第5話 魔法

最近、周りの取り巻きが一層煩く感じるようになった。今まではテキトウに流していれば気にならなかったのだけど、どうしてこんなにイライラするのだろう。言うまでもない。休み時間ですら、少しでも絡もうと声を掛けてくる学生が多いからだ。

「────」

「…………」

視線を合わせれば笑みを浮かべ、何かにつけてコンタクトを取ろうとする。勿論、全員がそうではないが、ちらちらと様子を見る学生も多い。ただ、その視線すら、最近は煩わしく感じている自分がいる。うん、何と言うか、ここにいるのが苦しいんだと思う。

「釧灘さん。今日はお昼を一緒に食べませんか?」

女子グループ三人が私を見る。以前、魔法の制御について教えたからか、かなり期待を込めた目をしているが……

「ごめんなさい。ちょっと、そういう気分じゃないの」

最近はどうしても、教室にいる面子と一緒に食べる気にはなれない。憧れのようなものも彼らにはあるんだろうけど、その視線がどうも引っ掛かる。ついでに、午後一番は魔法の実践授業……気が向かない私が向かった場所は……

「何だ、またサボりか」

結局、学園の屋上である。そして、それを朧君が言っても説得力がないわよ。今回は鍵が開いていなかったので、わざわざ非常梯子から来る羽目になったけど、まぁいいわ。サボっている感があるわ。

「ええ、そもそも私に魔法の実践授業なんて必要ないからね」

半分嘘で、半分本当だ。

「釧灘さん程になると、同等の相手がいないってことか」

出会ってから何故か話す機会が増えたけど、朧君と同じ場所にいることは居心地が悪くない。それはきっと、彼が誰かを贔屓することがないからだろう。

「そうね。他の先生も私より他の学生に付いていることが多いし、平に至っては話にならないから、自己鍛錬と変わらないのよ」

「マジか」

「そうよ。だから、朧君同様、私にとっても詰まらない時間なの」

そう。幾ら私の実力を褒め称える取り巻きと言えど、力比べをしようにも誰も相手をしてくれないのなら、それは見せかけの賞賛だ。それが普通だったからこそ、最近までは気付けなかった。私にとっても、既に意義がない授業だったのだ。

「そういえば、朧君は魔法が使えないと言っていたけど、魔力自体はあるのよね」

「ああ、並み程度にはあるらしい」

……暇つぶしに、確認してみようかな。

「この前、本で読んだんだけど、魔法にも種類があるのは知っている?」

私が使うような自然現象を魔力で起こす魔法をメントゥムと呼ぶのだけど……

「メントゥムって言うと、火とか雷、氷とか水、土なんかを魔力で疑似的に作り出すやつだろ。それ以外だと精神干渉のメーンズなら知っているが……他にあるのか?」

寧ろ、何でメーンズは知っているのよ……まぁ、いいわ。

「……最近、ある本を読み直した時に書いてあったんだけど、コアポスと呼ばれるものがあるらしいわ」

「コアポス、何だそりゃ?」

こっちは本当に知らないのね。もしかして朧君、身近な人にメーンズの使い手がいたのかな。

「人によるけど、脚力とか腕力を強化するものがあるみたい。メーンズと同じく、1000人の魔法使いの中で1人くらいしか居ないらしいから、あまり研究も進んでいないんだって」

お、朧君が珍しく驚いた顔をしている。聞いてみた甲斐があった。

「……そうか、全く知らなかった。それで、俺がコアポスを使えると思った理由はあるのか?」

「前に、テロがあった現場で私を狙撃から守ってくれたでしょ」

よくよく考えれば、あれがきっかけだったな。

「ああ、あれか」

「あの時、ただ引き寄せられただけなのに、背中にきた衝撃が強かったの」

きっと、朧君は誰かを助けるのに打算がない。普通の人だったらそれなりにいるんだろうけど……この街の魔法使いではそういない。あぁ、だからこそ。隣にいて居心地がいいんだろう。

