第15話 再会とあれこれ
私は悲しい死に方をした。守りたいものも守れず、無力さを呪いながら死んだ。そして森で死んだからアルラウネになったんだ。
これで全てが繋がった。
私は自分が何者であるかを理解し、どういう人間だったのかを知ることができた。それで十分だ。
心の中ではあるけど、謝罪を改めよう。巻き込んでしまってごめんなさい。村の皆、ルティ、お母さん。
そして助けてくれたのに危険に巻き込んでしまってごめんなさい、ルカ。あなたに会いたい。会ってきっちりと向き合って謝罪をしたい。
意識が闇の中へと堕ちていく。私の魂が闇へと沈んでいくのがわかる。
あぁ……もし生まれ変われるなら、ルカにまた会いたい。
私は意識が堕ちる直前にそう願った。
—————会わせてあげますよ、シルヴィ—————
……え?
ゴポッ
------
ルーカスはあの後、ミスティアと共に館の中を探索をしていた。もっとも探索と言ってももう案内はされているため部屋の場所は分かるのだが。
「そうだ、ペンダントを渡し忘れていたな」
ミスティアは首のペンダントを外しルーカスに渡した。ペンダントには紋章入りのメダルが付いている。
「攻略の証的な物って考えていいの?」
「うむ。証でもあるが他にも役割がある
「宝具?!」
このペンダントも魔道……否、宝具だという! ルーカスが追い求めていた超高性能な魔道具——宝具。それが今目の前にある。ヘルメス・アルカディア、ティアの主であり人を蘇らせる秘術を持つ男。さらにはこんな宝具を作る技量を持っているときた。一体どんな人物だったのだろうか。
そんなことを話している途中で部屋の扉を通りかかったとき、どこからかガチャッ!っと音が鳴った。音の発生源の方向を見ると、通りかかった部屋の扉だった。たしかこの扉、鍵が掛かっていたはずだ。
「まさか……」
そのまさかである。今まで開くことのなかった扉はあっさりと開いてしまった。どうやらペンダント自体が鍵となっていたようだ。ペンダントを与えられた資格者にしか扉を開けられない。なるほど防犯性に優れた方法である。もっとも、欲をかいた盗賊共がここまで辿り着けるかどうかだが。
この部屋は書斎だった。中はしっかり管理されており、沢山の種類の本が本棚にぎっしりと詰まっていた。中でも大きな割合を占めていたのは『錬金術』についての本だった。それも上級書もあったため、かなりの手練れだったのだろう。
しかし、この中でも一番気になるものがあった。
「『超錬金術書』?」
ヘルメスが書いた本のようだ。内容としては錬金術の極意、究極の錬金術について書かれている。『究極の錬金術』もとい『超錬金術』というのは、原理はよくわからないが魔法の力をもった物質を作る技術らしい。
つまりこれで魔法陣を用いない魔道具を作ることができるということだ。錬金の極意……この先役に立つかもしれない。特にルーカスにとっては宝具へと到達するための大いなる一歩になることだろう。ということでルーカスはこれを持っていくことにした。
他の部屋も鍵を開けて入ってみた。研究室の他にも工房などの施設が整っており、魔道具を作るルーカスにとってはまさに夢のような場所であった。
子供のようにはしゃぎ、目を輝かせながらいろいろな物に目移りするルーカス。それを見ていたミスティアは呆気にとられ、しかし忘れずに一言。
「……ルーカス、宝物庫には行かないのか?」
「ん? 行くけど? どういうものがあるのか見ておきたいからね」
ほっと胸を撫で下ろすミスティア。このまま良いものが見つかって宝物庫に行かないのではと心配していたのだ。何故そんな心配をしているのかと疑問に思うだろうが、彼女には彼女の事情があるのだ。
いざ宝物庫の場所へと案内しようとしたそのとき、突然鼓動のような音が聞こえてきた。
ドクンッ ドクンッ ドクンッ………
「なんだこの音? ミスティアは何か知っているの?」
「……いや、私も知らん。長年ここに住んでいるがこんなことは初めてだ」
音はだんだんと大きくなり、遂には音の振動で部屋がガタガタと軽く揺れ始めた。何事かと思い即席で武器を錬成し、慎重に音のする方向に向かう。
「これは…脈動?」
心臓のような脈動。音は空気を伝い振動を生み出す。
