今となっては笑えますが…

@J2130

第1話

 娘が幼稚園のときです。

 参観日がありまして、僕と妻が行きました。

 若いかわいい保母さんが園児たちにいろいろと質問しています。

「おうちにある赤い食べ物は…」


「りんご! いちご! 僕どっちも好き」

「トマト、ちーちゃんね、きらいだから食べないよ」


「白い食べ物は何かな…」


「ごはん!」

 かわいい声が一斉に応えました。

「だいこん!」

 ニコニコしながら男の子が応えます。


「じゃあ緑は…ちょっと難しいかな…」

 考える園児たち。この年代は何をしていてもかわいいね。

 ハラハラしている父兄、参観者。


「ブロッコリー」

 ちいさい声が聞こえました。

「あ、すっごーい、誰かな、れいちゃんかな…」

 少しうなずくポニーテールの女の子。

 賢そうだね。


「それじゃあね、もっと難しいよ、次はね、黒い食べ物ってあるかなー」

 難しいね。

 黒胡麻なんて置いてないだろうしな…。

 先生は何を言わせたいのかな…。

 まさか黒豆とかひじきとか…、キャビアなんて言う子がいたら面白いな。


「りほちゃん、わかるかな…」

 ここでうちの娘か…。


 妻と顔を見合わせる僕。

 無理だろう、うちにはそんなものはない。


「うーんとね…」

 考える娘。

 でもないよ、黒い食べ物。

「あ…!」

 なんかあったか…りほ、すごい。

 娘は大きな声で自信たっぷりに言った。


「バナナ!」


 保母さんの驚きと困惑の表情。

 その場に広がった父兄をつつむ気まずい雰囲気。


「バナナって黄色じゃない…」

 低い声でつぶやく園児たち。


 でもそのつぶやきの中には、僕ら子供が知らないだけで大人の世界には黒いバナナもあるのだろう…、まじめなりほちゃんが言うのだから…。

 そんな感じであまり戸惑わない園児たち。


 僕ら夫婦は笑いをこらえ、恥ずかしさで下を向いてました。

 変な汗もかきました。

 考えてみれば仕方ない。

 古いバナナがありましたから。

 娘は一生懸命に考えて応えたのでした。


「そうね…、うん…」

 保母さんって大変だ。

 ごめんなさい、保母さん。


「バナナ、黒いのもあるかな…あるよね…」


 バナナははやく食べようと思いました。


 *****


 中学生の時、数学の時間。

 問題を配られました。練習問題ですね。

 その時は組み合わせの勉強をしていました。


「ある女子生徒がスカート3枚、ブラウス5枚、カーディガン2枚、ワンピース2枚を持っていました。何通りの組み合わせで着ることができるでしょうか」


 後にK大の付属に行った板橋君も県立のU高校に行った浦沢君も、当然僕もまったくわかりませんでした。

 男子生徒にだけ小さいパニックが起きていました。


 僕はとなりの杉野さんに訊きました。

 小柄なうりざね顔の女子で、小さいけれどバレー部に入って頑張っていました。


「ねえ、杉野さん…」

「なに…」


「この問題、わからない…」

 不思議そうに僕を見る杉野さん。

「なんで…」

「なんでって…」


 練習問題だからね、先生もにやにやしながら聞いています。

 痩せてガイコツのようだから、“コツ”とあだ名がついている数学の教師は僕と杉野さんの会話をそのまま注意もせず聞き流していました。


「あのさ…、ワンピースってなに…?」

「え…!」


「いや、俺だけじゃなくて、男子はみんなしらない…」

 驚いている杉野さん。


 本当なんです、当時はそんなこと知らなかったのです。

「つなぎだよ、上から下までつながっている服」

 この教え方が今でも印象に残っていて、ワンピースというと最初に僕は修理工の皆さんが着られているあの作業着を思い出してしまうのです。


「そうか…、つなぎね…」

 僕は問題文のワンピースの文字の下につなぎと書いた。


「ブラウスは…?」

 呆れている杉野さん。

 だって、知らなかったんです、当時は。

 みんな男子生徒達はあからさまに聞き耳どころか、顔をあげて僕と杉野さんをみている。


「シャツよ、これ」

 制服のブラウスのえりをつまむ杉野さん。

「あのさ…、ワンピースはスカートと組み合わされるの…」

 僕だけじゃなく、男子はみんな知らないんだよ。


「あねの…、ワンピースは単独で着るの、スカートが付いている服なの…」


「それじゃあ、ブラウスとワンピースはいっしょに着ないの…」

 本当に本当なんです。僕ら中学生時代にはそんな知識がなかったのです。


「着ないよ…」

「ワンピースは単独なんだ…」


「でも、カーディガンははおるよ…」

「そうなの…、カーディガンはわかるけれど、そうだよね、寒いときに着るよね…」

 自分でもあわてているのがわかる。

 僕だけじゃない、だまって聞いている他の男子生徒も同じ心境だろう。

 

 コツ先生が僕も含めたそんな男子生徒たちを見てこういった。


「お前ら、女の子の服もわからないのか…」


 楽しそうに笑っている。


「まったくしょうがないな…、だからだな…」


 満面の笑みだ。


「だからお前らみーんな…」

 男子生徒全員を見渡す先生。 


「もてないんだ」

 笑みだけでなく、大きな声で笑われた。


 仕方ないね、本当に知らなかったんだから…。


 まだ純粋な中学時代のお話でした。


        了

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