「……ああ。つまり、無意識に魔法を使っていた可能性がある、ってことか」

今気付いたんだけど……緊急時だったとはいえ、私を抱き寄せたことについて何も感じていない訳ね。何か、悔しいんだけど。

「うーん。それじゃ、コアポスの魔法ってどう使えばいいんだ?」

まぁ、今は置いておきましょう。真面目に魔法の使い方で悩んでいるようだし。

「何処に撃つか、何を作るかのイメージを頭に浮かべるのがメントゥムだけど……」

あまり研究はされてないものの、魔力の使い方には検討がついている。

「それに対して、コアポスは内に宿る力らしいの。だから、手や足に意識を向けてあげればいいと思うわ」

まぁ、私も半信半疑なんだけどね。先生の中にもコアポスやメーンズを使える人がいないから確証はないけれど……それでも、やる気みたいね。目を瞑って、力を抜いて……弓を引くように右腕を構える。それが、とても目に焼き付いた、ような気がした。

「ッハ!」

片足で踏み込み、右腕が真っ直ぐ突き出された。無駄がない動きだったけど……無事に魔法を使えたのだろうか。

「なるほど……目で確認したいところだが……そうだ、釧灘さん。土とか氷の塊ってここに作れるか?」

「別にいいわよ」

私には分からないだけど、朧君は何かしらの感触を得たらしい。なら、それを信じよう。それにしても土か氷の塊、か。土だと処理が面倒だから、氷にしておきましょう。とりあえず、1m四方あればいいだろうか。

「……よし、これでいい?」

我ながらいい出来だ。

「おお、すげえ。厚さもこれで十分だ」

おや、今度は腰から棒状の何かを取り出して……どうするんだろう。

「ハッ!」

踏み込んだと同時に、右手に持った棒状の何かを振り下ろし……って、え?

「え、そんなことって……ある?」

1m四方の氷塊が、真っ二つに割れてしまった。まさか、私の魔法の精度が悪かった?

「よし、いい感じだ……それにしても、知らなかったぞ。こんな魔法があったのか」

「そ、それは私もよ。正直、半信半疑だったわ」

何より、氷の半分程度しかない棒状の何かで、1m四方の氷を割るとは思わなかったわ。

「お陰で、俺は助かったけどな。多分だけど、殴る、蹴るといった時の衝撃を強化するものっぽい」

あ、だから棒状のそれを持ったのね……それにしても、理解が早いわね。

「どう、使えそう?」

初めて魔法が使えるようになった朧君は、心なしか楽しそうだ。

「ああ、いけそうだ。まだまだ理解が足りないと思っているけど、俺も魔法が使えるとは」

そう言えば私も、魔力の制御を叩きこまれた後で魔法を使った時は、無邪気にはしゃいだ覚えがある。……その分、後で沈んだ気分にもさせられたが。

「とは言え、あまり多用しないようにするか」

「え?」

何で、自分の魔法なんだよ。この街で魔法を使わないことの意味なんて、誰よりも分かっているはずなのに、どうして?

「いいんだよ。こういう力はいざという時に使えればいい。この街には既に多くの魔法使いがいる……だけど同時に、桜庭先生のような一般人だって多く住んでいる。確かに魔法使いは数が少ないから優遇されているけどさ。そもそも、魔法使いだから何してもいい、って訳じゃないだろ?」

「…………」

この街の方針とは真逆の行動を、朧君は笑って出来るんだね。

「本当に変わっているね、朧君は」

いや、違う。強いんだろう、朧君は。ああ、だからか。

「そんなつもりは無いんだけどな……とは言え、魔法が使えるようになるとは思わなかった。ありがとな」

下心のない笑みに、思わず目が離せなくなる。だけど、直ぐに恥ずかしくなって目を背けてしまった。

「さて、いつも通りサボりますかー」

一方で、いつも通り寝っ転がった朧君を見て、ムカついた。こいつ、私のことを全く意識してないよね。

「……なら、良かった。ところで、この後は暇?」

何か、このままでは負けた気分になる。

「そうだな。この後の授業もそうだが、今日は特売もないし」

「なら、私の用事に付き合ってくれる?」

「…………まぁ、いっか。魔法の礼もあるし、構わないぞ」

今の間は、何?

