〈鳥と魔女と密猟者〉2

 ――生きてるかなあ。死んでも蹴り起こすさ。もしかして怒ってる? 歓迎してないのは確かだね。ちょうどいいよ、墓守なんてうっちゃらかして旅行に出ようよ――


 無遠慮な会話が頭上で交わされ、二日酔いじみて渦巻く頭を掻き回す。

 うるせえ、静かにしろ、吐いちまうぞ! と勢いよく上半身を起こし、目にしたものに言葉を失った。

 自分がいるのはどうやら、ちっぽけな惑星のようだった。黒く弧を描く地平線が見て取れる。黒いというのは、土やアスファルトではなく、一面の黒薔薇が揺れているから。

 異様な風景ではあったが、俺から言葉を奪ったのはそれじゃない。俺を見下ろす二人の人物――一人は黒ずくめの小柄な婆さん。そしてもう一人は取り立てて特徴のない若い男、だが。


「・・・・・・俺の息子サン!」


 留学したはずの息子、サン。久しぶりにその名を声に出し、肺が震える。どうしてこんな所に、無事だったのか、俺が悪かった――様々な台詞が一挙に詰め掛け、結果、喉を塞いじまう。

 だが、サンはきょとんとして、次に肩を竦め、


「人違いだよ、よく誰かに似ているって言われるんだけど。ごめんね」


 すまなさそうに、けれどはっきり、苦労して配達された〈宇宙の缶詰〉を宛先違うよ、と突き返すように。サンそっくりな、だけどサンではない青年は言った。


「そういうあんたは誰だい?」


 嗄れた声にただされ、我に返り、またも言葉を失う。老婆が見覚えある猟銃を構え、至近距離で俺の頭を狙っていた。 

 かっこいいアイランド!――老婆の名前か――と青年は囃し、アイランドとやらはにこりともせず鼻をならす。

 俺は名乗ろうとして、少しすぼめた口を閉じた。答えたくなかった。いたずらを告げ口されるのを警戒する心持ちのような。こんな宇宙くんだりやってきて、まだ名前にこだわっているなんて。


「まあ、誰だっていい。どうせ鳥を追ってきた密猟者だろう。あんた、怪我はないんだね」


 言われてあちこち撫でさするが、目に見える傷はなかった。ただ相変わらず頭はぐるぐると酩酊状態であり、あと左腕を動かすとかすかに傷む。捻挫でもしたらしい。俺の様子にアイランドは不愉快そうにもう一度鼻を鳴らした。


「片腕ならやれるね。立ちな」


 銃口に促され、俺は立ち上がる。見な、とぞんざいに言われて、猟銃で差し示す方を向く。あとになって考えれば、銃を奪う最大の機会だったはずなのに、しなかった。老女に妙な凄みがあったからか、息子に似た青年に見られていたからか。

 立ってから改めて眺めるとよくわかる。やはりこの惑星はちっぽけで、ごくわずかなものしかない。地表を覆い尽くす漆黒の薔薇、それ以外には小屋と納屋、そして――


「植え直すまで逃がしゃしないよ、密猟者」


 見事な薔薇園のど真ん中。俺の愛船が、薔薇の茂みを高級ベットよろしく下敷きにして、横たわっていた。





 唐突に、俺は猟師から庭師となった。しかも見習い最底辺の。

 船を移動させ、潰れた薔薇を取り除き、土を入れ替える――ために、土を造る――ために堆肥を作る。想像以上の重労働だった。

 アイランドは、俺が怪我をしているからといって容赦しなかった。弱腰、役立たず、あんたの目は腐ってんのかい、次にやったら飯抜きだよ! 老女は手も口も早く、俺の数倍作業しながら、怒鳴りつけてくる。そしてサンに似たサンではない青年は手伝いもしないで、ニヤニヤ眺めているだけだった。

 冗談じゃねえ。

 この惑星は旧銀河航路沿いに位置し、過去にも度々船が墜ちてきたという。どうやら付近に出口となる廃転送門スクラップ・ゲートがあるらしい。

 俺の船は旧航路脇に係留されていて、幸いにも壊れていない。だからその気になれば逃げ出せる、のだが。

 土の掻き出しで屈めていた腰を伸ばすと同時に、ああ、と叫びにも呻きにも似た声が漏れた。

 天の川の支流が伸びるような、純白の反物を広げたような――俺が追い求めていたあの白鷺の群れだった。

 やつらは銀河の中州に降り立ち、休息なのか、並んでこちらを向いて動かない。

 撃ち獲る絶好の機会だったが、獲物を目の前に涎を垂らすしかできなかった。なぜなら、猟銃を取り上げられていたから。廃転送門で意識を失って不時着した際、俺は先の二人に船から救出されたわけだが、船内も物色されていたのだった。

 歯噛みして地団駄踏んで悪態つくが、それで仕留められるはずもなし。


「密猟者、昼食ができたよ。アイランドが呼んでる」


 振り返れば、青年が佇んでいた。ああと返答しながらも、その顔から目が離せない。

 数日一緒にいて、性格や挙動の違いから、息子サンではないと一応の納得をしていた。だが、見れば見るほどそっくりで違いがわからず、もしやという気持ちも捨て切れない。例えば、あの大惨事・・・で記憶喪失になったとか。そんな父心を知ってか知らずか、穴が空くよと、青年はからかってくる。


「俺はただ、なんて呼べばいいか迷っただけで」


 いいわけしながら気付く。名を尋ねていなかったことに。

 だが青年は笑って、好きに呼べばいい、なんだったら息子の名で構わない、そんなふうに答える。できるわけないと返そうとして、


「〝アイランド〟という名前だって僕が勝手に呼び出したのだから」


 思いがけない告白をされた。


「なんだってまた」

「僕は生まれてこの方、働きながら旅をしていてね。彼女が、僕がようやく辿り着いた、たったひとつの〝アイランド〟だから」


 ――彼女には本名がある。亡夫からもらったという名前。だけど僕にはアイランドと呼ぶことを許してくれた――


 青年は嬉しくて堪らないというふうに回り出し、薔薇を揺らし、水滴を渦巻き銀河のように浮き上がらせる。その様子に唖然とするしかなかった。


「なにやってんだい、スープが冷めちまうよ」


 小屋の窓から老女が顔を出して叫ぶ。はあい、すぐ行く、今日のメニウはなあにー、と甘ったれた声を出して青年は駆け出す。その軽やかな後ろ背に真っ白な翼が生えているように見えるなんて、俺の目も大概だった。

 あんたもさっさとしな、ぶっきらぼうに言われ、持っていたスコップを放り投げてのろのろ歩き出す、と。

 ザァっ――頭上から無数の影が降り注ぐ。一斉に鳥たちが中州から飛び立ったのだ。

 世にも珍しい宇宙生物が、十、三十、五十、いやもっと。畜生、今、猟銃があったなら。

 だが、願いむなしく、型で抜いたような白影は、扇形の隊列を組み、見る間に星々の彼方へと翔んでゆく。

 と、溜息と同時に腹の音が鳴った。老女の作る食事は意外にも美味い。俺は早足になり、小屋へと向かった。

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