〈星語りのダーシュ〉6

 開拓星の権益を守る非政府組織からスカウトされたのは、父の死後一か月半経過した頃だった。正しくは、四十九日後だと採用担当氏は言っていたが、そのあたりの機微に私は疎い。

 実のところ、以前からお宅に伺っていたのです── 採用担当氏は見事な銀髪を揺らして苦笑した。


「お父様に追い返されまして。いえ、お気持ちはよくわかるのです。大変な事故に遭われたご子息を二度と手放したくない、とても理解できます。しかし、当組織としては、逸材を逃すわけにはいかず、幾度か足を運ばせていただきまして」


 ……追い返した、ヨダカが?

 初耳だった。以前にも採用担当氏が来ていたことも、追い返したことも。


 ──自分が生きているうちは側に置きたい、もちろん、親は子より早く逝くもので、親離れ子離れできないで困るのは〝子〟の方だ。

 でも、まだ、倅を宇宙に出す度胸がねえ、なあ、あと一年待ってくれないか。同業他社が来たら追い返す、一年後に定職に就いてなかったら、あんたんとこ就職するよう説得するから──


「いや、やっぱ、一年半、せめて二年、いやいや三年──お父様はそうごねられていましたが、ご自身の身に何かあった時は私に連絡がいくよう手筈を整えておられました。お父様の了解は得ておりますが、職業選択の自由は尊重されるわけで、四十九日待って、馳せ参じたわけです」


 呆けた。だって、ずっと就職活動してきて、うまくいかなくて、焦る必要はないと言われるほどサンに劣等感を覚えて、妬んで、恨んで、缶詰まで書いて……


 ……──あんの、クソオヤジィ!


 父の生徒たちが陰でよく口にしていたクソジジィ!とほとんど同じリズムで、胸中、初めて叫んだ。

 普通の親子ならば信頼を失う行為だろう。けれど普通でない我々親子はそも信頼があったのかよくわからない。

 怒りは持続せず、奇妙な脱力感、そしておかしみを覚えた。隠しごとはお互い様だったのか、と。

 結局〝サン〟=〝ダーシュ〟と明かさぬまま、父を見送った。だが、父は私が〝サン〟でなくとも、手放したがらなかった。そして、親といえども許しがたい職業選択の自由の侵害は、罪悪感を軽くした。


「それで、仕事というのはどんな」

「色々な星を旅してほしいのです」

「それで」

「その星々での話を聴いて報告書を上げてもらえば」

「それから?」

「それだけ」

「それだけ?」


 念押しに採用担当氏は深く頷いた。


「あとは何をしていただいても構いません。グルメ旅でも体験型旅行でも語学留学でも、理想の伴侶探しでも。費用は経費で落とせます」


 そんなうまい話があるはずない。そう思いつつも、バイトの面接に落ち、派遣登録先からの連絡も途絶えている私に他の選択肢はなく、採用担当氏が持参した端末に映し出された何枚もの契約書にサインをしていく。

 途中、生年月日と年齢を記載する箇所に行き当り、手を止めた。


「大丈夫ですよ。どうぞ本当のことを書いてください」


 だが、私の指は固まり、動かない。

 唐突に、父と離れ、一人で人と人の間で働いて生きていくことに堪らない不安を覚えた。いい年して、ずっと守られてきたとのだと思い知る。


「我々は、あなた自身の特性に期待しています。どうぞ人では聴き取れない星の声に耳を傾け、星と人との懸け橋になってください」


 ――新しい仕事に不安を覚えるのは当然です。私も役人からの転職組でして、よくわかります。実は前に市民から暴力をふるわれましてもうやってられねえと……いえ、すみません、私事を。ともかく、人との関りはサポートしますので―― 採用担当氏の青い眼差しは優しく、説得は真摯だった。


「さっきの、本当ですか?」

「さっきの、とおっしゃいますと?」

「本当に何をしてもいいんですか?」

「もちろん」

「例えば、人捜しをしても?」

「ええ、もちろん」

「その相手に恨みを抱いていても?」

「つまりは復讐ですか? 構いませんよ。復讐でも、復習でも、あるいは修復でも」


 柔和な笑みにどこか薄ら寒さを感じた。指先は宙に浮いたまま。

 ああ、大事なことを伝え忘れておりました―― 採用担当氏は自身の銀髪を掻き混ぜながら言う。


「旅には同行者がいます。つまりはバディを組んでいただきたいのです」


 条件を出され、逆に安堵しつつ、また不安にもなった。

 人付き合いは苦手中の苦手だ。陽気でウェイな若人だったらどうしようと。


「大丈夫、無口な奴です。普段は一緒にいることも忘れてしまうほどの。まあ、事前に相性を調べる必要はありますが」

「そうですね、性格が合わないとさすがに」

「いえ、身体の」


 は、と聞き返す私に採用担当氏はさらに訊いてきた。


「虫というか――蜘蛛。苦手じゃないですよね?」


 それから私は相性・・を調べるために様々な検査を受けた。いわゆる入社時の健康診断プラスαの。その過程で、今まで知らなかった自身の特性も明らかとなる。その事実は私を驚かせ、また少し安堵させた。(採用担当氏はうすうすわかっていたからこそスカウトしてきたようだったが)。

 そうして、私は齢六十過ぎにして、初めて正規職員として就職したのだった。


 


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