第1話 路傍の石

視界に映るのは白、白、白。

「……え?」

慌てたけれど、直ぐに病室だと気が付いた。

あの後、誰かが病院に連れて行ってくれたのだろうか。お礼の一つでも言いたかったが、顔が分からない。それどころか、私を病院に運んでくれた人は直ぐに去ってしまったらしい。お礼の一つすら言えずに肩を落としていた私の元に、受付のおばさんがある物を渡してくれた。どうやら、その人が忘れてしまったらしい。

「鉄の棒……じゃなくて、扇?」

びっくりした。ちょっと重い棒だと思ったら開くとは。若干ではあるが、太い骨組みの部分に凹みが見える……と思ったら、内側の骨組みは竹のようだ。何で外側の骨組みだけ鉄なんだろう。

「まぁ、その内会えるかもしれないからね」

病院側で預かるという話も受けたが、学生服を着ていたという話を聞いたので、私が預かることにした。お礼の一つくらい言いたかったし、この学園都市で武器を持つ気紛れな人なんて殆どいない。だから、きっと見つけられるという確信もあった。

そうして、襲撃から三日後に退院した。



襲撃があった日から三日経った平日、学園の屋上でこげ茶色の髪の男子学生が一人で寝そべっていた。校舎内の様子を見る限り、殆どの学生が教師の授業を受けているので、彼は授業をサボっているのだろう。

「うーん、落としてしまったか」

全く困った。あれが無いと生活に困る訳ではないが、ここに来る前の数少ない思い出の品だ。失くしたくはなかったが……

「失くしたものは仕方ない。いい加減、過去に囚われるなってことだろう」

あの場所にはもう戻れないからこそ、大事な思い出だったんだが……いい加減に捨て置くべき過去なのだろう。どうせこの学園都市の交番にいった所で、どうでもいいものとして処分されるのが落ちだ。期待するだけ無駄だろう。

「……俺も魔法が使えたらねえ」

生憎、魔力があっても使えない。そんな奴が真面目に魔法の実践授業など受けても体の良い的にしかならない。だから、サボっているんだけど。

「……はぁ、どうしたものか」

どうせ、三日前の襲撃が原因だ。魔法使いの存在に反対する集団を称するテロリストがこの学園都市に押し入ることは稀にある。最も、魔法をまともに使えない俺なんかはマークされないんだけど。

「だからと言って、あのまま放って置いたら死んでいたよな。あいつ」

それは後味が悪い。例え学園の有名人で、とびきり関わりたくない人物だったとしても、だ。

「でも…………どーすっかなー」

青い空に浮かぶ雲を、何も考えずに眺めることは嫌いじゃない。自身の内に燻っている悩みなど、どうでもいいことに思えてくるからだ。

「ま、なるようになるか」

とりあえず、次の授業は魔法に関係無いから出ておこう。

「……む」

誰かがここに近付いてくる足音がする。少し、隠れておこう。


程なくして、学生には開けられないはずの扉を誰かが開ける音がした。顔こそ見えなかったが、僅かに見える頭で誰が来たか直ぐに分かった。

「……全く、指摘されてキレるくらいなら、カツラでも被ればいいのに」

あの頭のバーコードが目立つ教師と言えば、あいつしかいない。それなりの魔力を持っているらしい、選民思考の傾向がある教師、平。どうも、俺のようなまともに魔法を使えない、若しくは魔法が弱い学生を目の敵にしているようだが。

「……ふん。それで状況は?」

ただ、自分より強い魔法使いには嫉妬しているのか、嫌がらせをすることもあるらしい。本当に教師なのか、とも思う。まぁ、それはこの学園にいる他の先生にも言えるが。

「全く、相変わらずだな」

それにしても、何か気になる会話をしているが、先生同士の会話だろうか。というか、今日は平が担当じゃなかったのか。うーん、出ておけば良かったか。いや、他の学生から的になるだけだし、無駄か。

