第3話 奇襲
昨日は散々だった。
「……はぁ」
まさかあの後、釧灘さんにつけ回された上、住所までバレるとは。最近、妙な視線を感じる時もあるから、余計に不安になる。ファンクラブの連中に見つかったりしたら、妙な噂流されること間違いないからな、気を付けないと。……それはそうと、通学路なのに何人だかりが出来ているな。あれ、あの先が通行止めになってないか。マジか、面倒だが迂回するしか……
「ご機嫌よう、おぼろくん?」
「っぉご!?」
首、首根っこ掴まれた!?
「ちょ、おま、離!?」
おいおい、無視かよ。って、こりゃあ人集りが出来る訳だ。
「……そこ、どいてもらえる?」
流石、釧灘さん。声をかけただけで、あっという間に道が開けた。そして出来れば、首根っこを掴む手、離してくれないかな。周囲の視線が痛いんだけど。
「無理な相談ね」
ぐ、昨日の仕返しのつもりか……とも思うが、目の前の惨状を改めて目にすると……これは。
「……酷いな、これは」
昨日は気付かなかったが、自分たちが知らない所でテロリストと魔法使いの戦闘があったらしい。先日の襲撃と同じく、魔法使いが住んでいる区画が狙われたということか。通りで、音が聞こえない訳だ。
「…………」
道には酷い凹凸があり、激しい戦闘の跡がかなり目立っている。幸い、建物には魔法の防御があったらしく、そこまで大きな被害は無い……ものの、全てが免れた訳ではない。一部の建物は崩れ、部屋が無くなった者も出たようだ。
「…………」
いつの間にか首から手を離していた釧灘さんも、その被害の大きさに浮かない顔をしている。
「ええ、酷いわね。本当に……」
燃えた跡や崩れた跡が伺える建物を見て、一際苦い顔を浮かべているが……
「気にした所で仕方ないだろ。感傷に浸りないなら、他所でやってくれ」
と口では言ったものの、俺も気になることがある。一区画を巻き込むような戦闘なんて、誰かが指揮でもしなきゃ統率が取れないはず。テロリストが集団で来るのは分かるが、野良の集団でここまで統率が取れるものなのか?
「な、何よそれ!?」
逆ギレ……でもないな。不意を突かれたような顔だ。
「そんな顔をしていたと思ったが、気のせいか。ならいい」
他にも気になることがある。先日の襲撃では、テロリスト達は死亡したか逮捕されたという話こそ聞いたが……主犯格は捕まったのか?
「……悪かったわね」
お、こっちを睨む程度には、調子が戻ったようだな。
「さて、そろそろ行かないと遅刻してしまうな。というか、こんな状況で授業なんてするのか?」
「……さぁ、行ってみなければ分からないわ。他の人達もさっさと学園に行ったんだし、私達も行きましょう」
周囲を見れば、既に人集りが無くなっていた、何時の間に。
「それそうだ……ん?」
──今、誰かに見られていたような。まさか、ファンクラブか?
「どうしたの、朧君?」
既に、一瞬だけ感じた視線は無い。
「……ああ、何でもない」
気にはなったが、学生の領分でもない。なら、今の内は様子見にしておこう。
さて、昨日のテロもあり、今日は授業が無くなると思っていたが、魔法の実践授業だけはやるらしい。
やってられるか。
と言う訳で、いつも通りサボるために屋上へ来たんだが……
「……どうして、釧灘さんがここに?」
「朧君のクラスは分からないけど、こっちのクラスは休校になったの、知らないの?」
魔法が苦手なクラスだけは補講代わりとして、講義になったんだっけ。身を守るのに必要だから、と。
「じゃあ、さっさと帰ればいいだろ」
「それ、どうせ授業に出ないおぼろ君もじゃない?」
「……確かに」
実践授業以外は無いのだから、俺も授業が無いに等しい。現に、鞄を持ってきているのだから。
「あー……」
「つまり、おぼろ君は暇ってことね?」
とても、とても嫌な予感がする。だが、何処へ行くつもりだ。
「どうせ暇なら私に付き合いなさい、おぼろ君?」
ファンクラブの連中なら舞い上がるんだろうが、表情を見れば分かる。射抜くような真剣な目つきをしているということは、真面目な用事だろう。ま、逆らった所で強制的に連れていかれるのが目に見えているし……
「はいはい、行きますよ」
「聞きわけがいい人は嫌いじゃないわ」
大体の検討はつく。昨日から今日の間で真面目な用事があるのなら……それは、街の見回りだろう。
「何やっているの、行くわよ」
──気になることもあるし、暇つぶしには丁度いいか。
釧灘さんに連れられて街に出たものの、どのように見回りをするのか聞いていなかったことを思い出す。
「で、何処を見回りする気だ」
どうせただの学生がやることなんて、現場の周囲や街の散策くらいだろう。しかし、俺の考えは甘かったらしい。
「何を言っているの。現場に行くのよ?」
「……は?」
まさか、戦闘があった現場に直行するとは、イノシシかな?
