〈銀河の播種〉8

※暴力描写、性描写があります。ご注意ください。




「高斗はやさしかったよ。とってもやさしい。今まで知り合った男の人で一番。っていうか男女ともの抜群トップ、新記録樹立で金メダル、県民栄誉賞、紫綬褒章、ノーベル平和賞並みに」

「やさしくしたことなんかねえよ」


 柔らかに笑う女に吐き捨てる。断言できる、心の底から誓える、俺はミヤコ相手にあえてやさしくしたことなどない。


「うん、高斗のしてくれたことは下心とか打算とか気遣いとかない、ごく普通なんだよね。だから丸ごと百パーセント信じられたし、受け止められし、希望とあらば飲んじゃえたんだよ」


 ……言ってる意味、伝わってるかな? 反応のない男に女は撫でさするように言う。

 繰り返すが、俺はミヤコの身の上なぞまったく興味無かった。やさしくする理由なんかなかった。だからやさしくなんかしてない。勝手に呼び出し、雑に扱って、出した食事に文句をつけた。

 知っていたら、そんなことできない。もし、知っていたなら、もっと。もっともっともっと。俺の心中などお構いなしに、ミヤコは何やら演説している。


 ――わたし自身のせいなのか、〈卵種〉だからか、あんまり人間関係得意じゃなかったの。だから人と違っててもいい理由がわかって、すこし、ほっとしたんだ。高斗には、感謝してるっていうか、うれしかったっていうか、会えて良かったっていうか……


「やらせろよ」


 おそらくはここ数日考えて大切に想いを織り込んだ長台詞を遮り、ミヤコの手首を力任せに掴んだ。

 知ったはずなのに、俺はとことん最低だった。知ったはずなのに、どうしてこんな非道ができるのか。それとも別の理由があるのか。あるとすればかなり認めたくない、自分勝手で悪逆無道で残忍酷薄な理由だった。

 駄目だよ、大人の駆け引きではなく学級委員の生真面目さでミヤコは応じた。別段、俺は嗜虐性向があるわけではない。他の女だったら怯んでいたと思う。だけと引く気はなかった。俺は一歩踏み出し、ミヤコの背と捉えた手首を壁に押しつける。


「ほかの男ができたから」

「……男?」

「あの銀髪紅眼の王蟲野郎」

「ちがうよ、あの人は〈卵種〉の最終進路希望調査しにきてくれたお役人さんだよ。もう本船が到着するから」

「あいつじゃなくとも、他のオトコが待ってるわけだろ」


 淫売、と耳元に落としてやれば、ミヤコは真っ直ぐな眼差しを向けてきた。雄なんか必要ないよ、そう呟いて続ける。


「だってわたし異星人だよ。何が起こるかわかんないよ。卵生んじゃったり、緑色のねばねばに包まれたり、もしかしたら爆散したりするかもしれないよ、こわいよ」


 こわいよ、というのは主観の怖いではなく、そっちにいくとお化けにあうよ、こわいよ? という子どもへの言い聞かせであり、呼び掛けだった。俺は鼻で笑い、


「百も二百も抱いて、今更」

「だってわたしもう自分がなんなのか思い出してしまったから。思い出す前と後では全然別の生き物でしょう、そうでしょう?」


 それを、と一息呼吸し鋭く告げる。ナイフの切っ先突き立てるみたく。同時に茶色の虹彩が紅い炎のように揺らめいた。


「抱けるの?」


 その言はまったくの挑発で、俺の欲望に点火する。

 もちろん、女に自覚があろうが無かろうが、社会的にも倫理的にも許されるはずがなく、普段の俺なら唾棄している。それがわかっていながら、わかっていてなお踏み越えさせた女への当てつけでもある。最悪だ。

 壁からもぐようにしてミヤコをフローリングに引き倒した。年末で階下と隣人の不在を算段に入れ、かなり乱暴に。ニットワンピースとスーパーで買ったであろう肌色ババシャツを首まで捲り上げ、Eカップのブラジャーを毟り取り、タイツと腹巻きと下着を尻までずり下げる。揺さぶるたび白い乳房が呼応してぶるぶる震え、歪み、誘う。はっ、それは男の勝手な解釈なんだろう、だけど最終的にゃお前もあんあん喘ぐだろ、気持ち良くなって、自分からご開帳して腰振っていや奮うだろうが。なら共犯だよ、俺たちは。逃げられるなんて思うなよ、一生逃がさねえ、縛り付けてやる! ――つまるところ、この期に及んで、俺は強姦してでもミヤコを繋留しておきたかったのだ。


