押せ!!!『現実』ボタン

米占ゆう

押せ!!!『現実』ボタン

 「人生は一冊の書物に似ている」というのはドイツの作家、ジャン・パウルの名言であるが、書物にも様々な種類があるように、人生にも様々な人生が存在しているわけで、そんな中には他人を殺すことが絶対に必要な人生もある。そして、そういう人生を送っている人間は、得てして自分の手では虫をも殺せないような心臓の小さな人間だったりするわけで、そんな人間の代わりに人を殺す人生というのもまた、一つの人生だ。つまり、何が言いたいのかと言えば、そう、私は殺し屋なのである。

 して、そんなあたしのもとには今日も、オニオンルーティングされた深層ウェブから依頼が舞い込んでくるわけで、はたして、今回のターゲットは某有名ギャグ漫画家。彼がなにをしたのかはあたしには知る由もないし、もしかしたらなにも悪いことはしてないのかもしれないけれども、あたしは単なる暗殺者アサシン。つまらぬ詮索は不要、ただ、彼を殺すだけ――っつーことで、依頼者から情報提供のあった彼の仕事場近くに潜伏し、彼を待つこと数時間。休憩のためか、ひとり外にひょこひょこ出てきたところをビタビタに尾行、さながらエルデンリングめかした動きで彼の背後を取ると、懐からナイフを取り出して彼の首筋を一突き――する直前に彼の背中に謎の「ギャグマンガ」ボタンが合ったものだから、気になってアサシン的スピードでポチッとな、してみたところ、ビーッと突如音がなって、うわああああああ好奇心は猫をも殺す!! 暗殺者の超ド基本中の超ド基本なのに!!! やめときゃとかった!!! うわーん!!! ってあたしは泣きそうになっちゃったわけ。

 でもそんな取り乱したあたしとは対照的に、当の漫画家先生はゆったりとこちらを振り返ると、

「あ! もしかしてあなた、ボタン押しちゃいましたね?」

 ってあたしに話しかけてくるわけなんだけども、あれ? 敵意ゼロ……? そっか! まだあたしが暗殺者なのはバレてないのか! セーフ! ってあたしはちょっとほっとして、

「いやぁ、すみません! ちょっと気になっちゃってつい……」

 って一般人のふりをしながらテレテレしたりするわけなんだけれども、すると漫画家さんもハイハイ、みたいな感じで苦笑いをして言うことには、

「ハハ、まあ大丈夫ですよ。ちょっと世界がギャグ漫画空間になってしまっただけですからね」

 とのことで、なに……? ギャグ漫画空間……? ってあたしは目が点、って感じだったんだけれども、しかし漫画家先生は続けて曰く、

「ですからね、つまり世界がギャグ漫画的な空間になってしまったってことです。例えば、もしあなたが私を刺したとしても、私は血を流すだけで、別に平気であなたとお話することが可能ですし、どんだけ殺そうとしても、まず殺せません」

 とのことで、いや、そんなわけあるかい! ってあたしはツッコミがてら彼の首に思いっきりナイフを突き立てたところ、案の定漫画家先生の首からは溢れんばかりの鮮血がびゃ―っと零れ出て、それから……

「ギャーッ!! なにするんですか!!」

 ええっと……。

 ……。

 え? 生きてる?

「だから言ったでしょ? 世界はギャグ漫画空間になってしまったんですから、たとえ私の首を刺したとしても、私は死なないんですよ!」

 って漫画家先生はぷんすか怒るわけなんだけれども、いや、それよりも、ちょっと待って……? 人を殺せない、だって……? そんな、それじゃああたし、おまんま食い上げじゃん……! ってあたしは絶望して、へなへなそこに座り込んじゃうわけ。

 でもそんなあたしの表情からなにかを察したのかなんなのか、漫画家先生はあたしをファミレスに誘ってくれて、半泣きになっているあたしの話を辛抱強くうんうんと聞いてくれたわけなんだけれども、