いやいや、警察が調査しているとかで入れないんじゃないのか、普通。
「こんにちは。少しお願いがあるんですが、宜しいでしょうか?」
って、何時の間に。
「何かね。この辺りは立ち入り禁止なんだけど……」
おや、釧灘さんが何かを見せると、警官がおや。畏まった雰囲気を出したぞ。
「あ、あなたはまさか……?」
「それじゃ、入らせてもらうわよ」
おいおい、マジか。仮にも街を守る警官なんだろう。釧灘さんが何を見せたのかは分からないが、こんなテロ現場に学生を立ち入らせていいのか?
「ええ、釧灘さんなら問題ないでしょう……で、そこの彼は」
やたら厳しい目をしているな。当然と言えば当然だが、妙な温度差があるような……
「ああ、付き添いよ。意外と勘が鋭いから役に立つと思ったの、悪いかしら?」
それにしても、妙に鋭い目つきをしているのは気のせいか?
「いえ、釧灘さんの判断であれば」
「……と言う訳で、行くわよ。おぼろ君?」
釧灘さんは気付いていないが、この警官以外にも観察するような視線が幾つもある。
「分かった、分かった」
……その中には、妙に懐かしい視線すらある。……まさか、なぁ?
「……おぼろ君?」
それから気になることがもう一つ。先を歩く釧灘さんを見て、先程まで話していた警官が携帯を取り出したことだ。
「ああ、悪い。少し周囲を見ていてさ」
まだ、気付いていないらしいが、これはもしかして……
「まぁ、この辺りも外側とは言え、被害が目に見えるから仕方ないわね、行くわよ」
さて、さっきの警官は、と……まだ話をしているようだが、時折こっちを見て話を続けているな。ああ、全く──嫌な予感がする。
立ち入り禁止のテープを越えて、朧君と一緒に事件現場に入る。それにしても、改めてこの惨状は酷い。以前から衝突があったのは知っていたし、私もこの前巻き込まれたけど……
「何も、ここまでしなくてもいいじゃない……」
現場の中心地は酷いものだ。幾つかのアパートは崩れ、周囲は激しい戦闘があった様子を伺わせる血の跡や魔法を使った痕跡が目立つ。誰かが犠牲になったのだろう。
「と言っても、前みたいなテロの後始末と似たようなものだ」
私は動揺を隠せないのに、どうして朧君は動じていないの?
……それに、どういうことかしら。今の口振り、何度も見てきたような口振りだけど……
「切っ掛けは些細な癖に、被害だけは一人前どころか百人前。その癖、頭だけは被害から真っ先に逃げようとする。いつものことだ」
変に達観した態度をしているのが、気に喰わないわね。
「気に障ったか、なら謝る。だけど、そんなものさ」
「慣れているのね。こういう場所に」
焼け焦げた街、誰もいない火災現場。あらゆる人が死んだ街──その光景は嫌でも思い出す。もう戻らない家族のこと、あの街のこと。
「まぁな。親代わりの親父は……魔法使いが起こしたテロで被害を受けた人たちの救助活動とかしていてさ。俺も一緒に回ったんだよ。……そのお陰で血の臭いも、死体の臭いも、火薬の臭いも慣れたけどな」
「……そう」
だから、朧君は動じないのか。私なんて、未だに火災の跡を見るだけで震えてしまいそうになるのに。
「で、被害の大きさは分かったが、これからどうするつもりだ」
「…………」
あ……そう言えば、ノープランだった。
「被害者の捜索は警察にでも任せておけばいいだろ。あっちも魔法使いが多いんだからさ」
「そ、そうね……おぼろ君?」
私を見て……いや、何処を見ているの、朧君?
「……どっちがいい?」
何、どっちって?
「危ない橋を渡るか、逃げるか、だ」
……逃げる?
「っチィ!」
え、何を勝手に抱き寄せ……っ痛、何でこんな衝撃が!?
「ゴホッゴホッ……一体何のつも……え?」
振り返って気付く。これ、弾丸で出来た凹み?