「……そうだな。最近は見回りも強化されている。お前が言う通り何処かへ潜むにしろ、長期滞在は避けるべきだろう」

頭のバーコードを見たくなかったので、腰に差していた扇で視界から外す。不穏な会話を盗み聞きしながら。

「……全く、魔法が使えるだけでそんなに偉いのか?」

学園都市へ来るまでに世話になった、変わり者の魔法使いのことを思い返していた。



あの襲撃から五日後、退院した私は普段通り学園に入る。

「おはようございます。釧灘様」

うわ、早速出てきたよ。あんまり関わりたくないんだけどなぁ。

「うん、おはよう」

それにしても、いつもより人が多いわね。関わりたくないから、早く教室に行きたいんだけど。

「テロリストに襲われたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」

「一人で追い払ったと聞きました。ありがとうございます!」

げ、もう話が広まっているのね。

「まぁ、ちょっと怪我しちゃったけどね」

「え、だ、大丈夫なんですか!?」

そんな大袈裟に驚いた所で意味ないわよ。というか、私だって人間よ。怪我くらいするわよ。

「ま、今はこの通りよ。とりあえず、教室に行かせてくれない?」

ざざっと道が開く。

「す、すいません」

最初の頃は特別視されている気がして調子に乗っていたんだけど……その内に飽きてしまった。確かに、私は強力な魔法が使える。勿論、それに値する努力はしているつもりだけど……それだけだ。その魔法が何かに役立った時があっただろうか。……寧ろ、いや。あれはもう起きてしまった話だ。ここで思い返しても意味がない。

「全く……」

当時の自分の無力さを思い出したことと、不必要に干渉してくる彼らの存在が無性にイライラしたので魔法で叩き潰しそうとも考えたが……後が面倒だ。だったら、必要以上に関わらなければいい。結局のところ、私の魔法の実力を過剰に評価してその恩恵にあやかりたいだけで、この中に友人と呼べる人はいないのだ。被害が無い程度に放って置けばいい。まぁ、更に苛立ったのは教室に着いた後だったんだけど。

「釧灘さん、おはようございます!」

「火之果さん、おはよう」

ここでも扱いは何も変わらない。私はあれか、観賞動物か。

「…………!!」

「──!!」

退屈を晴らすように空を見るが、イライラする。寝ているフリでもしないと頻りに話しかけてくるのだから、本当に面倒だ。あぁ、無性にイライラするなぁ、本当に。

「……少し、黙ってくれる?」

「…………!」

あ、思わず口に出てしまった……すごすごと下がったし、別にいっか。ハエのように寄ってくるだけ寄ってくる連中はただ鬱陶しいだけだ。

「よし」

とりあえず午前中は授業に出よう。煩いままなら、様子を見てサボればいい。どうせ1回や2回サボったところで、私の評価は変わらない筈だ。



結局、授業中もぼーっと空を見ていたけど、相変わらず煩かったので休み時間を利用して教室を出た。勿論、戻る気もないのでカバンを持って、だ。だけど、何処に行くかはノープラン、どうせ家に戻っても誰もいないのだ。

「うーん、どうしよう」

折角だから、普段は行かない場所に行こう。

「どうせなら、屋上がいいわね」

授業中なら誰もいないはず。そう思って、屋上の扉まで来た時に気が付いた。鍵穴があるのね、この扉。

「鍵……って、職員室だよね」

うーん……まぁ、一応開けてみよう。開かなかったら、別の所に行けばいい。

「……あれ、開いた」

だけど、何故か扉が開いた。これはラッキー、誰かが来ない内にさっさと屋上へ出てしまおう。

「へぇ……」

普段はあまり来られない学校の屋上。学園自体、学園外に広がる私達が住む区画よりも高い位置にある。そういった位置関係からか、この街を一望できるようだ。初めて入ったけれど……開放感があって気に入った。人が殆ど来ない上に、眺めはこの街の一番高い所にある灯台といい勝負なんだから。