「よし」

今まで何となく話してきた中で、気が付いたことがある。多分、朧君は私のことを避けている。それはきっと、私が学園内で有名であり、朧君は魔法が使えないことで知られているからだろう。だけど、ここまで関わったのだ。そうはさせないわよ。

「それじゃあ、早速行きましょう」

とは言え、だ。朧君は勘が鋭そうだから、あからさまにやれば気付かれるだろう。どうせ魔法使いが住む区画と商業施設が集まる区画はさほど離れていないから、焦る必要はない。見回りと称してさり気なく足を運べば何とかなるんじゃないかな。



 そうして建前として言ったので、テロがあった区画の周囲を一通り歩いた後、それとなく商業施設が集まる区画に歩いていたんだけど……

「……用事は例の事件調査の予定、だったよな。一通り歩いたはずだし、こっちは方角が違うと思うぞ」

案外、早く気付かれてしまった。だが、ここまで来てしまえばこちらのものだ。

「ええ。けど、ここも街の一つでしょう。なら、見ておかないと。それに、魔法使いじゃない人も住んでいるんだし、平和に日々を過ごしたいじゃない」

思い返せば不思議なものだ。テロがあった日まで、朧君と私は只の他人でしか無かっただけど、既に私にとっては信頼できる友人になっていた。例え、朧君が私のことをそう思っていなくても、今はそれでいい。

「ま、それもそうか」

「それに、折角ここに来たんだから、店に寄って行かない?」

それはそれとして、折角のチャンスを逃すつもりはないけれど。右腕を両腕でしっかり掴んで、と。

「……はい?」

「ねーえー」

ふふふ、嫌な顔しているわね、我ながら。

「えーと、さ。離れない?」

「へー……何で?」

「俺の身が危ない。マジで」

でしょうね。いつの間にか出来ていた私のファンクラブが見たら、血走った眼で追ってくるわよね。

「だからさ、離してくれない?」

「嫌って言ったら?」

「折角だから、魔法を使っ……」

ふふふ、気付いたようね。

「ここは既に商業施設が多い区画よ。緊急時以外で魔法を使ったらどうなるかしら」

「……やられた!」

まぁ、流石にこれ以上はやりすぎね。

「ま、この辺で勘弁してあげる。けど、ここまで来たんだから付き合いなさい」

「……まぁ、それぐらいなら。けど、高いのは勘弁してくれ。財布がきつい」

確か、魔力が少ない人や魔法が苦手な人は学園から支給される生活費が少ないって聞いたこともあるわ。朧君もその例に漏れないってことね。

「その辺は気を付けるわ」

折角だし、テロがあった日に使えなくなった服の代わりでも探してみようかな。




…………全く、今日は驚きの連続だ。

「ふぅ……」

魔法が使えるようになったと思えば、優等生の釧灘さんと見回りにかこつけたデートもどきになっていた。いや、マジか。

「しっかし、調子狂うな……」

こんな場面を見られたらファンクラブの連中に殺される気がするから、テキトウな理由を付けて逃げてもいいんだけど……

「ねぇ、ちょっとこの店に来てくれる?」

意外と楽しそうにしている釧灘さんを見て、その気も失せた。別の日に桜庭先生から話を聞いた際、普段は詰まらなそうに外を見ることが多いとも聞いた。そうならば……多少は付き合ってもいいだろう。

「ねぇ、この服どう思う?」

ま、ぼちぼち付き合いますか。だけど、釧灘さん。残念ながら俺は、ファッションとかよく分からないぞ。

「あー、似合うと思うぞ?」

……嫌な視線を感じる。探るような、不快な視線だ。

「言い方が雑なんだけど?」

だけど、釧灘さんは気付いていない。なら、しばらく放っておくか。

「悪い悪い。だけど、ファッションには疎くてさ」

「じゃあ、私に似合う?」

「着たくないなら別だけど、俺は似合うと思うぞ」

「そっか……」

どうするんだ……って、結構値段が高いぞ、それ?

