第4話 気になる相手

休日明けの月曜日、昼食を一緒に食べようと頻りに言ってくるクラスメイトから逃げてきた私は、昼食を食べる場所を探しながら学園内を歩いていた。

「あれ、桜庭先生?」

昔は桜庭先生の世話になったけれど、話すのは久し振りだ。

「あらぁ~火之果ちゃん、最近は元気かな?」

「はい。それなりにやっています……ちょっと、周囲にうんざりしていますけどね」

どうも付き合いが長いからか、この人と話す時は思わず気が抜けてしまう。

「そうねぇ……時間があるなら、保健室で話さない?」

丁度いい、そこでお昼も食べてしまおう。次の講義は……最悪、出なくとも何とかなるか。

「はい……そうですね。私も久し振りに桜庭先生と話したいです」

「素直な火之果ちゃんが見れて、私は嬉しいわぁ~」

そう言いながら、頭を撫でなくてもいいんですけど……

「私、もう子供じゃないですよ?」

「私から見れば、貴女は幾つになっても子供みたいなものよ」

ああ、この人は本当に……変わらないなぁ。私がここに来た時から。

そうして保健室で昼食を取っていると、私の弁当を感心したように見る桜庭先生。

「料理、するようになったんだ」

「はい。なるべく出費を抑えたいので」

半分本当で、半分嘘だ。

「確かに昔から、火之果ちゃんはよく手伝いをしてくれていたからねぇ。その内やると思っていたけど、上手く出来ているじゃない」

この人に褒めてもらえると嬉しいのは、昔から変わらないな。

「ありがとうございます。そういえば……神楽ちゃんは元気ですか?」

桜庭先生の元で世話になっていた時、先生の子どもである神楽ちゃんとは良く遊んだものだ。

「うん。今度遊びに来て欲しい、と言っていたわ」

「そ、そうですか……それじゃあ、今度お邪魔しようかな」

う、うん。そういうことなら……

「火之果ちゃんなら何時でも歓迎するわ……それで、先日のテロに巻き込まれたみたいだけど、怪我をしたって聞いたわよ。大丈夫なの?」

「はい、もう傷も塞がっていますから」

「それもそうだけど、心の健康も大事よ……それで、最近の学園生活は楽しく過ごせている?」

他の教官なら、適当に誤魔化すけど数年来の付き合いであるこの先生に嘘はつきたくないかなぁ……

「……ちょっと、退屈だとは思います」

「退屈っていうのは?」

退屈……何が退屈かと言えば……

「私が優秀な魔法使いだって自覚はあるんです。だからなのかもしれませんが、最近は学園内で落ち着くこともままならなくて……ここにいること自体が退屈なのかもしれません。この間、初めて授業をサボっちゃったし」

気が付けば、ため息交じりに話していた。そう、こうして話してみれば、周囲の人間関係に疲れていたのかもしれない。

「あー……優等生は大変よねぇ。それで、学園に戻ってから誰かと話したの?」

人と話したと言えば、クラスの取り巻きだろうか。だけど、(自分の価値を高めるために)私ともっと親しくなりたいとか、名前も知らないのに付き合って下さい、と言われるだけ。よくよく考えれば、まともな会話ってしていないような……そういう点では、サボった時に見つけた朧君くらいだろうか。

「うーん、まともに話をしたのは桜庭先生と、サボり魔の学生ですかね」

何となく、ここで朧君の名前を出したくなかった。だと言うのに。

「そのサボり魔の学生って、朧君?」

「うぇっっ!?」

何で、何で先生が知っているの!?

「当たりね。まぁ、その朧君から火之果ちゃんのことを聞いたから、何処かで話をしたいなぁ~って思っていたんだけどね」

え?

「先生と朧君……何かの接点があったんですか?」

「ほら、朧君って魔法の実践授業のサボり常習犯だから」

「あー……」

そう言えば、初めて会った時もそんなこと言っていたな。

「魔力があるから鍛えればきっといいことがある、って、いつも言っているんだけどねぇ」

そう言えば彼は、一体どんな人物なんだろう。何だかんだ助けてくれるけど、どんな人かをあまり知らない。

「そういえば、朧君ってどんな学生なんですか?」

「お、かの優等生も恋の魔法には勝てないのかな?」

ん、な!?

