待ち人

日乃本 出(ひのもと いずる)

待ち人


 彼は、ずっと待っていた。


 大切な事を伝えるために、彼もまだ知らぬ、ある人物達のために、彼は――ずっと待っていた。


 彼の朝は、彼の責務を行うための場所を確保し、整頓するところから始まる。


 町の入り口から、およそ数歩で辿り着く日当たりのよい場所。そこが彼のテリトリーだ。


 そこに到着すると、まず付近の清掃から手をつける。


 待ち人が現れた時、付近が汚れているというのは、彼としては許せないマナー違反だと考えているからだ。


 清掃に目処が立つと、待ち人達の来訪に備えて、彼の本懐である伝言を心の中で反復する。


 いざその時がきたときに、粛々と伝言を伝えることが出来るように、何度も何度も反復する。


 そのような事をしているうちに、昼食時がやってくる。


 勿論、彼がその場から離れることはありえ無い。


 その場で握り飯をほおばりつつ、町の入り口に注意を向ける事を彼は忘れない。


 昼食時が過ぎ、辺りに昼下がりの穏やかな風が走る頃になると、さすがに彼の表情にも疲れが見えてくる。


 しかし、彼はそのような疲れすら、この崇高な責務に欠かせない大切な要素だと考えている。


 疲れとは一種の痛みようなものであり、痛みを感じるからこそ、彼は生を感じ、また責務の重要さを再認識できるのだ。


 町には多くの人々が住んでいる。ただ、責務を授かった彼は、その多くの人々の中でも特殊なのだと自負していた。


 故に、彼は自らの責務に関して、大きな誇りを持っていたし、必ずやり遂げなければならぬという一種の気概のようなものも抱いていた。


 陽が傾き、辺りに夜の帳がおりだす頃になると、彼のその日の責務は終わりを告げる。


 今日も待ち人はこなかった。だが彼の心に落胆の色は見えない。むしろそれは明日への活力になっているのだ。


 彼は心の中で自らを労い、家路へと歩みだす。


 そしてまた明日も待ち続けるのだ。いつ来るともしれぬ、待ち人を待ち続けるのだ。


 彼に対する町の人々の思いは、実に複雑なモノであった。


 ある人は彼の責務に対する姿勢に敬意を表し、またある人は報われぬ責務に囚われた彼を侮蔑の目で見ることもあった。


 しかし、町の人々は彼が責務を負ってくれているからこそ、自分達が責務を負うことなく、つつがなく生活ができることに心のどこかで感謝してるのだった。


 そして彼は待ち続けた――――。


 雨の日も、風の日も、雪の日も、熱暑の日も、彼は待ち続けた――――。


 どれくらい待ち続けただろう。


 だが、ついに――ついにその時が訪れようとしていた。


 彼がいつものように清掃を始めた頃、町の入り口付近に四人組の男女の一団が現れたのだった。


 彼はその時直感した――きっとあの方達に違いない。あの方達に伝えなければ。そしてこの崇高な責務をやりとげるのだ。


 四人組が彼に近づいてくる。彼は緊張を悟られないように何とか平静を保とうと、心の中で念じた。


 彼の動悸が早まる。何度も何度も彼は自分に言い聞かせる。大丈夫だ、きっと伝えることが出来る。その為に自分は存在しているのだ――。


 そして彼は四人組の一団に近づき、ついに――彼は言葉を紡いだ。責務を果たすために。


「ここは○○○○の町だぜ!!」

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待ち人 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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