魔女の守護者〜この世界から私が居なくなっても君はきっと見つけてくれるよね?〜

ふぃるめる

第1話 青年アストラ

 「ごめん……私はもうここにいられないみたい……」

 「なんで……?」

 「私が……魔女だからかな……でもいつか必ず会えるから、そのときは私を見つけて?」


 彼女は、泣き腫らした顔に無理矢理の笑顔を浮かべてそう言った。


 「そんなの嫌だ!」


 当時の俺は、そんな風に言って彼女に抱きついていた気がする。

 何しろ十二も年上の彼女は、俺の武芸の師であり叶わぬ初恋の相手だった。

 そして今思えば人生の師だった。


 「もうしょうがないなぁ……」


 困ったような顔をすると彼女は、俺の額の上にそっと指を置いた。


 「誉れ高き我が主よ、この少年を逃し給え」

 

 祈る仕草とともに彼女がそう言うと夕暮れ時で暗かった部屋が眩い光に包まれた。

 その場所から俺が飛ばされるのと、部屋に知らない男達が押し入って来るのが同じタイミングだった。

 彼女は、俺に笑顔を向けたまま男達に後ろから拘束されて引き摺られていく。

 戦で父を失ったこの日、俺は人生の師匠とも呼べる人まで失った。



 


 宗教色の強い世界に一つの災厄の種が産み落とされた。

 それは、異端者=魔にとりつかれし者、すべての災厄は魔によるものであるという考えである。

 飢饉や戦争など一般の民衆にはどうすることもできないことの責任の所在をすべて魔という得体のしれないものを作り上げ、それらにその罪をかぶせてしまおうというのだ。

 無論、王侯貴族の不誠実な政治の言い逃れでもある。

 しかし、人間とは実際に何らかの罰を下されなければ満足をしない生き物だ。

 そこで教会はこの際、一気に教会に仇なすものを異端者として魔女としてすべての責任をかぶせ処刑した。

 それは、ただ行き場のない鬱憤を嗜虐心で満たすためのものでしかなかった。

 それからというもの異端者の処刑が各地にて執り行われた。

 それが大陸で蔓延する魔女狩りの実態だ。

 さらには、大干ばつやペストの大流行があり、これもまた魔女の仕業とされ罪のない多くの人々がその命を魔女狩りにおいて落とした。

 魔女という言葉上、女が魔に侵されやすいと考えたのだろう、魔女として処刑されるもののほとんどが女性であった。

 年端のいかない少女から、平和に死ぬことを望む老婆まで。

 或いは為政者の多くが男だったからだろうか……。

  



 山間の道を馬で駆ける一人の青年がいた。

 名をアストラという。

 その青年は腰に二本の剣を帯びていた。

 そしてその後ろを三騎の騎兵が密集隊形を維持しながら追いかけている。


 「逃がすか!! 魔女の手先が!!」

 

 騎兵達は、槍を水平にしその青年に迫る。


 「チッ……」


 青年は振り向きながら片手に手綱をしっかりと握りもう片方の手で腰の剣を抜いた。

 彼我の距離はどんどん縮まっていき、やがて騎兵の持つ槍の長さほどになった。

 先頭を駆ける騎兵がニヤリと薄い笑みを浮かべた。


 「もらったぞ!!」


 槍は風切り音を響かせるほどに勢いよく突きだされ青年の背を深々と抉った、かに見えた。

 が、そこには青年の姿はない。

 

 「ん!?」


 槍を突きだした騎兵はその姿を探すために左右に首を振った。


 「隊長!?」


 後続の騎兵が驚愕とともに叫ぶ。

 そう、青年は叫んだ男の首元に刃を突き付けていた。

 青年は馬から跳躍し空中で後転しながら後続の騎兵の馬に飛び移っていたのだ。

 

 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!ゴブァッ」


 青年は突き付けた刃を横にひいたのだ。

 首を裂かれた騎兵は勢いよく血を噴き上げながら落馬する。


 「一つ……」


 そして、左横を駆けるもう一騎の騎兵に朱に染まった剣の切っ先を向ける。


 「くっ来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 やみくもに槍を振り回してくるがそれを巧みに体をひねりかわす。

 さらに剣で一閃。

 槍の穂先は後方へと飛んでいく。

 武器を失った騎兵に馬を寄せ左手に剣を持ち替えて一振り。

 

 「うぐぁぁぁぁぁがぁぁぁっ!!」


 騎兵は、わき腹から派手に血を噴き上げながら落馬していく。

 先頭を駆けていた隊長と思しき騎兵は二人を倒していた間に、馬首を返しこちらに向けて槍を構えていた。

 そして、馬の腹を蹴って突っ込んでくる。


 「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 青年は剣をその槍の軌道を読み切り、頭を下げて最小限の動作で躱した。

 そしてすれ違いざまに左手の剣で薙ぐ。


 「うごっ!?」


 短い悲鳴を上げて騎兵は、落馬した。

 青年は自分の乗ってきた馬のもとへ戻ると騎兵の乗っていた馬を括り付ける。

 それが終わると一人と四頭がゆっくりと山間の道を何事もなかったように進み始めた。 

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