第13話 迷宮の真実
五十階層で魔人ミスティアとの死闘を演じたルーカスは、体力、魔力の回復を図り休憩した。既に時間感覚はない。こんな日の光も当たらないところでは体内時計が狂うのも仕方のないことだ。
回復と言っても、食料もほとんどなくなっていた彼にできることは、その場で寝ることだけ。あとはちょっとずつ薬を飲んで安静にしていた。
そんなことを繰り返していくうちに身体の疲労と倦怠感が抜けて、傷だらけではあるものの歩けるぐらいには回復した。その足は大丈夫なのかと言われそうだが、心配はいらない。筋肉痛を起こしただけなので、すぐに痛みは引いていった。あそこまで速く動かしたのにもかかわらず骨にまで影響がなかったのは毎日のトレーニングのおかげだろう。
ともかく、身体の調子は問題ないだろう。荷物を持って奥の扉へと向かっていった。
扉の先は一本の通路と繋がっており、その奥から光が見えた。通路を抜けたその先、そこは迷宮の最奥。周りには草木が茂り、ほとんど地上の風景と何ら変わっていない様子だ。
だが何と言っても特徴的なのは目の前の巨大な館だろう。言わば豪邸。街にある時計塔や図書館と比べてみても圧倒的に大きい。
いままでこのような部屋に出たことがなかったので、ルーカスは驚愕した様子で館の周りを探索する。
(…本当に迷宮の最奥なのか? ほぼ地上と変わらないじゃないか)
どこを歩いても魔物らしき気配はない。次は館の中の探索だ。取り敢えず、正面玄関から入ることにする。案の定扉の鍵は開いていたようで、あっさりと入ることができた。
鍵が開いていたことから、この館には誰もいないだろうと推測できる。しかし、逆に中に別の何かが潜んでいる可能性もある。とりあえず右手に電撃石を持ちながら恐る恐る扉を開けた。
その先に広い部屋が繋がっていた。テーブルがありソファもある。ロビーと言えばわかるだろうか。
ただ誰もいなかった。何者かが出迎えるわけでも迎撃するわけでもなく、誰一人としていなかった。これでは泥棒入り放題である。もっとも、そんな輩がこの館にたどり着けるのかどうかなのだが。
それはそれで好都合かもしれない。気ままに探索ができるのだから。気ままにとは言っても警戒心を緩めたりはしないが。
ロビーの右端の一本の通路を歩きながら、別の部屋に繋がる扉を調べるルーカス。どうやら鍵が掛かっているようで今のところ全く開かない扉が多かった。一、二、三…………九。
(まさか全部鍵かけてあるのか?)
そう考えながら十番目の扉を手に掛けて————ガチャっと音がした。
(ここだけ開いてた?)
恐る恐る扉を開けるルーカス。
扉の先にはいろいろな器具が用意された部屋があった。フラスコがあったり実験器具が置かれた、研究室と言えばいいのだろう。何でもインパクトがあったのは緑色の液体が入った大きな水槽。培養槽というやつだ。
奇妙な部屋だなぁと思いつつ足を踏み入れて————
————全裸の少女が水槽の影から出てきた。
「あっ」
彼女はルーカスに気づいて声を漏らす。青髪で緑色の瞳をした少女。身体はところどころ濡れており、それをタオルで拭いていた途中だったようだ。
ルーカスは驚いた。二重の意味で。いや、もう一つは驚きというよりは恥じらいだろう。まさかこんなところに人がいたなんてという驚きと、何故裸なんだ?! という感情である。
幸い、タオルと長髪のおかげで大事な部分が見えることはなかった。それでもなんだか気まずかったので彼はそそくさと部屋から出ようと試みた。
そのとき、彼女がルーカスの袖を掴んだ。その華奢な手で、ギュッと。恐る恐る振り向くルーカス。だったのだが、
「少しだけ失礼します」
彼女はそう言うとさっきまで髪を拭いていたタオルで己の身体を隠して、もう片方の手をルーカスの胸にピタッと付けた。
いきなりのことに内心驚きつつも、一体何をしているのか疑問に思った。が、その答えはすぐに出たようである。
「……全ての試練を突破したことを確認しました。あなたを資格者として認めます。今から館内を案内いたします」
どうやら資格者かどうかの確認だったようだ。ミスティアも最後の最後にそんなことを言っていたが、資格者というのは迷宮の試練を突破した者のことなのだろう。彼女は資格者として認められた相手を案内する役割があるようだ。
案内を始めようとする彼女。だがルーカスは一度ストップをかける。もちろん彼女を見ないように後ろを向いて。言うまでもない。
「服は………着ないの?」
