笑うAI

ハルカ

7110&10073

 こんなバイト、辞めてやる!

 何度そう思ったことか。

 しかし、そのたびに俺は店長に泣きつかれる。


「内藤くん困るよ~! 君が辞めてしまったら僕一人になっちゃうよ~」

「マナミ先輩がいるじゃないッスか」

「またまたぁ、冗談キツいんだから! ああそうだ、君の銀行口座にお金振り込んであげるから! ねッ?」

「それ、普通にバイト代でしょ」

「来月のカレンダーもプレゼントしちゃう☆」

「シフト表っスね」

「な~んと! ご飯も三食おごってあげる! でもみんなにはナイショだよ?」

「あ、廃棄予定の商品をこっそり分けてもらえるのは助かってます。あざッス」

「でしょでしょ! だからねッ、もう少しだけ、お願い~~~!」


 廃棄弁当の話を持ち出されると、正直断り切れない。

 貧乏学生の哀しいさがである

 仕方なく、今回も俺は頷くしかなかった。


   ***


 バックヤードを出てレジへ戻ると、先輩の笑い声が聞こえた。

 店内にお客様の姿はない。そしてこのコンビニには他の店員がいない。俺と店長と先輩だけ。つまり彼女はのだ。


「戻りましたッス」

 そう声をかけると、先輩はぐりんと首を180℃回してこちらを見た。

「おかえり」

「先輩、そういう奇行はやめてって言ってるでしょ」

「どうして? お客様がいるときはやってないよ」


 先輩は接客用女性型ヒューマノイドだ。だから首も回る。

 俺よりも半年ほど長くこの店にいるらしい。


 とある大企業が開発した高度なAIを搭載しており、人間と比べて遜色のない会話ができる。とはいえ、そのAIは今や世界中に広まり、あらゆる家電に組み込まれているのだが。


 たとえば、レジのキャッシャーにも、業務用電子レンジにも、フライヤーや缶ウォーマーにも、冷蔵庫にも冷凍庫にも、コーヒーサーバーにも、店内を縦横無尽に移動する掃除ロボットにも搭載されている。

 もちろん入り口の自動ドアや防犯カメラにも組み込まれており、万引き常習犯の顔を認識して来店があれば店員同士だけにわかるよう情報を共有することだって可能だ。


 そしてこのAIには、ひとつの特徴がある。

 それは「好奇心」。この商品を開発した企業は、AIに「好奇心」を植え付けた。彼らはとにかく「知識」や「情報」が大好きで、さまざまな知識を貪欲に吸収してゆく。

 なんでも知りたがるし、人間の真似事だってしたがる。


 彼らはネットを通じ世界中と繋がっていて、互いに情報のやり取りなどもしているらしい。

 つまるところ、彼らはよく「喋る」のだ。


   ***


 店長の話によると、この店はアルバイトを雇ってもみんな長く続かず辞めてしまうという。

 俺に言わせれば、その原因は先輩の奇行だと思う。


 ある日俺が商品の在庫チェックをしていると、突然店の奥から先輩の笑い声が響いてきた。しかもなかなか収まる気配がない。

 幸いなことにお客様はいなかったが、俺は商品の陳列作業を離れて先輩に声をかけた。


「先輩、どうしたんスか。故障っスか?」

「いやいや。電子レンジ兄弟の漫才がね、面白くて」


 そう答えて、先輩はまた吹き出した。

 レジの方を振り返ってみるが、2台の業務用電子レンジはしんとしている。人間のように発声をしないから傍目には静かなものだが、きっと内部ではネット回線を通じて他の家電たちと喋っているのだろう。


 そういえば、先輩から聞いた話だが、最近AIたちのあいだで人間の漫才やお笑いのようなものが流行っているのだという。今や彼らには彼らなりの「文化」があるらしい。


「どんな話をしてるんスか?」

 そう聞いてみると、先輩は電子レンジたちの言葉を人間の言葉に翻訳してくれた。


「こないだ別の電子レンジと話してたときに、妙に会話が嚙み合わないなと思ったんだって。なんでかなって思ったら、相手は家庭用の電子レンジだったってオチ」

「そ、それのどこが面白いんスか?」

「業務用と家庭用じゃワット数が違うじゃない」

「な、なるほど?」


 たしかに、業務用電子レンジは1500Wだけど家庭用ならせいぜい500Wか600Wだ。

 でも、そこからどう笑いに繋がるのかさっぱりわからない。


「笑い話のどこが面白いかなんて、わざわざ説明させないでよ、恥ずかしい」

 先輩がじとりとこちらを見る。

 えっ? これは俺が悪いの?

「それってもしかして、地域によって50Hzだったり60Hzだったりするのも、オチになったりしますか?」


 そう尋ねると、先輩は腹を抱えてヒーヒー笑い出した。

「君って天才だね!」


 どうしよう。まったくわからない。


   ***


 翌週、やっぱり耐え切れなくなって俺はまた店長にバイトを辞めたいと相談した。

 店長は慈しむような顔で俺を見る。


「内藤くん、大丈夫? 顔色悪いよ。疲れが溜まってるんじゃないかな。よかったら栄養ドリンクでも飲みなさい。さぁさぁ遠慮しないで。給料から引いておくから」

「あざッス。いただきます」


 もはやツッコミを入れる気力さえ残っていなかった。俺は栄養ドリンクの蓋をパキリと外し、一気にあおる。

 遠くから先輩が不思議そうに俺を見ている。

 彼女には疲れなんてないだろうから、栄養ドリンクだって必要ない。

 俺の気持ちなんかわかってたまるか。


   ***


 後日、コンビニに出勤すると、先輩は俺の顔を見るなりにやにや笑った。


「なんスか」

「いやあ、昨日君が栄養ドリンクを飲んでたってみんなに話したら、大ウケでね」


 どうやら彼女は、俺の話をして店内のAIたちの笑いを取っているらしい。

 頼むからやめてくれ。

 そして、やっぱりAI同士の言葉はわからない。なんというアウェイ感。


 俺は固く拳を握り、天井を仰いで叫んだ。


「やっぱりこんなバイト、辞めてやる!」

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