第2話 OJTって大体名ばかりwith玉
「ああ、俺の大事な大事なち〇こ……」
「そういうの、道中で言わないでくれるか」
一郎とクレオは首都イースを出発し、広大な草原を歩いていた。空は雲一つない快晴、優しい風が心地よい。先行するクレオは盾と剣を、着いていく一郎は食料や薬品をいれた大きなカバンを担いでいる。
「だって、俺なにもしてないのに呼び出されて、俺のアイデンティティーを手違いで奪われたんですよ? しかも魔王を倒せば返ってくるって、そんな詐欺まがいな話あります?」
「そんなこと言ったって仕方ないだろう。今は進むしか無いんだよ」
「はぁ……」
先行するクレオを見る。彼は銀色の輝く髪を風になびかせている。背後からでは見えないが、青い眼は美しく晴天の空を映したようだった。
「貴方のようにイケメンだったら玉の一つや二つ無くてもモテたんですかねぇ……。ま、玉はあるんですけど」
「何を言ってるんだお前は。……ん? 玉はあるのか?」
「幸か不幸か、持っていかれたのは竿だけみたいでして。玉は残ってるんです。見ます?」
「見ねぇよ、馬鹿」
「そうですか。ところで、これからどこに向かうんですか?」
「商業都市アデュケだ。そこから陸路で魔王城に向かう」
「まさか歩いていくんですか?」
「いや、馬車を借りていく」
「ああ、良かったです。どれだけ遠いのか知りませんが、ずっと歩いていくのはつらいですから。で、そのアデュケっていう街まではどのくらいかかるんですか?」
「歩いて一時間だな」
「帰って良いですか?」
「国王に殺されるのと俺に殺されるのどっちがいい?」
「……」
二人は黙々と歩く。緩やかな丘を越え、細い川に掛かる橋を渡り、花に覆われた坂を下る。その時、坂道が思ったよりも急こう配だった為か一郎は躓いてしまった。「あっ」と声を上げるとそのまま地面に倒れ込み、ぐるぐると筋肉だるま宜しく坂道を転がり落ちていく。
「おい!!」
クレオは一郎に向けて伸ばした手を、引っ込めた。自分に、一郎を助ける義理があるだろうか? どこの馬の骨とも知らない筋肉ダルマで、魔法が使える訳でも無く、道中愚痴ばかりの男。可愛らしい巫女との旅を思い描いて城まで行ったのに、召喚されてきたのは一郎。あの時の絶望感といったら筆舌に尽くしがたい。いっそこのまま放っておいて「残念ながら道中モンスターに襲われてはぐれました」とか言っておけば良いんじゃないか。よし、そうしよう。
ぐっと拳を握ると、クレオはゆっくりと歩き出した。一郎が転がり落ちていったのは右手の坂。真っ直ぐ進めば鉢合わせすることも無いだろう。一人旅になるのは痛いが、どこかで仲間を集うのも悪くない。もしかしたら可愛らしい魔術師とか祈祷師がいるかもしれない。女性を三人くらい率いてハーレム状態で旅をするのも良いだろう。クレオの妄想は膨らんでゆく。妄想に集中しすぎて、遠くから声がしたことにも気が付かなかった。
「クレオさん! 危ない!!」
ふっと周囲が暗くなる。太陽が沈むにしては早すぎる時間だ。何事かと空を仰ぎ見れば、そこには小型のドラゴンが飛んでいた。全身をぬらぬら光る鱗がつつみ、両翼が羽ばたく度にぶわりと強い風が吹く。爪は鋭く、赤い瞳はぎらりと怪しく光る。ドラゴンはすうっと息を吸い込むと、クレオに向かって炎の息を吹き付けた。背中に下げていた盾を取り出すと、クレオは寸での所で赤い炎を盾で防いだ。
「グオオオオオオオオオオ!!」
地鳴りのような鳴き声が周囲に響く。思わず怯んだクレオに向かって、ドラゴンの尻尾が飛んできた。周囲の草ごと薙ぎ払われたクレオは、数メートル先の地面に叩きつけられた。
「ガッ……!」
口の中が切れたのか、それとも別の場所が潰れたのか、口から一塊の血が飛び出た。背中を強打したせいで、うまく呼吸ができない。ドラゴンはどしんと地を揺らしながら着地すると、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。壊れた空気ボンベみたいな呼吸をしながら、クレオはふらふらと立ち上がった。剣を鞘から抜き、ドラゴンを睨み上げる。まだ首都を出たばかりなのだ、こんな場所で死ぬわけにはいかない。ここで死ねば、間違いなく末代まで笑いものにされる。
ドラゴンが再び息を吸う。また炎を吹き付けてくるに違いない。クレオは盾の後ろに身を隠し、敵の攻撃に備えた。
「クレオさん!!!」
その時、横から弾丸のように何かが飛んできてドラゴンの横っ腹に突っ込んだ。息を吸い込んでいたドラゴンは突然の不意打ちに驚き、「ごえっ」と変な鳴き声を出して横に倒れた。
「無事ですか!?」
そこに立っていたのは一郎だった。全身土と草まみれだった。
「——お前、生きてたのか」
「まあ転んだくらいじゃ死にはしませんよ。それよりクレオさんのほうが重症に見えます。大丈夫ですか?」
「多分骨が折れた」
「それは……困りました。俺は筋トレなら得意ですがモンスターと戦ったことなど無いので……」
倒れていたドラゴンがゆっくりと起き上がる。
「ど、どうしましょう。ドラゴンってどうやって殺せばいいんですか? っていうか殺せるんですか?」
「俺の剣を使え。俺はどうせもう動けない。いいか、頭か心臓を狙うんだ」
「え、そんな当たり前のように言われても困ります。剣なんて握ったことすらありませんよ」
「いいからやれって! 死にたいのか?」
「ひぃ……。OJTとは名ばかりのマニュアルも大した研修も無い弊社のような扱い……」
「オージェ―ティー?」
「いえ、なんでもありません。とにかく頭ですね。頭、頭、頭……」
ドラゴンが尻尾を振り回し、一郎を薙ぎ払おうとした。だが一郎はそれを肩で受け止めると、思い切りその尻尾に噛みついた。血が出るほど強く尻尾を噛まれたドラゴンは「ぎゃあ」と悲鳴を上げて尻尾を振り上げる。すると、尻尾に噛みついていた一郎も宙に飛ばされた。宙に飛ばされた一郎は、ドラゴンを見下ろす。そして、クレオに渡された剣を両手で握った。
「うおおおおおっ!」
自由落下に任せて、ドラゴンの脳天に剣を突き刺した。一郎の体重も加わり、剣はドラゴンの頭蓋に深く刺さった。クレオはそれを地面から見ていた。ドラゴンは少しの間静止していたが、瞳をぎょろりと仰がせると、そのままゆっくり地面に落ちた。
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