それがルーカスを導く鍵となった。音の発生源に向かう途中、なんと隠し通路を見つけたのだ。そしてその通路を辿っていたら、奇妙な階層に出た。
「これは一体……」
周りが深緑色の根のようなものに覆われた部屋だったのだ。その中央に発生源があった。それは一つの巨大な蕾。脈打ちながら開花するのは淡い桃色の蕾。それは新たなる生命の誕生。
開く花弁の隙間から液体が溢れ、中にいたであろう生命の正体を露わにした。
「ケホッケホッ!」
中から現れたのは咳き込む少女だった。身体を覆ってしまうほどに長い薄紫の髪。シルクのように白く滑らかな肌。液体のせいで潤った肌は妖艶な輝きを帯びているように見えた。
少女が目を開けた。トパーズのような煌めく瞳を。
「……あれ? ここは?」
状況を呑みこめていない少女。ぼやけた視界で捉えたのはいつか見た少年の姿。
「……夢?…ルカなの?」
「シルヴィ……!?」
いきなり頬を赤らめ顔を逸らしたルーカス。しかし次の瞬間には向き合い、自分の上着を脱いでシルヴィに着せた。この表情、この行動。シルヴィはハッとし頬を赤らめ上着でさらに身体を隠す。その腕はプルプルと震えている。
「……ルカのエッチ…」
「…なんとも言えないよ…」
「でも……ありがとう」
その言葉に反応したルーカスが再び顔を合わせると、そこには恥じらいの表情が一切ない少女の笑みがあった。
互いに目を合わせる二人。次の瞬間、ルーカスはシルヴィをギュッと抱きしめた。服が濡れるのにも構わず。
「えっ!? ちょっと……」
「よかった……また会えてよかった…」
「また会えてよかった」。これを聞いてシルヴィは自分が蘇ったことを理解し、ルーカスとの再会が現実なのだとようやく実感した。そのせいなのか彼女も顔をさらに真っ赤にし、瞳から一粒の雫が流れて頬を伝った。
「私も…会えて……よかっ…た。ずっと……言いたかった……。ルカ…巻き込んじゃって……ごめん……ね……」
「気にしないでよ…そんなの……君が無事に戻って来れたんだから……」
少年も涙を流した。あのときは仕方がなかったとはいえ、命を奪ったことに対する罪悪感が残っていた。だが彼女にまた会うことができた。その事実が彼の罪悪感を払拭したのだ。
一方、取り残されたミスティアは階段の陰で眉を八の字にして笑みを浮かべながらその様子を眺めていた。事情がよくわかっていない彼女だが、ここで水を差すのはやめたほうが良いと判断したのだろう。
しばらく二人は抱き合っていた。喜びを分かち合い、この奇妙な運命を噛み締めているのだった。
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シルヴィとの再会を果たしてから二日が経った。本来ならこのぐらいでここを出ようと考えていたのだが、そうはいかない事情ができたためである。
あの後、一緒に宝物庫へと向かおうとしたのだが、シルヴィが歩けないというハプニングが起こったのだ。ミスティア、もといティアの診察によると、どうやら手足の筋肉が萎縮していたらしい。しかし一日経てば身体を動かせるようになるという。そのため、彼女は一日中寝込んでいた。
また、彼女がそうするならとルーカス自身も療養のために三日ほど時間を取ることにした。薬を使っただけで負った傷は簡単には塞がらない。当然の処置だろう。一室のベッドを借りて寝込んでいた。
二日目以降は歩けるようになったシルヴィが看病しに来たりもした。そんなあるときのことである。
「癒しの雫をここに、『
彼女の右手から淡い緑の光が放たれ、一滴の雫がルーカスの腹にポタリと落ちた。こうすることで患部から全身に治癒効果を広げるのだ。
「ありがとうシルヴィ。痛みが吹き飛んだ気がするよ」
「どういたしまして。昔、回復魔術を覚えたけど、こんな形でルカに恩返しできるなんて思っていなかった」
顔色が良くなったルーカスを見てシルヴィは安心した。ただ「恩返し」と言ったが、この場合は自分が巻き込んでしまった結果であるため「尻拭い」の方が正しいのだろう。少なくとも彼女はそう感じていた。
さておき、ルーカスは彼女の言うことから気づいたことがあった。
「昔ってことは、記憶は取り戻せたのか」
「……うん。あの後夢を見たんだ。私の……過去の夢」
