徹似のおじさんは、本当に店長だったのだろうか。変なオーラがあったから、勝手に店長と認識していたけど、記憶を探っても、他の店員と同じようにオーダーを取って、配膳していた姿しか思い出せない。

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