祝え! 米寿クイズ
snowdrop
八十八歳
「次が最終問題です」
司会進行を兼ねている出題者が声を張り上げる。
解答席に座る二人のみならず、勝ち上がれなかった周囲で見守る私たち部員も息を呑んだ。
毎週一回、教室で開催している部内のクイズ大会。
正解すれば一ポイント、誤答の減点はなし。だが、解答権は一問につき一人一回。先に三ポイント獲得したものが勝ち上がれるルールの中、トーナメント形式で行われている。
強者揃いの部員たちは、己が知識と早押しの技で競い合ってきた。早押しボタンを両手で持つ者、ボタンに人差し指を乗せる者、中指を使う者、身を乗り出して構える者、押した瞬間上へと体を伸び上がらせる者、ただ静かに押す者などなど、解答権を得るためだけでも各々の個性を光らせる。
トーナメントを勝ち上がってきたのは、卒業した先輩の後を引き継いで部内をまとめる現部長と、入部前は早押しはおろか、クイズ経験ゼロだった一年生。
部長が先に二ポイント獲得。
一年生はまだポイントがない。
次の問題を正解したものが勝者となる。
出題者はカードを手にし、解答席に座る二人に目を向ける。
「ラストの問題に正解すれば、八十八ポイントが入ります。なので次の問題を正解した人が、今回の勝者となります」
いつも多めに問題文を用意して行われているが、ベタ問だけではつまらない、ということで今回は出題者の子がテーマにそって新たに作ってきた問題を起用したと聞いている。どうやら用意してきた問題が尽きて、あと一問しかないのだ。でも、なぜにラストが八十八ポイントなのだろう。
一問目はベタ問で、解答は米寿。二問目は、米寿を迎えるジャーナリストは誰かで、田原総一朗。次の最終問題も、米寿に関連する問題だと暗示させるための獲得数に違いない。
「問題。今年四月には仙洞仮御所から旧赤坂御所へ」
ピコーンと音が教室内に響き渡る。
早押しボタンの赤ランプが点灯しているのは、部長の早押し機だ。
「上皇陛下」
一瞬の沈黙。
誰もが、出題者に視線を向ける。
「残念」
ブブー、と虚しく不正解の音が鳴り響いた。
「なにっ、違うのか」
部長は口を開けたまま首をひねる。
「部長の解答権はなくなりました。もう一度問題文をはじめから読み上げます」
仕切り直すように、出題者は問題文を読み上げる。
「問題。今年四月には仙洞仮御所から旧赤坂御所へ引っ越されることが決まった、確かな記載が残る中では昭和天皇と並び、飛鳥時代の推古天皇を抜いて、昨年十二月に最高齢となられた上皇陛下の御年齢はいくつでしょうか」
問題文が読み終わったのに、一年生の子はボタンを押さない。周りの部員たちが「押せよ」「わかるだろ」と声を上げた。
一年生の子は、部員たちの反応に「えっ、ええ、ええっ」と声を漏らし、早押しボタンに乗せる手を小刻みに震わせていた。
まさか、ほんとうに、ひょっとして、もしかしたら、やっぱり、と不安と妄想が浮かび上がり、思わず顔の前で両手を組んで祈ってしまう。
「カウントいきます。五、四……」
出題者は、ゆっくり数をかぞえ始める。
隣で見ている部長は、
「押すんだ。解答権は君にしかない。押さなかったら時間切れで、ポイントの高い俺の勝ちになってしまう。仮にも、ここまで勝ち上がってきたのだろ。共に戦ってきた相手に敬意を払うためにも、全力で勝ちに挑めっ」
一年生を鼓舞した。
「はいっ」
促されるまま、一年生の子は勢いよく早押しボタンを押した。
だが、すぐに答えられない。
皆が注目する中、出題者のカウントがまたはじまる。
「五、四、三、二……」
「……はちじゅうはち?」
一年生の子は、声を震わせながら疑問形で回答した。
沈黙が漂う。
出題者はまぶたをぱっと開いて、右手をゆっくり上げながら口まで大きく開けていく。
「正解っ」
ピポピポポーンと正解音が鳴り響く。
出題者は、振り下ろした右手の指先で正解ボタンを押しまくった。
「そうなんだ~」
ほっと息を吐いてうなだれる一年生の子。
部長をはじめ、見守ってきた私たち部員は、勝者に惜しみない拍手を送った。
「知らなかった?」
部長の問いかけに、
「全然知りませんでした」
と答える一年生。
「決勝の問題が、米寿に関係することが出題されていただろ。これほどわかりやすいヒントはなかっただろうに」
「米寿……あ、八十八ですね。そういうことだったんですね。ポイント数が八十八だったので、答えてみたんですけど……そうだったんだ」
はいはい、と表情に明るさが戻っていく。
「気がついてなかったんかいっ」
部長はじめ、私たち部員全員で彼にツッコミを入れた。
祝え! 米寿クイズ snowdrop @kasumin
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