椅子に座りながら少し悲しそうな顔で俯くシルヴィを見て、良くない雰囲気を作ってしまったと思うルーカス。容易く触れていいものではないと感じた。同じくその空気を感じた彼女が話題を転換することで脱したのだが。
「ルカは?」
「僕? 何が?」
「あの後に何があったの? そんなに酷い傷、どこで負ったの?」
シルヴィは心配顔になった。恐らくルーカスが重症を負った理由を知りたいのだろう。危険な迷宮だったのだ。死んでもおかしくない経験をしてきたのだとわかっていた。
「いろいろあってね……」
ルーカスは話した。凶悪な魔物との数々の死闘を繰り広げたこと、ミスティアと戦って苦戦を強いられるも勝利したこと。途中でシルヴィが「風狼は?」と聞いてきたが、答えないという形で答えた。それに対して彼女は察して悲しげな表情をした。
「とまぁ、いろいろなことを乗り越えてほぼ死に体でこの館に辿り着いたってことさ」
「……ごめ——『それは言わない約束だよ』」
彼にとってはもはやどうでもよいこと。既に水に流した過去である。
「お互いにまた会えたんだから、それでいいじゃないか」
彼は続けた。
「たしかにこの迷宮で多くのものを失った。けど、過去を振り返ってもそれらが戻ってくることはないんだ。これから変えていくのが大事なんだよ」
彼にとっても暗闇の迷路を一人きりで歩くのは頭がおかしくなりそうだった。風狼の存在がとても心強かった。命の恩人を簡単に忘れられるはずがない。だからこそ言えたことだ。
「……過去は戻らない……」
少女が思い出したのは優しい母。いつも笑みを浮かべて、最期まで彼女には笑みを向けていた母。愛情をたっぷり注いでくれた大好きだった母。それだけで、つーっと涙が出そうになった。
けれども涙を堪えた。その言葉の意味を理解したから。
思い出は——楽しかった日々の記憶は十分に書き綴られた。白紙のページは辛く、けれども優しい思い出で満たされた。そういった思い出は人を押し出す力となる。
だから、前に進むのだと彼女は決意を新たにした。
そんな彼女の様子を見たルーカスは心の中で微笑んで、自分も身体が治りつつあることに希望を持って、次の準備をしようと心を新たにした。
後日、ティアの診察で身体の傷は完治したと大小判を押された。シルヴィが毎日回復魔術をかけてくれたおかげだろう。
診察を終えて部屋を出ると、シルヴィが駆けつけてきた。
「どうだった?」
「大丈夫だよ。治ってるって」
その報告を聞いてホッと胸を撫で下ろすシルヴィ。自分の魔術がしっかりと効いていたことが確認できたらしい。彼自身も肉が抉れていたり骨折している部分もあったりと損傷が激しく、治らないものと考えていた。そのため、全身異常なしの状態に復帰できるとは思ってもいなかった。
「さて、診察も終わったことだ。そろそろ宝物庫へ行こうか」
ミスティアが部屋から出てきた。早速案内しようと張り切っているようだ。本当に何があるのか。ついていく二人には何故なのかわからない。
「この部屋だ」
宝物庫に無事到着……したみたいなのだが、その外見は無骨な飾り気のない扉があるだけだった。ミスティアは扉に手をつけて詠唱。解錠の合言葉なのだろう。となればペンダントは使わないようだ。
「———開け、鋼鉄の門よ———」
………扉が開く様子はなかった。
「む? あ、開かない!? 詠唱を間違えたか? じゃあ———開け胡麻!」
もちろんそんな詠唱は論外であり開くはずがなかった。顔を青ざめながらあたふたするミスティア。本当に詠唱をド忘れしたようである。それを察した二人は開けるための詠唱の候補を幾つか挙げ、順番に試していった。
「一体いつから開かないと錯覚していた」「時は金なり」「
いろいろ試すがほとんどが失敗。諦めかけたそのとき、
「? ねぇ、ここに何か書かれてない?」
「「何(だ)?」」
ルーカスがを取手を指差した。よく見ると小さい文字で「合言葉は書斎にあります」と書いてある。そうとなったらすぐさま書斎に向かう三人。乱暴だが部屋中を漁って必死に探した。
答えを探すこと三十分。
「あった!」
「「ホント(か)!」」
見つけたのは半分に折られた紙。表には「合言葉」と書かれており、端が糊で接着されていた。ルーカスはナイフを抜き慎重に端を剥がしていく。
「これでやっと!」
「宝物庫の!」
「合言葉が!」
