第1話 佐藤一郎召喚される(ただしムスコは置き去り)

「……わぁ! なんて恰好しているんですか!」


 眩しい光に包まれ、目がまだぼやけている。少しずつ視界がハッキリしてくると、目の前に沢山の人影が見えた。一郎は慌ててスウェットのズボンを引っ張り上げる。が、その時ほんの少しの違和感があった。だが今自分がいる状況を整理する方が先だ。


 ベッドの上に寝転がっていたはずの一郎は、今石敷きの床に座っている。床はひんやりと冷たく、赤いペンキのようなもので紋章が描かれていた。彼の周りには鎧をつけた兵隊がずらりと取り囲み、真正面には王冠を頭にのっけた老人が一人と、金糸の刺繍がされたローブを着た若い男が一人。それから、聖騎士という言葉が似合いそうな青い鎧をつけた男が一人立っている。


「俺、いつの間に寝たんだろう」


 一郎は呟いた。これは夢だろう。そう思って頬をつねると痛かった。気のせいかも知れないと思い、軽く頬を自分で殴ってみた。やっぱり痛い。


「お待ちしておりました、巫女様」


 王冠を頭にのせた、恐らく国王であろう老人が言った。


「――巫女? 俺、男なんですけど。というかここは何処ですか?」


「またまた、ご冗談を。ここは、イリスティ王国の王都、イースじゃ。宜しければ、お名前を伺っても?」


「あ、はい。――っとすみません、名刺が無いので口頭で失礼します。私、東丸電子の営業一課に所属しております、佐藤一郎と申します」


「ヒガシマル……?」


「あ、佐藤一郎です」


「サトゥ・イチロ殿かの」


「あ、佐藤でいいです」


「ふむ、では佐藤殿。この度貴方をお呼び立てしたのは、他でもない、魔王についてじゃ」


「はぁ、魔王」


「魔王アンヴィーネが魔界を統治してからというもの魔族軍の勢力は勢いを増し、我が王軍が前線で戦っているものの、劣勢となっておる。そこで、この勇者クレオと共に魔王を倒していただきたく、神官に頼み貴方をお呼びした次第じゃ」


 魔王の近くに立っていた、聖騎士と思しきクレオはじろりと一郎を睨む。銀色の髪に切れ長の青い瞳、堀の深い顔、色白な肌。もし一郎が女であったなら、睨まれても悪い気はしなかっただろう。


「国王様、私は巫女を呼ぶと伺っておりましたが」


 聖騎士クレオは言った。


「ん? じゃから、巫女をお呼びしたのじゃよ」


「巫女……」


 確かに顔は比較的小顔だ。だが、やや人相の悪い顔つきに、首に見える喉ぼとけ。発達した僧帽筋に三角筋。そして、膨らみのない胸。極めつけに、百七十五センチある身長。これが、巫女?


「おい、神官。お前は本当に巫女を呼んだんだよな?」


「え、ええ。もちろん。そして成功しましたよ。最初に見ましたよね? まぁ、見てしまったのは申し訳ないというかアレですが、男だったらついている筈のものが、ついていなかったのが! あれで一目瞭然でしょう!」


「まあ、確かに……?」


 なんとか納得しようとしているのか、クレオの眉間に深い皺が刻まれる。


「ちょっと待ってください」


 ずっと黙って話を聞いていた一郎は、思わず会話を遮った。


「俺は、男ですよ?」


 周囲がしんと静まり返る。


「そそそそんな! 何をおっしゃいます巫女様。だってあなた、アレがついていないじゃないですか。ち〇こが!!」


「いやいや。ついてますよ。何言ってるんですか。なんだったら今見せても――」


 そう言って、モノを出そうとした時だった。一郎はスウェットのズボンを引っ張って、自分の息子を見下ろした。が、そこに息子はいなかった。いる筈の場所に、自分の大切な息子がいない。一郎は混乱した。そして、また夢なのだと理解した。


「困りました。夢というのは厄介なものですね……俺の息子がどこかに行ってしまいました」


「夢ではないぞ」


 とクレオ。


「夢じゃない?」


「ああ。まあ夢と思いたくなるのも仕方無いだろうが、痛みを感じるのがその証拠じゃないか?」


 そういって突然一郎の頭を殴る。


「痛い!! やっぱり痛い! 夢じゃないのか? いや、だとしたら俺の息子はどこに行ったんだ? ここに来る間に落としたのか? そんな馬鹿な!!」


「そう言えば神官、召喚する際の呪文が少し、いや大分、おかしかったような気がしたが」


「え!? あ、あーとですね、ちょっと途中でくしゃみが出ちゃいましたが特に問題は無いかと」


「お前それ、くしゃみのせいで向こうの世界に出した紋章の座標がずれたんじゃないか?」


「……」


 再び周囲が沈黙に包まれる。その場にいた男達は、無意識に股間を押さえた。


「神官さん……」


 一郎はずいと一歩踏み出した。それからフラフラと立ち上がり神官の前まで歩み寄ると、その胸倉を掴み上げた。


「俺の息子はどこにいったんですか!? もしかして今も俺のベッドの上に? もしかしてこのまま腐ったりして……。なんてことだ。神官さん、俺の! 息子を! 返してください!!!」


「ひいいッ! ごめんなさい! でも、もう魔石の力は使ってしまったので召喚は行えないんですー!!」


「魔石……? そんなものは良いのです、俺が欲しいのは、ち〇こです!!」


「まぁ、待ちなされ」


 隣で様子見していた国王が、王笏をずいと一郎の目の前に差し入れた。


「その神官が言っておることは正しい。貴方を呼び出すのには膨大な魔力が必要じゃった。その魔力の源として使用したのはそこにある魔石じゃ」


 そう言って国王は王笏で一郎の背後を示した。そこには、ヒビの入った丸い石が落ちていた。


「召喚前は美しい深緑色の魔石であった。だが、召喚によって魔力が失われ、ただの石くれと化した。あれはもう、使えんよ」


「そんな……じゃあ俺は帰ることもできず、ち〇こを取り返すことすらできないのか……?」


「まあ、同じ男として助言できることがあるとすれば、あの魔石をもう一つ見つけることじゃな」


「まだ、あるんですか? あの魔石が?」


「あるとも。ただし、わしらが確認できている魔石は一つだけ。そしてそれは、魔王が持っておる」


「ほんとですか? 都合良すぎませんか? 実は他にもあるんじゃないですか?」


「いやホントじゃて! 取りに行くか行かぬかはお前にまかせる! どうせ勇者クレオは魔王討伐に出発するのじゃ。行く気があるならクレオに着いていくが良い。どうせ我が国でプー太郎を養うつもりも無いしの」


「いやここ来る前は営業職っていう仕事に就いてたんですけどね、ちゃんと」


「まあ、とにかくそういう事じゃ。どうする佐藤。クレオについていくのか?」


「お待ちください」


 クレオが言った。


「俺は、俺について来てくれる巫女を召喚すると聞いてここに来たのです。こんな筋肉だるまの男だか何だか分からないやつに会いに来た訳じゃない! まして戦闘も出来るのか分からないのに、連れて行くなんて――」


「お主の旅費諸々は我が出しているんじゃがな」


「連れて行きます」


 こうして佐藤一郎とクレオは王都イースを旅立つこととなる。

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