「あーーーーーーー!」

何だ、視線とは別の方向から悲鳴に似た叫び声が。

「く、く、釧灘さんが、名無しの朧と一緒にいる!」

あー……これは面倒なことになった。さて、どうしよう、か?

「………!?」

な、何だ。急に寒気が……あぁ。

「ふふふふふ……ねぇ、私が誰といようといいじゃない?」

これは怖いやつ、逃げなきゃいけないやつ。お、あいつもビビってるな。まぁ、人のことを言えないけどさ。

「だ、だけど……まともに魔法を使えない奴が釧灘さんといるなんて」

……嫌な予感がするな。

「ふざけないでください。何で、何でですか。名無しよりも僕達の方が優秀じゃないか!?」

名前も知らない学生が、火を基にした魔法を練り上げている。

「ちょっと、ここで魔法を使う気!?」

実は、そんな気がしていた。この学園都市に住む魔法使いにとって、自身の魔法の強さが全てだ。だから、激昂している時なんかは周りを見ないで魔法を使おうとする傾向がある。まぁ、街として禁止されている施設内の魔法使用は流石に控えるはずなんだが。

「ハッ!」

そりゃあ、平静を保っている釧灘さんは魔法を使うの、戸惑うよな。全く、1m程のでかい火の玉作りやがって……馬鹿じゃないのか?

「名無しが、釧灘さんか……あ゛!?」

踏み込み、慣れた武器で顎を叩く。うん、いいのが入った。これならしばらく起きないだろう。

「止めな……え?」

「もう終わったぞ」

思っていたより近くにいて助かった。もう少し離れていたら、魔法を打たせていたかもしれない。

「す、凄いのね。朧君」

「ま、数少ない取り柄だよ。親父の直伝だけどな」

おや、珍しい。釧灘さんでも目を丸くする時があるのか。そう言えば、格闘が出来る魔法使いって殆どいなかったか。

「そう、強い人なのね。朧君のお父さんは」

そう言われると、悪い気はしない。

「まぁ、俺みたいな孤児でも、拾ってくれたような親父だからな」

「……ところでそれって、朧君の武器なの?」

そういえば、魔法使いが武器を持っているのも珍しい例だったな。

「そうだ。学院都市は基本的に武器の持ち込みが禁止されているけど、これは武器じゃなくて、護身具だからな。万が一聞かれても、少し大きめの扇子です、って答えればどうにでもなる」

習い性で風をあおぐ。うん、冷房もいいけど、こういう風の方が俺は好きだな。

「………………え?」

ん、何かさっきと違う理由で呆然としていないか?

「おーい、どうした?」

扇であおいでも反応がない……さて、どうしたものか。学生が来たということは、授業はもう終わった訳で……下手に留まるのも不味いような気がする。

「なぁ、場所を変えないか?」

「え?」

「今は何とか出来たけど、他にも学園の学生が来るはずだ。さっきのような騒ぎを避けたいなら、さ」

ようやく、釧灘さんも今の状況を理解したようだ。

「そ、そそ、そうだね」

だけど、さっきから様子がおかしくないか?

「とりあえず、会計するならするとして、ここより人通りが少ない所に行くか」

「う、うう、うん……」

さて一体、何が原因だ?