やっとのことで合言葉にたどり着けた三人は希望に満ち溢れ————絶望のどん底に叩き落とされた。
内容はなんと——下ネタのオンパレード。まるで小学生の落書き。DQNがトンネルにスプレーで書くような言葉の数々であった。しかも後書きに「三人以上で一斉に言わないと開きません」とまで書かれていた。
「「「……」」」
絶望のどん底と言ったが、もはや希望も絶望もない。ただただ彼らの感情は「無」であった。その証拠に三人の目から光が消えている。「こんなのが宝物庫開けるための鍵なのかよ……」と心の中の不満を雄弁に物語っていた。
しかしこれでも歴とした合言葉なら仕方がない。再び扉へと向かう三人。人前で下ネタを言うのはかなりの苦行である。
宝物庫の試練。それは宝物のために己が名誉を棄てる覚悟を試すもの。なるほど、本当にいらないところで防犯性に優れている。少なくともルーカス達には抵抗があった。管理者たるミスティアですらこの無表情である。
扉の前で、三人は覚悟を決めた。大きく息を吸って、
「「「(せーの)——-ピーーピーーピーーピーーーピーーーピー……(自主規制音)」」」
それに反応したのか扉からガチャッと音が鳴った。必死こいてここまで辿り着いたというのにこんな屈辱を味わってまで扉を開けなければならないとは、なんとも締まらない。特にミスティアは内心で「案内役なのに……」と悪態をついていた。
ともかく開いたわけだが、部屋の中には金銀財宝が山のように………というわけではなく、壁に剣が掛けてあったり箱や棚に物が綺麗に整理されていた。
「好きな物を持っていけ。たまにガラクタとかもあるが、今の時代なら地上で売っても良い値が付くだろう」
ゴソゴソと中を漁る二人。ルーカスはせっかくだからと多めに、シルヴィはそこまで欲深くないので一つか二つ選ぶつもりだった。
「? ミスティアさん、この杖は?」
シルヴィが手に取ったのは銀のワンド。杖先に紅の魔石が付いたものだ。
「お、お目が高い。それは魔杖『ベリア』。ミスリルを使っているから、魔法使いにはうってつけの杖だ」
それを聞いたルーカスが質問。
「まさかだけど、ミスリル製の武器は全部ミスティアが作ったのか?」
「そうだとも。ミスリルを無限生成できるのは私の特権だからな」
ミスティアが言うには長年ここに閉じこもっていたため退屈しのぎにミスリルを使ってこういった物を作っていたという。自分の力作を見てもらいたかったからあんなに張り切っていたのだ。
ルーカスは古代の金貨や銀貨などを物色し、無骨なミスリルの剣を一本手に取った。
「僕はこれにするよ」
「蒼銀剣か。特にこれといって効果はないが、魔力を込めれば強度が高くなるぞ」
ミスリルの性質を上手く活かせば比類なき効果を発揮してくれることだろう。もっとも、ルーカスはそのまま使おうなどとは考えていないのだが。
そんなことを知る由もなく、手に取ってもらえたことを喜ぶミスティアだった。
-------
それから五日が経った。外に出る準備を終えたルーカス達はミスティアの間にいた。彼らの下には光り輝く魔法陣。最初に来たときは何の魔法陣なのかわからなかったが、どうやら陣上の対象を転移させる転移魔術なるものらしい。
「忘れ物は無いか?」
「うん。ちゃんとこの中に入っているよ」
「ミスティアさん、お世話になりました」
今日はここを旅立つ日。貰えるものはもらった。シルヴィを探すための迷宮探索だったが、こんな形で締まるとは思ってもいなかった。
「ルーカス、彼女のためとはいえ良い闘いぶりだった。改めて資格者として認めよう。シルヴィ、大切なものを守りたいなら強くなりなさい」
ミスティアは起動装置に手を触れて詠唱を開始した。
「———光よ、彼らを送りたまえ、『転移』———」
その瞬間、魔法陣の光はさらに輝きを増し彼らを包み込んだ。少年と少女は互いの手を握る。決して離れたりしないと言わんばかりに。
「行こう、シルヴィ」
「うん、ルカ」
成功したことを確認した彼女は彼らに向けて最後に一言。
「達者でな」
二人が瞬時に消えた。同時に魔法陣から光が失われてゆく。
ふとミスティアは思った。
(もしかしたら、彼らが予言に出てくる英雄なのかもな、ヘルメス……)
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