 だが。俺の棒メダルは、金剛石どころか、金、銀、銅にも及ばず、予選通過も、代表枠さえままならないありさまだった。


 半時も経ったろうか。凪いだ海の静けさだった。冬の夜の帳は早く、長く、分厚い。マンションは青いビロードを思わせる闇夜に包まれつつあり、照明を点けていなかったことに気付かされた。

 うんしょうんしょととミヤコが俺の下から抜け出て立ち上がる。なぜか腹のあたりが濡れている。嫌な予感がして己の目元を触れば、案の定だった。

 ミヤコの有様もひどい。ニットワンピースを首に巻き、下着と腹巻きは足首のあたりで丸まり、タイツは殿中でござる状態に伸び切って下着と腹巻とは反対足のふくらはぎまでずり下がっていた。


 ――これで終わりだ、いい気味か。お前は行くんだろう、行っちまうんだろう、俺ではなく異星人の嫁になりに。気持ち悪りい、寄るな、触るな、近付くな、緑のどろどろ、桃色触手、紫の汁、えんがちょ、ばーか、ばーか、ばーーーーか!


 三十路過ぎの男とも思えない稚拙な罵詈雑言を、ミヤコを押し付けていた壁に向かって投げつける。だが、はなむけとしては上出来だったろう。背後でミヤコが身繕いする気配を消し去るように、俺は床に胡座をかいてうなだれたまま喚いていた。


 しばしの後、やにわに胡座をかいた脇から覗き込まれてぎょっとした。当然、ミヤコだ。二人きりなのだから、ミヤコがここにレイプ犯がいますと警察に通報しない限り。

 つぶらな、かすかな光をも集める瞳。室内が暗いせいか、さっきは紅い焔のようだったのが、今は青く揺れる水面のようだと思った。そして二度、ミヤコにぎょっとさせられる。

 一糸纏わぬ、素っ裸だった。百も二百も見慣れたはずの。着てたんじゃなかったのか?

 ミヤコは俺の胡座をかく太股あたりにしなだれかかり、そうなると俺の視界には女の背が露わに晒されるのだが、処女雪を被った峰さながらに仄白く発光しているかのようだった。背だけでなく、肌という肌が乳白色に透明に美しい。太股にふれる乳房は瑞々しいはりがありながら極上の柔らかさを保っていた。そして青闇の中だというのにその先端が桃色に色づき、今にも摘まれ、もがれ、食まれるのを待ちかねているのが見て取れた。

 ミヤコ――女は漆器めいて艶やかな黒髪を一筋額に垂らしたまま、青く潤む瞳で俺に微笑む。今まで一度だって見せなかった妖艶と呼べる表情で。

 そして女は恭しく跪き、優雅に妖しく凄艶に、人魚のごとく大潮の海へと潜り込んだ。

 結論から言えば、俺はミヤコを抱けなかった。

 勃たなかったからではない。最終的に痛いぐらいに勃起した。人生最高潮と言っても良いほどに。

 ただし、で。

 俺は口戯によっていかされた。四度も。ミヤコだが、ミヤコではありえない顔、身体、手練手管――いや口練口管によって。今までそんなことできたためし、一度だって無かったのに。

 めちゃくちゃに弄られ、昂められ、辱められ、吐き出された。比喩でもなんでもなく、生温かい波に翻弄され、生気・精気・性器のすべてが絞り取られ、足腰立たず、まさしく岸に打ち上げられた魚のごとし。

 それからミヤコは床に散らばったままの人参ナムルを片付け、チラシを折って作った封筒に万札を数枚入れてコタツの天板に置き、旅行鞄から衣服を取り出し着替え、ダウンコートを羽織り、旅行鞄を肩に掛けると物言わぬままマンションの玄関へと向かう。

 けれど干上がり切ってしまった俺は、追うことはおろか、声を出すことも、手を振ることも、叶わなかった。


 ――爾来じらい、ミヤコの姿は見ていない。

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