「何で、そこで、恋になるんですか?」

「えぇ、ならないかなぁ。でも、他の学生と違って興味があるんでしょ」

何でそんな残念そうに言うんですか……

「興味なんて……別に」

確かに、擦り寄ってくる学生よりはよほど居心地がいいけれど……だから、恋しているって訳じゃないですよ。

「そうかねぇ。ま、若いんだし、色んな経験はするべきよ。勿論、後悔しない範囲でね。あ、話を戻すけど、朧君は……」

桜庭先生は、朧君のことを何処まで知っているんだろか。

「でも残念。彼自身があまり自分のことを話さないからねえ。聞いたことと言えば、孤児だったこと。育ての親……お父さんの代わりがいたんだけど、その人と一緒に被災者の救助や炊き出しなんかもしていたこと。家に戻った時は他の子ども達の世話もしていたこと。それから、そのお父さんの勧めでこの学園都市に来たということ」

「へぇ~……」

前半の話は本人から聞いたけど、後半の話は初めてだ。それにしても子ども達の世話、か。だから、面倒身がいいのかな。

「だからね。割と不愛想だったり、気紛れな態度を取ることが多いんだけど、一度知ってしまえば、案外世話を焼いてくれるわよ」

確かに、付き合いがいいと思う。無理矢理テロがあった現場に入った時も、逃げてしまえばよかったのに、何だかんだ付き合ってくれたし。

「後、特売には目が無いわ」

「ああ、だからあの日スーパーに」

「もしかして、卵の特売?」

「……知っていたんですか?」

先生の姿は見ていなかったと思うけど。

「丁度その日に、朧君と話をしたのよ。だけど、私は仕事があったからねぇ……もしかして、スーパーで会ったのかな?」

「はい、ついでに話の最中に逃げられました」

あんなことをされたのは、この街に来て初めてだった。

「……え?」

「ちょっとムカついたんで、公園で探し物をしている時に不意打ちで声を掛けましたけどね。とても驚いていましたよ」

え、何、急に笑い出して。

「フフフ……意外と相性がいいかもね。火之果ちゃんと朧君」

「な、何を言っているんですか!?」

全く、先生は冗談が好きなんだから。



昼休みの時間が過ぎ、眠気の残る午後一発目の授業。魔法の実践授業ではないため授業に出ていた朧だったが、授業に面白みを感じられずに早くも眠気が襲ってくる。そんな中、バーコードが目立つ頭をした先生から指名が入る。

「おい、今日は何故かいる朧。この問題を答えて見ろ」

「へぇへえ」

全く、平の授業は詰まらないんだよな。実践授業は俺個人として言うまでもないが、普通の授業ももう少し何とかならないかなぁ。教科書通りの説明しかしないなら、教科書見ればいいのでは?

「──チッ、正解だ。戻っていいぞ」

「へーい」

これじゃあ、何の為に学園にいるのか分かりやしない。他の先生だったら、もう少し面白い授業なのだろうか。まぁ、考えても仕方ないか。

「クスクス……」

「……」

クラスもクラスなら、教師も教師か。ま、向こうは俺のことなど気にしないだろうし、昼寝でもしようかね。


 寝ている間に授業が終わったらしい。次の授業は……平の魔法実践授業か。うん、出る価値ないな。うお、椅子の下から衝撃が!?

