第5話 クレオらしき男脱走

 「一郎!! 助けてくれ!!」


 聖堂に戻った一郎の前に現れたのは、クレオだった。——といっても、彼は復活を遂げておらず、霊魂のままだった。


「おや、これは勇者殿。ご無事ですかな」


 一郎の後ろから顔をのぞかせて、牧師が言った。


「無事に見えるか!? それより、俺の身体を取り返してくれ!」


「取り返す、とは?」


 言いながら、一郎はクレオの身体があった場所を見る。長椅子には既にクレオの身体は無く、項垂れたフィーだけが取り残されている。そして、聖堂の扉は開きっぱなしになっていた。


「俺じゃない誰かの霊魂が、俺の身体を横取りしたんだ!!」


「そんなこと可能なんですか?」


 振り向くと、牧師に聞いた。牧師は渋い顔をして、ゆっくりと首を縦に振る。


「——可能ですな。邪悪さの低い霊魂であれば、この聖堂にも近づける。悪魔であれば入れなかっただろうが、悪魔という程でも無かったのでしょう。さて、厄介なことになった。フィー、おいで」


 牧師がそう声をかけると、フィーは顔を上げた。今になってやっと牧師が来ていたことに気が付いたらしく、少し驚いた顔をした。それからフィーは恭しく立ち上がり、申し訳なさそうに首を垂れてこちらへ寄ってきた。


「申し訳ありません。まさか、聖堂の中にあんな霊魂が入り込むと思わなくて……」


「いや、私も油断していたよ。いくつかあったのは知っていたが、まさかこんなことをやらかすとは」


「もしこのまま身体が戻らなかったらどうなるんだ!?」


 二人の間に割り込むようにして、クレオの魂が叫ぶ。牧師は深刻そうな顔で言った。


「魂が入ったことで身体が死に向かうことは避けられる。ですが、貴方自身は時間と共に記憶を失い、その内昇天するでしょうな」


「……」


 あまりの衝撃に、クレオは絶句したまま固まってしまった。


「ひとまず、私が身体を探しに行ってきます。クレオさんはここに。絶対に動かないでください」


 一郎が扉に向かおうとすると、その太い腕をフィーが両手で掴んだ。その手は青年のものにしては細く柔らかく、一郎は思わず心臓が高鳴った。


「——私も行きます! 連れて行ってください。この街の中なら私でも案内できます」


「分かりました。この街の治安については存じませんが、私から離れないでくださいね」


「はい! 牧師、心配しなくても大丈夫です。一郎さんがいますし、きっと何もありません。勇者殿の身体を見つけたら、すぐに戻ります」


「……十分すぎるほど気をつけなさい、フィー。一郎殿、フィーを頼みます」


「承知しました。では」


 二人は連れ立って外に出た。クレオの身体を追いかけるのにはきっと骨が折れるだろうと思っていたが、その足取りに繋がる痕跡は案外簡単に見つかった。教会を出るなり、クレオの着けていた青い鎧が落ちているのを見つけたのだ。


「なぜ鎧を……?」


 捨ておくわけにもいかず、一郎はそれを拾い上げた。


「聖騎士の鎧には光の力が込められているとも聞きます。もしかして、それを嫌ったのでしょうか」


 フィーは困惑した様子で言った。


「とにかく急ぎましょう」


 鎧が落ちていた通りに入る。すると、先の方が俄かに騒めいている。何かしらのトラブルがあったのか分からないが、クレオが進んだ方角である可能性が高い。二人は人混みをかき分けながら道を進んだ。雑貨屋の前を通り抜け、二つの道が交差している場所を通り、手押し車を避けると少し開けた場所についた。古びた銅像の建っているその広場の奥で、女の叫び声が聞こえた。一郎とフィーは慌ててそっちに駆け寄った。


「……クレオさん?」


 そこにはクレオの身体がいた。クレオは何故か一糸まとわぬ姿で広場を駆け回っている。鍛え上げられた筋肉が盛り上がり、額からは汗の粒が舞う。だがその下半身には何も纏わず、一郎が元の世界に置いてきたものが踊っている。その痴態を見た婦女子が、悲鳴を上げて手で顔を覆った。


「……何故、全裸なのでしょうか」


 そっと現実から目を逸らしながら、フィーが呟いた。


「さぁ、それはクレオさんに聞かないと——あ、今はクレオさんじゃないのか。とにかく捕まえて話を聞きましょう。なんだかクレオさんが可哀想になってきましたし」


「……お任せしても?」


「まあ努力はします」

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ちむこ転移 花札羅刹 @hanafudarasetsu

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