「それで、これからどうしたらいいでしょうか……あたし、殺し屋以外に食っていけるようなスキルが今はなくて……親から相続しちゃった借金もめちゃくちゃあって……」

 ってなあたしの涙ながらの問いかけに対して、う~んと考え込んだあと、「もし今後私の命を付け狙わないのであれば」という条件付きで教えてくれた打開策が、

「そんなにギャグ漫画空間が嫌なら、現実空間に戻せばいいんですよ」

 とのことで、

「えっ!? 戻せるんですか!?」

 ってあたしが食い気味に聞くと、漫画家先生はまあまあ落ち着いて、とあたしに自制を促しながら話を続けるに、

「あなたが押した『ギャグ漫画』スイッチあるじゃないですか、その『現実』スイッチ版が実は存在しているんですよ」

「どこに!?」

「……アメリカのホワイトハウスです」

 とのことで、う、うわぁ……ホワイトハウス? マジかよ……。とは言え、このままギャグ漫画空間にいたのでは殺し屋家業は続けられないわけだし、こうなったらやるしかない、しゃーんめ!!! とあたしは覚悟を決めて、いざ、成田空港からボーイング機に乗って単身渡米、ワシントンメトロに揺られた後にホワイトハウスに潜入したわけで、道中シークレットサービスと鉢合わせそうになったり、デジタルセキュリティシステムに阻まれたりと、その道程は甚だ困難を極めるものではあったものの、そこは殺し屋としての持ち前の潜入技術、及び深層ウェブにて拾ったフシギ・プログラムによってなんとか突破し、辿り着きたるはホワイトハウス地下基地の最深部。フシギ・プログラムによって突破したセキュリティドアをくぐった先にあったのは、赤と青のボタンであって、その見た目的におそらくこれこそギャグ漫画空間を終わらせ、世界を現実空間に立ち戻らせる「現実」ボタンであろうと予想された。

 わけなんだけどさ~、なんでボタンが2つもあるわけ? これ両方とも押したら現実空間に戻るのかなぁ~? なんてあたしは首を捻りながら、説明書でもないかと思ってボタンの周囲をきょろきょろしてたわけなんだけれども、そのとき不意にラインの着信音。見るとそれは件の漫画家先生で、

「最深部に辿り着きましたか? では目の前に2つのボタンがありますね?」

 とのことだったんだけれども、「ありますあります!」ってあたしががっつき気味に返事をしたところ、漫画家先生は、

「いいですか? そのうち片方だけが、『現実』ボタンです」

「なるほど。……で、もう片方は?」

「核弾頭発射ボタンです。押すと世界が滅亡します」

 とのことで、は? なんでそんなもんを一緒に置くんだ、紛らわしい……。

「で、『現実』ボタンは何色なんですか?」

「わかりません」

「……え?」

「トップシークレットですからね、わかりません」

 漫画家先生はそうやって淡々と答えるわけなんだけれども……えええ!?

 つまり、あたしがどっちのボタンを押すかによって、世界が現実空間に戻るか、それとも破滅するか、決まっちゃうってこと!? いやいやいや、流石に押せないでしょ、そんなもん!! 責任が重すぎるよ!!!

 でもそんな大怯みのあたしに対し、漫画家先生が相変わらずののんびり口調で言うことには、

「まあ、でも間違っても大丈夫だと思いますよ。同時に押さなければ、どうせギャグ漫画空間の中だけの話なので」

 ってわけだったから、え? あ、そういうもんなの……? ってあたしはちょっと落ち着きを取り戻し、じゃ、じゃあ押してみようかな……ってそろりそろりとボタンに近づいたわけなんだけれども、さて、赤のボタンか、青のボタンか、どちらを押すべきなのか……?  さすがにギャグ漫画空間だからと言っても、核弾頭は飛ばしたくないし……う~ん、悩む。。これがいわゆる人生最大の賭けってやつなのかもしれない、失敗はしたくない……ってあたしは頭を抱えるわけなんだけれども、そのときふと最近見た映画、マトリックス・レザレクションズを思い出して、そうだ。マトリックスの世界では赤い薬を飲むことで、現実世界に戻ることができたんだ。だから、あたしも赤いボタンを選ぶべきだ。そうだよな、キアヌ・リーヴス!!! って赤いボタンを最後まで押し込んだ次の瞬間、ゴゴゴゴゴゴとすごい音が辺りに響くわけで、どうやら核弾頭が発射されたらしい。実を言うと、地球はもうだめです。いや、それギャグ漫画どころか鬱漫画だからな――!?!?!?


 ボカァァァァァアアアアアアアアアアン!!!!!


 そのとき、ホワイトハウスは飛んだ。

 否、地球が砕け散ったのである。

 きっとアメリカが核弾頭を発射したタイミングで、中国だとかロシアだとかも報復的に核弾頭を発射したのだろう。世界各地での同時多発的な超強力核爆発。さしもの地球でも、耐えられなかったに違いない。

 あたしは無重力のホワイトハウスの中をぷかぷか浮かびながら、破滅した地球を眺めていた。後悔、絶望、なぜこうなってしまったのか……そんな感情は不思議と湧いてこず、ただ一つ、あたしは憤りのみを感じていた。して、この憤りはこの世界のオチを見守った人類共通の憤りであろうとあたしは自負している。その憤りとは、いったい何なのか……? あたしは今、ここで思いっきり吐き出したい。


 ……。


 スゥ。


 爆発オチなんて、サイテー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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