さて、折角来たのだ。のんびりしたいけれど……あれ。

「……誰か、いる?」

こげ茶色の髪をした誰かが寝っ転がっている。

「ん、誰だ?」

げ、あっちも私に気付いたようだ。他の学生や先生のつけ回すような視線から逃げてきたのに、誰かを呼ばれたら嫌だな。そうなったら、別の場所を探すしか……

「あんたは……学園の有名人か。って、あのバーコード、鍵を閉め忘れたのか?」

ああ、しかめっ面しているこいつも、やっぱり私を知っていたか。まぁ、無理もないか。私はこの学園の有名人だから。それにしてもこの扉、あのバーコードが閉め忘れたのね。あいつ、むかつくのよね。……それよりも、さっき鍵が開いていたのはたまたまだったのね。

「あんたこそ、何でここにいるのよ。それと、私がここにいちゃ悪い?」

誰か知らないけど朝の事でイライラしているし……執拗に話しかけて来るなら魔法で気絶させようかしら。

「いや。あんたが何処にいようと自由だろ。強いて言うならば、俺みたいな落ちこぼれに構わない方がいいだろ、と思ったが」

……これは、意外な返答だ、変な奴。だけど、教室にいるあいつらよりマシね、それはそうと。

「……へぇ、落ちこぼれの癖にサボっている訳?」

この学園都市にいるなら、魔法が使えるように授業を出た方がいいのでは?

「そうそう。魔力があるだけで此処に入れられただけの落ちこぼれだ。次にある魔法の実践授業へ出れば体のいい的扱いだ、そりゃあサボりたくなるもんだろ?」

「へぇ、そうなの」

何故、魔法が使えないのかが気になったけれど、別にいっか。この学園都市にいる魔法使いは国中から集められた者達であり……同時に、何かしらの傷を抱えているからだ。

「だったら、ここをこっそり出て行ってもいいんじゃない?」

強制的に集める癖に、出ていく者には無頓着なのは学園都市の体制としてどうかと思うが、それも一つの自由だと思う。

「あー……まぁ、色々あってな。機会があったら、そうするか」

無暗に知りたいとは思わない。お互いに傷つくだけなんだから。

「それで、朝から正門が煩かったが……あんたが来たからだったのか」

流石に気付かれるわね。

「そうよ。数日前に買い物帰りを襲われてね。反撃して撃退こそ出来たみたいだけど……それのせいで変な尾ひれが付いたみたいなの」

「……面倒に巻き込まれた上に、更に別の面倒に巻き込まれた、って訳か。やってられないな」

やれやれと苦笑いしながらため息をつくこの男子学生、私が相手でも媚びる様子が無いのね。

「ええ、いつものことだけどね。お陰様で、何処に行っても落ち着いて過ごすことが出来ないのよ」

全く、今日のことを思い出すだけで腹が立ってくる。

「うっわ。そりゃ優等生もサボりたくなる、ってもんだな」

そんな話をしている内に、授業の始まりを知らせる鐘が鳴ったらしい。いつもなら優等生らしく授業を受けていたけど、今はどうしても授業を受ける気になれなかった。

「……あんたは行かないの?」

「さっきも言ったろ。魔法を碌に使えないのに、実践授業なんて出ても意味ないだろ。さっきも言ったが、他の学生から魔法の的にされるのが落ちだ、出るのも嫌だね」

「それもそうね。私があなたでも、そんな授業なんて出たくないわ」

それにしても、魔力があるからここに連れてこられたのに、魔法が使えないということは有り得るのだろうか。まぁ、そんな相談に乗る間柄でもないか。

「それじゃ、お互いにサボりますかー」

どうやら、私がここにいることを他の教師や学生に伝える気は無いらしい。なら、有難くいさせてもらおう。勿論、変なことをしようものなら魔法で仕置きをしようと考えていたけど……そんな予感すら感じさせないまま、次の予鈴を聞いた後に屋上を去って行った。屋上を繋ぐ扉ではなく、外付けの非常用はしごを使って。

「……またサボるのを分かって、ああしたのかな」

普段通りの行動だったのか、私に屋上の道を教えるためかは分からない。分からないが、本当に変な奴である。……そう言えば、名前を聞き忘れちゃった。

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