商業施設が多い区画から離れて、俺達は少し寂れた区画を歩いている。あれからしばらく様子がおかしかった釧灘さんだが、普段は見られない景色を見ていく内に落ち着きを取り戻したようだ。

「しっかし、こっちの方なんて釧灘さんは来ないだろ。良かったのか?」

今思えば周囲は住宅街と街路樹くらいしか無い場所だが……良かったのだろうか。

「ええ、この辺りなら他の学生が来てもどうにでもなるでしょ……それにしても、どうしてこの辺りに住んでいるの?」

「魔法使いが住んでいる区画は魔法が飛んでくるかもしれないだろ……それに、家賃が安いんだ」

「ああ、それは……そうね」

それだけに学園での立地の評価も低いが……今更なので、気にする必要も無い。

「でも、騒がしく無くていいわね。学園の周辺って立地とか部屋はいいんだけど……魔法で喧嘩する人が殆どだから、近くに住んでいると色々と煩いのよね」

あぁ、よく分かる。学園内でも煩い時があるからな。

「それに、あんな外面だけ良い区画は俺に合わなくてさ」

……それにしてもおかしいな、まだ視線を感じる。こんな場所に魔法使いなんて、俺みたいな奴じゃなきゃ来ないはずなんだが……

「……どうしたの?」

「気のせいだ。それより、そこに公園がある。少し休むか?」

……伺うような視線に変わりはないが、何かを嗾ける様子はない。一応、注意だけは払っておこう。

「そうね。そうするわ」

ブランコと滑り台、ベンチが数個ある程度の小さな公園だ。釧灘さんが住んでいる所には公園がないのか、物珍しさからブランコに腰掛けた。

「ブランコとか懐かしいな……」

……ここに来る前の話、だろうか。

「まぁ、この辺りで公園なんて……魔法使い以外の人が住んでいる場所しか使わないからな」

「そうね。昔は妹と一緒に遊んで……って、今のは無しね!」

そんなに顔を強張らせて言うことでもないだろ。何となく、予想はつくけどさ。

「別にいいだろ。誰にだって大事な思い出や忘れたくない思い出はある。その逆も、あるけどさ」

「…………」

何かを想うような、それでいて悲しそうな顔を見せる釧灘さん。積極的に聞こうとは思わないが、きっと忘れたい……それでいて忘れられない思い出があるんだろう。

まぁ、俺も忘れられない思い出、忘れたい思い出なんて腐るほどある。

「……前に言ったと思うが、俺は親父と一緒に魔法使いが起こした事件の現場や災害現場を回っていた時期がある。そこで、沢山の死体を看た。沢山の被災者を見た。俺と同じ孤児の面倒を見ることもあった」

「…………」

「今でも偶に夢で見る。だけど、それを忘れたいとは思わない」

「ねぇ……それ、大丈夫なの?」

声が震えているようだが、釧灘さんが考えているほど深刻には捉えていない。それはもう、過ぎたことだ。

「魔法使いだからと言って、ふんぞりかえっているよりはな。そんなこともあって、俺は魔法使いという理由で誰かを特別視しないし、見下すつもりもない。それは多分、これからも」

だから、魔法使いの少ない区画に住んで……いやまぁ、家賃安いからなんだが。

「じゃあ、この前私を助けたのも……」

「…………さて、何の事だ?」

あぁ、とうとう気付かれたか。まぁ、時間の問題だったか。

「ま、どういう状況かは知らないが、俺が助けに入って誰かが助かる状況なら、そうしただろうな。何より、助けられる力があるのに目の前で死なれたら……後味が悪いだろ?」

釧灘さんが周囲の人をどう思っているかは分からない。だが、魔法使いだろうが一般人だろうが生きていることに差は無いと俺は思う。

「……うん、納得したわ。色々と」

何かすっきりした顔をしているが……一体、何なんだ?