「おい、実戦授業に行くぞ」

「一体なんなんだ……」

……こいつ誰だっけ、どっかで見たような。

「いや、俺は出ないぞ」

「何言っているんだ、能無し。お前の役割なんてサンドバックくらいだろ。頑丈なことしか能がないんだから、さ」

ああ、こいつ。特売の邪魔をした奴か。……うん、面倒だ。

「お、何だ、やるのか?」

他に人がいないし、適度に気絶させますか。それにしても、一度撒かれているんだからもう少し警戒するべきでは。よし、扇子はあるな、今の内に片付けるか。

「っ痛!」

扇子の腹で手首を叩き、怯んだ間を狙って胸元を突く。

「ォエエッ!」

仕上げに首へ一振り、と。

「──ウッ」

よし、上手く意識も落ちたようだし、荷物を持ってサボりに行きますか。


いつも通りの屋上、空を泳ぐ雲をのんびりと眺めていた時、ポケットに入れていた携帯が鳴った。とても珍しいことに驚きつつ確認すると、それは数日前に知った連絡先だった。

「数日ぶりですね、加藤さん」

その番号は、事件現場に立ち会った警官のものだ。

「そうだね。朧君。ちょっと情報が入ったのと、調べてみた結果を共有しておこうと思ってね」

「お願いします」

この警官が、話の分かる人で本当に良かった。

「この2ヶ月、この学園都市で小規模なテロが起きているけど……その中心は魔法使いが多く住んでいる地域だ。これは既に君も知っていることだろうが」

「はい。まぁ、当然と言えば当然ですね。そうでなければ、彼らが攻め入る大義名分が無くなりますから。まぁ、問題は……」

この学園都市は存在こそしているが、地図のような情報は一切出回っていない。それにも関わらず……

「どうしてそこまで詳細な情報を知っていたか、だね」

「はい。テロリストが入るにしても、区画の情報なんてインターネットでも出回っていない筈ですから」

そう、あまりにも襲撃に無駄がなさ過ぎた。まるで、テロリスト側と学園都市側で仲介している人物がいるような……そんな予感がしたのだ。

「君はその理由について、学園内にいる先生が情報源になっている、と言っていたね。それで、候補はいたりするのかい?」

「……最近、気になる動きをしている先生がいるんです。確定とはいえませんが……」

「こちらとしても、情報が欲しいと思っていた。警戒対象としたいから、まずは名前を教えてくれるかい」

確実ではないが、名前だけは先に伝えた方がいいだろう。

「……平 勝也(たいら かつや)です。この学園の魔法に関連する授業をしている先生の一人です」

「その平さんが怪しいと思ったきっかけは?」

それに気付いたのが、授業をサボっていたからというのは皮肉だが。

「魔法の実践授業をサボって屋上に来ていた時、この2ヶ月の間で平先生だけやたら屋上に来ていた上、鍵を閉めて誰かと電話する場面を何度も見たり聞いたりしたからです。それ以上、何かをした訳ではないですが……この街の区画を教えるような会話を聞いています」

む、何かしら反応があると思ったが、どうして黙るんだ?

「…………まず、授業をサボるな」

ああ、それは最もだ。

「生憎ですが、私は魔法が使えないので実践授業に出ても意味ないのです」

なので、諦めて下さい。

「……まぁいい。とりあえず、その平先生をマークすればいいんだね。外見的な特徴を教えてくれるかい。後で学園内にいる知り合いから、顔写真は問い合わせるつもりだ」

堂々と言ったからか、直ぐに諦めてくれた。良かった、良かった。

「ああ、頭がバーコードなんですぐに分かると思いますよ。この学園の先生でも、その髪型をしているのは一人だけなんで」

平と言えば、バーコードだ。

「あ、ああ。そうかい。それじゃあ、後で調べてみるよ。それじゃあ、時間をくれて助かったよ」

「いえ、こちらこそ。失礼します」

……実はまだ、伝えていないことがある。ただ、あまりにも確証が無いから言えなかった。今回の一連の騒動について、大きな疑問がある。

「バーコードがやるにしては、どうも慎重過ぎるんだよなぁ」

平なら、もう少し粗があるはずだ。初めから現場にいないなら証拠は残らないが……慣れない場所に向かわせるなら、それを案内する誰かが必要なはずだ。

「ま、今考えても仕方ない、か」

俺の知らない、街に詳しい誰かが絡んでいるかもしれない。ただ、それが分からないのなら、分かっていることを一つずつ片付けるしかない。

そう、例えば……

ダンダンダンと会談を踏みつけるように登る誰かが、鍵を使ってこの屋上に入る。鍵を閉めた後、周囲に人がいないことを確認しているが、相変わらず俺には気付けないらしい。

「平だ。昨日は折角のチャンスを潰したらしいな。全く使えない……それで、次回の準備は出来ているのか──」

こうした、怪しげな会話をしている場面の盗み聞きとかな。後で連絡をしておかないと。ただ、やはり。平以外の誰かが絡んでいる……そんな予感が拭えなかった。

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