第4話 フィー・クルルスフ

 商業都市アデュケ。

 不審な顔で見つめる警備員の横を通り抜けて街に入ると、白色の石畳が広がっていた。石畳の隙間からは鮮やかな色の小さな花が顔をのぞかせている。その花を踏まないようにたくさんの男達が街中を行き交い、街の中心に向かうメインストリートには出店が並んでいた。


「祈祷師、というのはどこにいるんでしょうか……」


 自分の後ろに着いて来ていたクレオの魂に問いかける。


「まぁ祈祷師と言えば教会って相場が決まっているな。ほら、あの屋根の向こうに十字架が見えるだろ。あそこに教会がある筈だ」


 クレオが指さす方向には、確かに銀色に輝く十字架が掲げられた建物が見える。一郎はそこに向かって歩き出した。アデュケの住人の多さは、首都イースに引けを取らない程だった。魚の入った籠を担いだ行商人、まだ土がついたままの野菜が並べられた出店、武器のイラストが描かれた看板を下げた平屋。様々な店に人々が出入りしている。階段には若い男達が腰かけ、何か話をしているようだ。


 人の流れに従いながら、一郎はメインストリートを進む。両腕で持っているクレオの身体がどんどん冷たくなっていくので、無意識に進む足が早くなる。何度かすれ違う男にぶつかりながらもやっとの思いで教会の前につく頃には、全身に汗をかいていた。


「すみません」


 古ぼけた木でつくられた教会の扉をノックする。だが、しばらく待っても誰も出てこない。


「すみません、死人がいるのですが」


「おい、まだ死んでないぞ」


「あ、そうか。えーっと……死んだような人がいるのですが」


「悪口に聞こえるんだが」


 二人が言い合っていると、目の前の扉が躊躇いがちに開かれて、中から金髪の青年が顔をのぞかせた。青年は青い瞳を泳がせて、動揺した様子を見せている。


「……そちらの方は?」


 やや高い、小さな声だった。


「私は佐藤一郎と申します。この死にかけの人は勇者クレオさんです。道中ドラゴンにやられてしまいまして」


「ああ、なるほど。だから魂だけそちらに……」


 そう言って青年は一郎の背後に漂っていたクレオの魂を見上げた。


「魂が見えるのですか?」


「まぁ、これでも祈祷師ですから。さあ、早く中へ。間に合わなくなる前に」


 一郎は促されるままに教会に入った。

 やや古びた教会の中にはステンドグラスから淡い光が差し込み、宙を舞う埃を輝かせている。等間隔で並べられた長椅子の真ん中には赤い絨毯が敷かれ、最奥の教壇まで続いていた。やや埃っぽい絨毯に足をのせながら、一郎は天井を仰ぎ見る。カーブを描く天井には色あせた絵画。一番手前、ちょうど彼の真上にあたる部分に黒く醜い魔物が描かれていた。


「私は祈祷師のフィー・クルルフスです。さあ、身体をこちらへ」


 フィーに促されるままに長椅子へ腰かける。


「違います。貴方ではなく、勇者殿です」


「あ、これは失礼」


 再び立ち上がると、一郎はクレオの身体を長椅子に横たえた。後ろでは彼の魂が不安のあまり右往左往している。


「さぁ、では私は祈りを捧げて勇者殿の魂を身体へ戻します。佐藤様は教会の奥にいる牧師様に事情をお伝えしてください」


 フィーは胸元から小瓶を取り出してクレオの身体にかけると、両手を握り祈りの言葉を呟き始めた。それ以上とても話しかけられる雰囲気ではなく、一郎は言われたとおりに教会の奥へと向かうことにした。


 祈るフィーから顔を上げて周囲を見回すと、この聖堂には左右に扉が一つずつあることに気が付いた。どちらに行ったものか悩んだ挙句、まずは右手の扉に向かった。扉のノブを回すが鍵が掛かっているらしく、扉は開かなかった。ふとフィーの方を見ると、フィーの身体が白く光りだしていた。あのままいけば、無事クレオが生き返るだろうか。


 扉の前に来ると、再びドアノブを回した。今度はガチャリと音を立てて扉が開いた。そっと扉を開けて向こうを覗くと、そこは庭を横切る渡り廊下になっていた。渡り廊下に足を踏み出してみると、甘い花の香りが漂ってくる。白い花が咲き誇るその庭の一角に、牧師は立っていた。牧師は黒い修道服を着た髪の白い老人で、今は大きなジョウロを持って花に水をやっている。その後ろにそっと近づいて「あの」と声をかけると、牧師はびくりと肩を震わせた。


「おお、驚いた。君はどなたかな? 祈りを捧げに? それとも、懺悔をしに?」


 牧師はジョウロをそっと地面に下ろす。


「どうも、佐藤一郎と申します」


「サトゥ……? あまり聞かない名前だね」


「あ、一郎で構いません。実は同行者の魂が抜けてしまい、フィーさんに祈りを捧げてもらっているところで」


「おやおや、それは大変だ。復活は間に合いましたかな?」


「まだお願いしたばかりなんです。間に合うといいですが……」


「ふむ。少し心配ですな、様子を見にいきましょうか」


 そう言って牧師は歩き出す。その小さな背中を追いかけて、一郎も教会の聖堂の中へと戻った。


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