〈鳥と魔女と密猟者〉3

「アイランド、僕も手伝う、一緒に行くよ」

「アイランド、ほら見て、彗星がゆくよ、願いごとを唱えなよ」

「アイランド、ねえねえ、アイランド、アイランド」


 どうにも奇妙だった。人里離れた旧銀河航路沿いの小さな惑星、日長一日薔薇を世話する老女とその後ろを纏わり付く青年。

 二人の年齢差は祖母と孫でありながら、そうは見えない。

 青年が息子にそっくりな手前、認めがたい、認めたくはないが、どう見たって。


「……まるで恋人同士? 何言ってんの、密猟者」


 一週間もしたある日、俺は青年が一人の時を見計らい、二人の関係を尋ねた。返答にほっと胸を撫で下ろしたところで、


「まだ僕の片思いだよ」


 青年は濁りのない瞳で巨大隕石を落としてきやがった。背中にゃ翼が生えて見える天使の幻視付きで。


 ――三日に一度は求婚プロポーズしてるんだけど首を縦に振ってもらえない、まあ、急かすつもりはないよ、そういう一途さも好きだし――


本気マジか」

本気マジだよ、パパ」


 最近、青年はそんなふうに俺をたじろがせ、面白がっている。〝パパ〟なんて呼び方、サンはしなかったというのに。


「どれだけ年の差があると思ってんだ。釣り合わない」

「年の差や外見なんて関係ないよ。貴方は何十年か後に息子に会ったとして、今、知っている姿と変わってしまっていたら、息子ではないというの?」


 俺は黙り込んだ。息子の顔でそんなことを言われて、一体何を返せたろう。

 相手を凝視して――ふいに思い出す。青年と息子の違い。

 そう、サンの額にゃ、傷があった。子どもの頃、俺が止めるのも聞かず、猟師道具にいたずらして、誤って怪我をさせた。どうして忘れていたのだろう。普段は前髪で隠れていて見えなかったから。


「……額を、額を見せてくれ!」


 いいよ、と青年は頓着なく柔らかそうな前髪を掻き上げる、寸前。


「いや、やめろ! やっぱりいい、見せなくていい」


 俺の矛盾した言動に、青年は気を悪くしたふうでもなく手を下ろす。

 傷があったなら、あるいは無かったなら。

 そのどちらが良いのか。傷の有無で決まるというのなら、息子の本質は〝傷〟ということになるのだろうか。

 こんなこと、普段の、猟師の、俺なら考えない。

 全体、この惑星は妙だ。俺まで変になる。

 しばらく、両者共に無言で、星々が輝き、薔薇が揺れ、鳥の影が過るばかりだったが。

 アイランドはともかく、と青年が口を開いた。


「僕は心の底から彼女を愛している。それがおかしいかどうか、見ていたらわかると思うよ」





 言われずとも、見知っていた。

 二人がどれほど互いを思い遣っているか。

 食事を始めるタイミングだったり、ドアの開け閉めだったり、髪についた屑を取る仕草だったり。

 青年だけではない。老女もまた、ぶっきらぼうではあるが、青年を愛おしんでいたと思う。

 重いから気を付けるんだよ、美味しいかい、気に入ったならまた作ってやろうね。

 薔薇園の修繕のため、俺も小屋に寝泊まりしていたが、おやすみ代わりに二人が頬を寄せ合う仕草を幾度か見掛けた。親愛な、濃やかな、けれど薄紙一枚、気遣いとも、余所余所しさともとれる切なさの残る行為。わかるからこそ苛立った。


 俺からはとおの昔に喪われたものだったから。


 くそ、とスコップを振り回し、薔薇を数本なぎ倒す。

 不時着してはや二週間、銀河くんだりまで来てどうして庭師の真似事をしなくちゃならん、獲物はすぐ側に鈴なりなのに、早くしなけりゃ手遅れになる――


「薔薇が嫌いなの、密猟者」


 気付けば傍らに青年がいた。音もなく降り立った、そんな錯覚を覚える。


「本当は僕も嫌いなんだ。薔薇なんて」


 青年は小屋を眺めながら、足元の薔薇を踏み付けていた。小屋の煙突からは煙が出ていて、老女は夕餉の支度をしている。

 今日の青年は珍しくやさぐれたふうで、よせばいいのに、どうしたなんて訊ねてしまった。

 通算二五九回目の求婚に失敗したとのことだった。

 元々、このちっぽけな惑星は、アイランドが亡夫を待つために購入したという。夫婦には色々なわだかまりがあったが、晩年、夫はアイランドの元に帰ってきた。そして夫の病死後、彼女は夫が好きだった薔薇を黒一色に染めて喪に服している。もう何年も、そしてこの先もずっと――


「僕はアイランドと一緒に宇宙を旅して回りたいと思っていた。彼女は、旅行はもう飽き飽きと言っていたけど、そんなのは建前で、結局、亡夫が眠るこの惑星から離れたくないんだ。それでもいいよ、僕だって離れない。だのに彼女は迎えが来てるんだから帰れって――」


 失恋者特有の、相手の困惑に忖度しない勢いで、青年は捲し立てる。


「……密猟者はどうして鳥を捕まえたいの?」


 かと思えば、憑き物が落ちたような顔で、そんなことを訊いてきた。


「あの白鷺はまだ誰にも捕まっていない。獲ったなら、一番の猟師という証明になる」

「証明?」

「認められる」


 誰に、と。青年は問うたが俺は答えない。訊き直されなかったので、単なる呟きだったのかもしれない。

 密猟者、青年は足元の薔薇をさらに足蹴にして、もう半歩寄ってくる。


「内緒で銃を返してあげるよ。その代わりお願いがある」


 お願い?  馬鹿みたいに繰り返せば、青年は頷く。


「この惑星にやってくる白鷺を撃ち獲ってほしい。もちろん、持ち帰ってもらって構わない。でも、一羽も漏らしちゃあいけない」


 ――数えて九十九羽、絶対に。


 言い終えて、くるり背を向けて、小屋の方へと走り去る。

 ふいに気付く――青年は薔薇を踏んだはずなのに、彼がいた場所には一枚の花弁も落ちていなかった。


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