「あーあ、危ない橋を渡るしか無さそうだ。これは」
え、嘘……もしかして、私、危なかった?
「……チ、狙撃手は見失ったか」
舌打ちする朧君。どうして……どうして、そんな平静でいられるの?
「おいおい、お前から言い出してその様か。釧灘」
「う」
朧君の言う通りだ。私がしっかりしなくてどうする。
「あーあ。次から連中と遭う時は、どうあっても戦闘を避けられないぞ……ま、起きたことは仕方ないか。まずは、ここへ入る時にあった警官に事情を話すぞ」
ここは……朧君の言う通りにした方がいいわね。
「ええ、分かったわ」
次の狙撃が怖くて、朧君の背中に隠れるように歩いていたのに……彼は何も言わなかった。
心臓が縮む思いで立ち入り禁止の所まで来たのはいい。だけど、先程話していた警官は別の場所に行っていたのか、別の警官が対応することになった。そうして、私達を見るや否や。
「どうして学生がここにいるんだい、危ないじゃないか!?」
その警官はさっき会った警官と違って、対照的な反応をしていた。
「ええ、どうも釧灘さんの名前を聞いた警官が通してしまったようで」
……ちょっと、ここで私の名前を出すの!?
「……そうか。ところでその警官、名前を君たちに伝えていないのかい。こちらには学生がいることなんて、僕は知らなかったよ」
…………え、どういうこと?
「すみません。その警官が名乗らなかったので、名前が分からないです」
「……そうか」
ここで警官の表情が変わった。まるで、敵を目にした軍人のようだ。
「──ああ、そういうことですか」
おぼろ君、何、何が分かったの?
「とりあえず、釧灘さんが狙撃されました。釧灘さんは学園の中でもとびきり優秀な魔法使いです。まぁ、そういうことなんでしょう」
私が優秀な魔法使いだから、かな。でも、テロリストに顔を覚えられるような真似ってしていないような?
「……ところで、君は大丈夫だったのかい?」
「まぁ、魔力はあってもまともに魔法が使えない落ちこぼれなんで。ターゲットにすらならなかったんでしょう」
ハッハッハ、とわざとらしく笑っているけど……異様に落ち着いている、よね?
「分かった。とりあえず釧灘さん」
う、警官がこっちを見た。
「はい」
「幾ら優秀だからと言って、こんな所に無断で足を踏み入れないように。ここは僕達の仕事だ。優秀な魔法使いだとしても、君はまだ学生なんだ。危険な所には無暗に足を踏み入れないように」
警官の言うことは正論だ。それに、私が朧君を連れてこなかったら、きっと撃たれていた。
「す、すみません」
「じゃあ、直ぐに帰るように」
うん、これは素直に従おう。
「すみません。少し、お時間を頂いてもよいでしょうか」
え、おぼろ君?
「悪い、少し話をしたいから待っていてくれ」
ちょっと不安だけど、従うしかないよね。
「────」
「どうして、そんなことをする必要がある?」
おぼろ君、あの警官と何を話しているんだろう。
「実は、────という噂があります」
おぼろ君を見る警官の目が、一層鋭くなったような。
「──────は必要でしょう」
うぐぐ、朧君は何を言っているんだろう。警官が魔法を使っているのか、聞き取れない。
「しかし、それは私では判断できない」
「ええ、分かっています。しかし、────」
狙われた。今回のことかな。ちょっと、気になってきた。
「────を、貴方からは────」
「君の言うことは分かった。恥ずかしい話、一連のテロで我々も猫の手を借りたい状況でね。そういうことなら、こちらこそお願いしたい」
「助かります」
幸い、朧君も気付いていないし……魔法に細工をして、と。
「────、学園の誰に伝えたらいいかな?」
「あー……」
あ、朧君が苦い顔を浮かべている。一部は聞き取れなかったけど、学園の誰かに伝言したい、ということかな。でも、朧君はそれを嫌がっている……それなら。
「朧君、警官さん、電話やメールじゃダメなんですか?」
この学園に通っている学生なら支給されているはず。って、私が唐突に割り込んだから、警官を驚かしてしまったようだ。
「あ、あぁ……そ、そうだね」
「その手があったか」
誤魔化すように二人が同調しているけど、何の話をしていたんだろうか。
この後、この警官と朧君が電話番号を共有したのに便乗して、私も朧君の番号を教えてもらった。うん、狙撃された時は怖かったけど、少しだけ良いことがあった、と考えよう。
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