第3話 唸れ!ヒラメ筋

「あーいててて……」


 折れたであろうあばら骨を手で押さえながら、クレオはゆっくりと立ち上がる。一郎は慌てて駆け寄るとクレオに手を貸した。


「なんだよ、案外戦えるじゃん」


「ビギナーズラックですよ。もう二度と戦いたくない……」


「何言ってるんだ。これから魔王城に向かうって言うのに」


「ひいい……」


 クレオは地面に倒れ伏したドラゴンを見た。すでに息を引き取っており、目は白く濁っている。


「まだ一仕事あるぞ、筋肉ダルマ」


「筋肉ダルマって俺のことですか? そういうあだ名って良くないと思います」


「まず最初に角を斬り落とせ」一郎の言葉を無視してクレオは続ける。「それから爪。眼も取っておきたいな。鞄に瓶が入っていた筈だから、眼はそこに入れておいてくれ。高く売れる」


「それ俺がやるんですか?」


「ほかに誰がいるんだ? 俺骨折れてるからな」


「国王に旅費を支給されているんですよね? それならそんなことしなくても……」


「馬鹿、あの国王だぞ? 支給されたって言ってもかなりケチられてんだよ。金で苦労しない為には、こういうのも必要なの! ほらさっさと取ってこい!」


「魚すら捌けないのに……」


 ブツブツぼやきながら一郎はドラゴンの方へ歩いていく。結局、飛び出る血と手に伝わる肉の感覚に絶叫しながら、ドラゴンの部位を収集することになった。すべてが終わる頃には一時間が過ぎていた。牙と爪は血を拭いて布袋に、眼球は瓶に入れて鞄にしまった。血だらけになった両手は近くの小川で洗ったが、服にこびりついた血は取れそうにない。


「やっと終わったか」


「俺もう死にそうです……ってクレオさん、顔色がすごく悪いですよ。大丈夫ですか?」


「流石に骨が折れてるからな。でも痛みは引いた……あれっ!? 治ってる!」


「えっ! それは良かったです。時にクレオさん、影分身の術を使えるんですね。聖騎士っていうのは忍者みたいですねぇ」


「は? そんな忍者みたいなこと出来る訳ないだろう。何言って——」


 そう言って後ろを振り向いた時、クレオは我が目を疑った。そこには確かに自分がいた。もう一人の自分は地面に頭から突っ込んで、ピクリとも動かない。


「え? え?」


 慌てて自分の手足を見る。手はあるが、足が無い。そして手の向こうが透けて見える。


「俺、死んでる!!!?」


「それは何と……ご愁傷様です」


 手を合わせた一郎の頭を叩こうとしたが、その手は虚しくすり抜けた。


「馬鹿! 身体が腐ってない今なら間に合う! とにかくアデュケに急ぐんだよ!」


「俺一人で行くのですか」


「俺の身体も連れて行くに決まってるだろう! あそこには祈祷師が居るはずだ! 頼めば魂を戻してもらえる。時間が経つほど成功率が低くなる、とにかく急げ! ホラ走れ!!」


「人使いが荒いなぁ……」


 一郎はクレオの首根っこをむんずと掴むと、そのまま引きずって走り出す。魂の抜けたクレオの手足が、おもちゃのようにバタバタと動く。それを見たクレオが「おい!!」と叫ぶが、鬼のような速さで走っていく一郎はその掛け声に気が付かない。やっと彼がクレオの呼び声に気が付いたのは百メートルほど進んだ後だった。クレオの呼び声に気が付いた一郎は、踵に力を入れて急停止した。首根っこを掴まれているクレオの身体がヨーヨーのように景気よく跳ねる。


「おい止めろ!! そんなんじゃアデュケに着く前に身体がズタズタになるだろうが!」


「もう、急げと言ったり止まれと言ったり我儘ですねぇ。分かりましたよ、よいしょっと」


 ぐったりしているクレオの身体を持ち上げると、両腕で支えた。


「じゃ、行きましょう」


 そう言って、一郎はクレオの返事も聞かずに走り出す。鍛え上げられたヒラメ筋が唸り、一郎の姿はあっという間に丘陵の向こうへ消えていく。


「待て!! 頼む! お姫様抱っこは止めてくれ!!!」


 クレオの魂の叫びが丘陵に虚しく響いた。

 

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