メイク・スマイル

原田ツユスケ

メイク・スマイル

「は〜いどうも〜! アスと申します!」

 一人の男が壇上に上がる。


 世界中の人口が一気に減少した中、彼が最後の”人間の”お笑い芸人である。

 技術が発達して街中で人間型のロボットが見られるようになった今、笑いに特化したロボットも大量に作られている。大人気だったお笑い芸人の容姿や喋り方を完全にコピーした、クローンのようなロボットなどが主だ。

 だから、この時代に新人の芸人なんてお呼びじゃ無い。


「皆さん、フレンチって行きます? フランス料理店ですよ。わたしは先日行ったんですがね……」


 彼の眼前に広がる客席は、ポツポツと埋まっているとこがあるだけで、そのほとんどが散歩のついでに見に来たおじさん達だ。


「食器の使い方がわからなくて。サラダを食べるのにスプーンを使うのかと。そう思って頑張ってはいたんですがね、みかねた店員さんが『外側から使うんですよ』と言ってきまして」

「俺は悪くねーよ! 外側からなら店頭にマナー書いとけやー! と、思いましたね。皆さんもそうでしょ。ま、まあ、照れ隠しなんですけど……」


 日常の些細なことに文句を言って共感を呼び、弱い一面も見せることで愛されキャラも狙っているようだ。

 お世辞にも面白いとは言えない彼だが、多少のファンが付いているのはその性格のためだ。





 彼がテレビに出られるのは、人間だけが出演する番組にゲストとして呼ばれる時くらいである。


「実は、アスさんは唯一のお笑い芸人なんですよね?」

 アナウンサーの司会が言った。アナウンサーも、もう勤めている人間はごく僅かになってきている。


「そうなんです。ロボット以外ではわたしだけみたいですね」

「なぜお笑い芸人が増えないのでしょうか?」

「だいぶ前に養成所とか、人間の入る事務所が無くなっちゃって……だから始めにくいっていうのと、あとは単純に、ロボットが緻密すぎて人間が居ないということに気づかれてないんじゃないでしょうか」

「なるほどー。確かに、言われないと区別つきませんよね。最近はドラマもロボットが主演する事例もありますからね」


 そう、ドラマがロボットのみで構成されるという、昔では考えつかなかったようなことまで実現されている。

 リテイクなどの必要が無くてやりやすいのだろう。ただ、根本に感情の無いロボットに演技させるのは、やはり賛否両論の意見があるようだ。


「アスさんの知名度もあまり高いとは言えませんが、お笑い芸人を辞めようと思われたことはありますか?」

「いえ。ありません」

「どうして?」

「ロボットは昔の笑いをコピーする事に長けていますが、新しいお笑いはできません。人間にしか作れない新しさって、あると思うんです。わたしはそれを作りたい。今の実力では無理かもしれませんが、いつか作ってみせるのが、わたしの昔からの夢だからです」


 この言葉にカメラの後ろの観客席から歓声があがった。

 しかしその歓声の大半が、人間と区別のつかないロボットのものだと彼は知っている。表情も視線もぶらさずに話し続ける。


「わたしの芸名のアスも、漢字の明日あすからきているんです。明日の笑いを作りたいという意味です。明後日でも、遠い未来でもいいから、いつかできれば良いなと思っています」


 今度は司会から歓声があがった。

「おおー。素晴らしいネーミングですね! まだまだお若いですから、これからが楽しみです。夢を叶えられるよう、応援していますよ」


「はい!ありがとうございます!」

 彼は司会に、満面の笑みを向けた。これこそ俺の作りたい笑顔だと言わんばかりに。



 そしてその信念を貫き通し、とうとう彼は生涯を閉じた。

 決してクローンのように残されるような芸人ではなかったが、間違いなく新しい笑いを作り出し、多くの人を虜にさせた。彼のために涙を流した人々も少なくはなかった。悔いのない人生だっただろう。









 ──パタン。本を閉じる。


「へぇ。その人のこと、おばあちゃんはテレビで見てたの?」

 三つ編みを揺らして、女の子が彼女の祖母に問いかける。

「そうよ。面白かったんだけど、おばあちゃんが貴女くらいの年の時に死んじゃったのよ」

「じゃあ、結構昔の人なんだね」


 彼は旅立つ二年前、自分の人生を記した本を出版した。

 本のタイトルは『MAKE YOU SMILE TOMORROW明日あなたを笑顔にする』。

 それなりに買われ、それなりに読まれ、それなりに読者の心に響いた。彼の背中を追おうと考えた人達だっていた。


「私、お笑い芸人になってみようかな。なんか面白そう」


 満面の笑みで自分の夢を語る、ちょうど彼女のように。

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メイク・スマイル 原田ツユスケ @harada_tsuyusuke

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