〈鳥と魔女と密猟者〉4
深夜、眼を覚ますと寝床の枕元に猟銃が置いてあった。
クリスマスじゃあるまいし。黒光りする長身の相棒を掴めば、久方ぶりというのにスコップよりもずっと手に馴染んだ。
アイランドに知られてはならない。俺は音を殺し、相棒と共に小屋を出た。
暗い群青の絨毯に一筋牛乳がこぼれ、赤、青、緑茶縞の大小のビー玉が散らばっている。薔薇園はいくつもの
果たして、鳥たちは滔々と流れる銀河を挟み、中洲の木に鷺山を成して休んでいた。
〝 ──数えて九十九羽、絶対に 〟
左腕はまだ痛む。惑星から中洲は距離があり、心許ない。俺は場所を変えることにした。
鳥たちは、まるで枝々に灰白いランタンを吊り下げたという具合だ。この一つ一つ、全部、漏らさず、絶対に。
絶好のポジションで狙いを定める。親父から盗んだ、息子に譲るつもりだった業で。俺は銃弾を撃ち放った。
タンタンタンタン、タンタンタアーン
突然の銃声に目覚めた鳥たちは夜宙へと逃げ惑う。それはタンポポの綿毛が一斉に吹き飛ばされる様に似ていた。いくつかは中洲に落ち、枝に引っ掛かり、あるいは川に流される。けれど、弾丸が届かないほど遠くには逃げられていない。俺は実に正確に漏れなく鳥を撃ち抜いていた。狩りに出ると、時折、神がかって集中力を発揮できる時があるが、今夜はよほど冴えていた。
十、十一、十二、十三、十四、十五――
どうして、どうして、むごいこと
勘定しながら撃っていると、どこからか唱和が聴こえる。
三十五、三十六、三十七、三十八――
あなたは薔薇を育てる人ではなかったのですか
六十九、七十、七十一、七十二――
勝手な勘違いだ。俺はガキの頃から一番の猟師を目指してきた。認められる唯一の方法だったから。親父は老齢で数年前から施設に入っている。本当は猟師になった
あなたは彼の友人ではなかったのですか
九十一、九十二、九十三、九十四――
だが、息子は留学先で乗った
――九十六、九十七、九十八、九十九!
撃ち終わり、ぼおと甲板の上に突っ立った。係留してあった小型宇宙船を旧航路へ移動させ、甲板から撃っていたのだ。
集中し切った後の常で放心する。約束は果たした、あとは仕留めた白鷺を持ち帰るだけ……でも、どこへ?
ふと、惑星に目をやると、黒い影と白い影を捉えた。一つは銃声に起こされたのであろうアイランド、もう一つは。
蛋白石の輝きを帯びた羽毛に包まれ、首はしなやかなS字カーブを描き、ふっくらとした背や胸からは細い生糸のような飾り羽を垂らしている。遠目にも一際立派な雄鳥。
一羽、数え間違えていたか――俺は狙い定めて引き金を引いた。
ちっぽけな惑星に戻った俺を出迎えたのは、わけのわからない光景だった。
黒薔薇の園の真ん中、血を流して虫の息の青年が、老女に搔き抱かれているなんて。
「……なんっ?」
息が詰まり、言葉にならない。
老女は俯かせていた顔を上げ、端的に説明してきた。
「あんたは鳥を撃った。この子は鳥だった。それだけのことさ」
星から星へ移り住む、星間渡り鳥。
群れのリーダーは、外敵に近付き、脳に影響を与える波動を発する。それにより相手の奥底に眠る、最も心を揺さぶる存在を探り当て、自身に投影・具現させることで外敵の注意を引き付ける擬態の能力を持つ。
普通は天敵の姿を投影するが、人間には種としての明確な『天敵』はいない。結果、恐怖するもの、憎むもの、尊敬するもの。そして、愛するものを現す。
「今まで密猟者にゃ息子に視えていた。でも、惑星を離れたことで、密猟者に向けた擬態は解かれた。そうして、あたしに向けてだけの擬態が残った。でも、あたしとっちゃ擬態なんて意味がない」
老女の最後の一言は消え入りそうなぐらいに小さかった。
「僕、しあわせだ……」
青年――俺にとって息子の擬態をしている――は、微笑む。
「僕を僕として視ていてくれたんだね」
――亡夫ではなく。
「アイランドの真心が知れて、うれしい」
それきり、鳥だった青年は目を開けなかった。
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