「そりゃ、どうも」

……まぁ、いいか。おや、公園にある時計を見れば、もう夕方か。

「それより、もう夕方だ。最近は色々物騒だし、そろそろ帰った方がいいんじゃないか」

誰かと過ごす時間は意外と早いものだ。

「……え、もう?」

どうやら釧灘さんは気付かなかったらしいな。ま、いいことか。

「……そうね。それじゃあ、また明日」

「授業をサボるの前提かよ。ま、いいけどさ」

そうして、釧灘さんと公園で別れた。

「……さて、と」

さっきから覗き見していた奴は釧灘さんの方を見ているから、今の内にバレないように姿を隠して、と。よし、やっぱりこっちに気付いていないな。それにしてもあの男、この辺りで見ない奴だな……一体、何処に住んでいるんだ。そもそも、魔法使いにしては……雰囲気が違う。どちらかと言えば……これは余計な考えか。

「おっと、動き出したか」

幸い、あの男は俺を警戒していないようだ。精々、利用させてもらおうか。


 日も落ちかけた宵の頃、普段だったら夕食を取っている時間だが……今日はそうもいかない。結局奴は、人気の少ない区画で徐に携帯を取り出しただけだった。

「今日は報告が遅かったな。何があった」

「ハッ、学園の優等生である釧灘火乃果を見掛けまして、動向を探っておりました」

へぇ、そういうこと。精々、盗み聞きさせてもらいますか。ん、動きが止まった?

「どうした?」

「いえ、突然背筋が……すみません」

どうやら、意識を向け過ぎたか。

「分かった。続けてくれ」

「学園でも珍しく魔法が使えないと言う学生……でしたか。その者と一緒に商業施設が多い区画におりました」

「何だと。朧の奴、またサボっていると思ったら、そんなことをしていたのか」

「……担当をされているのですか?」

……聞こえ辛いがこの声、何処かで聞いたことがあるぞ。というか、担当ってことは先生か?

「忌まわしいことにな。魔力を持ちながら魔法が使えない、この学園都市に最も相応しくない学生だ。一般人に害がないならさっさと消えてくれ、と思っているがな」

「……と、話が逸れました。その学生なのですが、歓楽区で魔法を放とうとした学生一人を拳のようなもので気絶させました」

ああ、角度が悪くて見えなかったか。それはラッキーだ。

「……ほう。魔法が使えないなりの足掻きか、それで?」

「その後、何もせずに去ったので、私と店の方と一緒に現行犯として連行しました」

おお、そうだったのか。逃げるように去ったから知らなかったよ。

「そうか。ところで、釧灘は魔法を使う素振りを見せていたか?」

「いえ、全く。それよりも、学生に対して静止を促していました」

「……何だ。屋内で魔法を使おうとしたならペナルティでも課してやろう、と思ったが」

うーん、思ったよりクソッタレな奴だな。学園の先生でこんな奴は……数人心当たりがあるな。いや、まぁね。予想はついているんだけど。

「ところで、次回は何処が手空きになりますか。先日は見張りが捕まったので延期しましたが」

……へぇ、前に耳にした話を加藤さんに伝えたが……上手くやってくれたみたいだな。

「今までは一般的な力量を持つ魔法使いの居住区を狙っていたが……先日の騒ぎに乗じて、新たに武器を納入したんだろう」

「はい。それでは……今度こそ学園の襲撃を行いますか?」

そんな流れだろうとは思ったけどさ、結構大胆だな。

「止めておけ。先日の襲撃と見張りの逮捕を通じて、学園でも対策が練られている。今行っても皆殺しにされるだけだ」

「しかし、もう我々にも時間がないのです。最近はこの街の警察も躍起になって捜査をしています。これ以上潜伏してゲリラ的な襲撃を仕掛けるのは、限界に来ています」

「だとしても、だ。今のままでは私の立場も危ういんだ。もう暫くは我慢をしていろ──そろそろ切るぞ」

「──は……全く、あのバーコードめ。使えない……こうなったら」

予想はついていた。あのバーコードが絡んでいるとは思っていたが……まさかテロリストと直接繋がっているとは思わなかった。……動機は何だ。金か、名誉か。まぁどうでもいいんだけど。

「……こりゃあ、動くしかないな」

さて、明日も会うと言った手前、釧灘さんには悪いんだが……暫く学園に行けなさそうだ。

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