第2話 少女ティリア



 夕方の集落の煙突からは多くの煙が立ち上っていた。

 夕餉を作っているのだろう、いい匂いがあたりに漂っている。

 アストラは、村の入り口に近づくと馬を下りた。

 

 「村長宅はどこだ?」


 入り口の柵のところで遊んでいる子供たちに声をかける。

 つぶらな瞳がアストラを見上げた。

 

 「あっち」

 「あそこ!!」


 子供たちが口々に人差し指で場所を示す。

 長身のアストラにはそれがどれかが分からないので馬を下りて子供たちの指の高さまでしゃがんだ。


 「あれかい?」

 「うん、そう!!」

 「そうか、ありがとう」


 教えてくれた子供たちに微笑みながら礼を言う。

 アストラは馬を連れて、村へと入っていく。

 子供たちが指で示した方向には、ほかの家よりも一回りほど大きな石造りの家があった。


 「村長宅だろうか?」

 

 子供たちが指示した家の玄関前で声を中に向かってかけるとしばらくして中から声がかかった。


 「どなたですか?」

 「村長に伝えるべき話があって来た」

 

 聞こえてきた声は、可憐な少女の声だった。


 「今開けます。ちょっと待っててください」


 ドタバタと家の中を走る声が聞こえてきてガタガタと鍵を開ける音が聞こえた。

 そして扉が少しだけ開くとひょこっと頭だけが出てきた。

 髪が濡れそぼっていることからお風呂に入っていたことがうかがえた。


 「変な人じゃなさそうですね。どうぞお入りくだ、きゃっ!?」


 ポカっとその頭を殴る音が聞こえた。

 

 「うちのティリアが失礼なことを申しました。ご気分を悪くなさっていませんか? 申し訳ございません」

 

 中から出てきたのは口ひげを蓄えた男だった。


 「もうっお父さんったら!! 殴らなくてもいいでしょ!?」

 「馬鹿もん!! お前も謝りなさい!!」


 お父さんと呼ばれていることからこの男はティリアの父親なのか…。

 男は、わめく娘の頭をつかんで無理やり頭を下げさせた。


 「構わない。こちらも事前の連絡なく訪問してしまったからな」


 仲睦まじく暮らしていて申し訳なくなる、これから親子の運命が引き裂かれるのだから……。


 



 村の名前をロッツィ村という。

 林業で生計を立てる村で多くの家具職人が生活している。

 組み立てる直前の状態まで加工された家具は山のふもとの町まで運ばれて行ってそこで売られる。

 木がよいのと、職人の腕がよいのとでロッツィの家具は評判もよく高値で取引されることもある。


 「薄いな……して、話というのは?」


 客間に通され向かい合うように椅子に腰を掛けた。

 ティリアの出してくれた茶を飲みながら村長は俺に尋ねた。


 「魔女狩りがこの村にも迫ってきている」


 村長は、血の気のひいた顔になった。

 

 「ふもとの町ではすでに始まっていた……」

 「本当か…」

 

 ふもとの町には近隣にいる騎士団の騎兵が到着しており多くの罪のない女たちが火刑に処されていた。


 「俺も、何人かの女性を逃がすべく戦ったが助けられたのは三人しかいない」

 「それはいつ頃この村に…?」


 村長はうなだれたまま口を開いた。


 「おそらく明日の午後にはこの村でも始まるだろう」

 

 騎士団の到着がおそらく明日の昼過ぎになるだろう。


 「…私はどうすればいい……」

 

 茫然自失しているがそれは当然だろう…何しろひどいときには村の女性すべてが処刑されてしまうこともある。


 「今夜中に村の女性を遠くに逃がしておくのが一番犠牲が少ない。ただしすべて逃がした場合は、男たちも魔女に加担したとして殺されてしまう場合がある」


 それはあまりにも酷な話だった。


 「…え……それは……」


 村人全員で逃げるのはいいが、ここに戻ってきたことが知れればおそらく村人全てが処刑の対象になるだろう。

 村人全ての安全は林業で成り立つ生活基盤を捨てるのと同義だ。


 「神の教えに忠実なことを示し、ここにいる村人が抵抗の意思を示さなければおそらく犠牲は少なくなるだろう」


 俺は犠牲がないことはありえないことを告げた。


 「そうか……知らせてくれたことに感謝する。村の大人を集めよう……」


 その後、集会の場が急遽設けられ誰が逃げるかがほぼ決まった。

 既婚者の女性はその多くが夫の逃げてくれという頼みを聞かず、夫とともに村に残ることを決めた。

 そして、十代から二十代の女性たちは、自分の足で山を歩ける者に限り逃げることになった。

 町に逃げるわけにはいかないから山奥を目指して逃げることになった。

 大人たちは自分の家の装飾品類をまとめて山奥や集落の下を流れる川などに投棄し祭壇をきれいにした。

 教義である清貧を装うためだ。

 そして、夜が明け朝となった。


 「おはようございます」

 

 ティリアが起こしに来た。

 ティリアは、逃げる道を選択しなかったらしい。


 「あぁ、おはよう」


 朝食は村長夫婦と、ティリアと食べることになった。

 ライムギのパンに放牧されている牛からとれたての牛乳、そして野菜のスープ。

 季節は秋、冬がもうそこまで来ている。

 簡素ではあったが温かいだけでありがたかった。


 「わざわざ、伝えに来てくれてありがとうございます」


 村長とその妻が礼を述べた。


 「礼には及ばない。俺がやりたくてやっていることだ」

 「ほかの村でもこういうことを?」

 「あぁ」


 今までに五か所くらいの村でこの村でしたようなことと同じようなことをしてきた。

 別に誰かに頼まれていてやっているわけではない…いや、頼まれたのか……。

 

 「表の杭に馬はつないである。二頭は置いてく。何かあったら使ってくれ」

 

 山間の集落では、馬はいくらでも使い道がある。


 「馬を頂けるのですか!?いや、ありがたい」


 いちおう騎士団の馬であることが分かってしまうようなものはすべて川に投棄したので問題はないはずだ。

 それから他愛もない話をしながら朝食をとっていると突然、ティリアが倒れた。


 「薬が効いたみたいですね」


 そう、ティリアの朝食スープに即効性の眠り薬を入れておいたのだ。


 「娘のことをよろしくお願いします」


 夫婦はそろって頭を下げた。

 

 「仮に私たちが無事であったとしても少しの間は預かっていてください。また魔女狩りが来ることもあるかもしれません」


 そういって村長は手元にあった革の袋を手渡した。


 「これはわずかですがお金です」

 

 革袋はけして軽くはない。

 断ろうとすると押し付けられた。


 「これが見つかれば私たちは殺されてしまうかもしれませんし」

 「そうか……ならばありがたく受け取ろう」


 玄関で、見送りを受けながら俺は自分の馬に跨りティリアを馬に乗せ紐で自分とティリアを括り付けた。

 そして後ろのもう一頭にティリアの荷物と俺の荷物を載せた。


 「しばらくの間、娘さんを預かる」

 「よろしくお願いします」


 夫婦は涙ぐみながらその姿を見送った。

 俺は来たほうとは反対側の道、つまり騎士団の来るほうとは反対側へと進んだ。

 後ろに一頭、馬をつないでいるからそこまで速度を出すことはできない。

 

 「まだ昼にすらなっていない…このペースでも時間は十分だな…」

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魔女の守護者〜この世界から私が居なくなっても君はきっと見つけてくれるよね?〜 ふぃるめる @aterie3

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