六語り、鳥と魔女と密猟者
〈鳥と魔女と密猟者〉1
〝よだかは、実にみにくい鳥です〟
そんな書き出しの童話があると教えてきたのは、実に鼻持ちならない級友だった。
俺は相手の膨らんだ鼻の穴を拳で潰したわけだが、奴は教師に告げ口し、周り巡って俺の頭にゃ親父の拳が落とされた。
かよう、俺は猟師である親父が付けた『ヨダカ』という名前を好いていなかった。
だからこそ、自分の息子にはケチのつけようのない名を付けたかった。誰が聞いても、待ち望まれた子だとわかる名前。
学が無いなりに頭を捻り、ふさわしい名前を付けた息子はかわいくてならなかった。俺の息子、俺の息子、俺の息子――呼ぶたびに幸福な気分にしてくれる。
長じるほどに賢く、穏やかで、見てくれも良い。
〝鳶が鷹を生んだ〟ならぬ〝夜鷹が鷹を生んだ〟などと陰口を叩かれたが、さほど気にならなかった。
女房が男をつくって出て行った時は、怒るより、悲しむより、息子を置いていったことに感謝した。
そんな息子が十六となり他星系へ留学したいと言い出す。寄星虫学を勉強して、沢山の人を救いたいとのたまって。
一方の俺は、親父の見よう見まねで猟師を生業としており、当然息子も猟師になるものだと思っていた。俺が教えられるのは猟師の
だのに、俺から離れるなんて。
俺は駄目だの一点張りで、息子にとっちゃ単なる頑固親父でしかなく、優秀さが仇となり、奨学金をもぎとって飛んでっちまった。
大して物が持ち出されたわけではないのに、妙にがらんとした息子の部屋を眺めながら気付く。
息子は従順で、喧嘩をしたのは初めてだった。滅多に俺の怒りを買うこともなく、過去にたった一度だけ。
これを読んでと差し出された絵本――『よだかの星』。
あどけさの残る、断られるなんて想像もしない、信じ切った顔。俺は未だ、物語の結末を知らない。
地球在来種の猟が禁止されて以来、猟師はもっぱら宇宙へ漕ぎ出して地球外生物を狩っていた。俺の親父も、じいさんも、ひいじいさんも、もうずっと前から。
小型宇宙船で往く銀河航路は暗く深く透明で、水底では、転んでばらまいたドロップのように、赤、青、黄、緑、色とりどりの礫が瞬いている。
モニタ越しにその人を誘い込む画を眺めていると、銀色の円筒形の人工物がちらりと映った。大振りな桃缶そっくりな形だが、もちろん、違う。
俺は舌打ち一つと共に舵を切った。
それは手紙や小さな荷物を宇宙空間に射出する輸送ポット〈宇宙の缶詰〉だった。
基本的な仕組みは大海を漂うボトルレターと同じだ。ある程度目測をつけて銀河に流す、ただそれだけ。当然、到達率は低く、各宙域で
だが、磁気嵐や宇宙災害などにより通信不能となった際には、最後の頼みの綱となる。
これらのことから、〝
だからこそ、〈宇宙の缶詰〉が
白一色。突然、モニタが暗転ならぬ白転した。
純白の傘か扇子が目の前で無遠慮に広げられた、そんな錯覚。モニタ越しだとわかっていたが、つい仰け反っちまう。黒の余
――星間渡り鳥、
まさに俺が追い求める獲物だった。船の前に飛び出したソイツは、ぶつかる寸でL字を描き、光さながら突き進む。人類にとって
俺は
白鷺は天の川上流、清らな水を求めて渡り飛ぶ。だが、現座標は中流にすら達していない。妙だ。
答えが出ないまま、だが逃す気にはなれず――唐突に白影が吹き消される。
今、航行しているのは何十年も前に打ち棄てられた旧航路だった。理由は当然、
ぞっとして気付く――
整備されていない廃転送門はブラックホールも同じだ。まるで大口を開けて待ち構える巨大魚。ゆがみ、たわみ、広がり、縮み、どこに出るのか、出口があるかもわからない。
全力以上で脱出を図らにゃならなかったというのに、一瞬思っちまった。
──このまま呑み込まれたら、あいつがいる石炭袋に流れ着くだろうか、なんて。
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