「……少々お待ちください」
彼女に恥じらいの表情はなかった。ただただ機械のように、必要なことだけすれば良いと言わんばかりに余計なことはしなかった。
(なんなんだこの子は……)
感情がないような振る舞い方をする彼女。「ような」ではなく本当に感情がないのだろうか。初対面なのにびしょ濡れで登場し、いきなり胸に手を当てては「認める」と言う。まさに決められたことしかしないロボットだ。
しかし何となく予想はつく。ここが研究室であるからして、彼女は人工的に生み出された何かなのだろう。
そんな彼女に書斎や居間や風呂場まで、いろいろな部屋を案内された。何というか生活感のある館だ。……鍵がないらしいので扉までだが。また彼女曰く、
「資格者様にはこの館の設備を自由に使ってもらって構いません。と主様から伝言を預かっております」
とのこと。生活で必要な物がほとんど整っている、まさに夢のような住居だ。おまけに家賃も〇ときた。ここに住めばスローライフが待っている。もっとも、ルーカスには帰るべき場所があるので住んだりしないのだが。
それに、
「あの、君の言うその…主って一体誰なの?」
ルーカスはそこが気になった。さっきから「主様主様」言っているので誰なのだろうかとふと思ったのだ。
「主様は主様です。錬金術師でした」
その主の名前が気になったのだが………質問の意図を理解していないようだ。わかったのは自身と同じ錬金術師だったことだけ。
そして最後に案内されたのは、中央に直径二メートルほどの複雑な魔法陣が刻まれたドーム型の部屋だった。宮殿のような煌びやかな装飾が施されており豪奢な椅子が奥に置かれている。
「こちらで少しお待ちください。ミスティア様からお話がありますので」
指を指した場所で待つように言う彼女。ルーカスは指示通りの場所にすんなり移動して、
「ん? ミ、ミスティア?」
二度聞きした。ミスティアと言えば間違えるはずもない。死闘を繰り広げた彼女しか思い浮かばなかった。というか先の戦いでルーカスが完全に止めを刺したはずだ。何故今になって……
と思ったのも束の間、彼女が奥の椅子に座った。
次の瞬間、淡い蒼の光が彼女を包み込み、その姿を変えていく。まず髪の色が薄くなっていく。艶のある青の髪は水色になり、頭部から二本の角が生えてきた。そうかと思えば今度は身体が水晶のようなものに包まれ、次の瞬間には弾け飛んでドレス姿に身を包んでいた。
「嘘だろ……」
そして彼女が目を開けた。緑だったはずの眼も青くなっている。見間違えるはずもない。
「……ふぅ。久しいな、少年」
ミスティアだった。咄嗟に臨戦態勢を整えようとルーカスは構えたが、
「待て、私は敵対する気など一切ない。言っただろ? 君を認めるって」
彼女はフレンドリーにいこうと言わんばかりの緩んだ口調で語りかけた。あれは試練の一環だったから敵として立ちはだかっただけであるということだろう。素の彼女は気前が良くフレンドリーなのだ。
館でのもてなしと彼女の態度を以て一応ルーカスは警戒心を緩めた。それを確認した彼女は微笑み、改めて「迷宮攻略おめでとう」と祝言をあげる。
さて、祝いを終えたところで彼から質問。
「なんでここにいるの? あの子は一体ry」
用意していた問いを次々と問うルーカス。怒涛の質問攻めに耳が痛くなるミスティア。質問は一つずつにしてほしいと言い放つことでラッシュは終結した。
「そう急かすな。それを今から話そうとしてたんだから」
「まぁそこに座れ」と彼の後ろの椅子を指しながら催促した。いつ用意したのだろうか。そんな疑問が浮かんだが、能力で作ったのだろうと自己完結してルーカスは座った。
「さて、何から話そうか…………そうだな、まずはティアの言っていた主の話をしよう」
「ティアって?」
「先程君が会った案内人の彼女だ。
どうやら彼女は人造人間だったらしい。研究室を見るからに人工的なものとは思っていたが、まさか本当に実在していたとは。一応、現代において人造人間は生命倫理に反するものであるため、生み出すことは禁忌とされている。
そして人造人間ということは……
「その主とやらが彼女を作ったってことか」
「その通りだ。名は—————ヘルメス・アルカディア」
話が始まった。
今から約二百年前のこと。彼———ヘルメス・アルカディアはとある王国の王都に住んでいた錬金術師であった。森で薬草を採取して薬を作って町で売って暮らしていたという。生き物と意思疎通ができたそうだ。
しかし、彼にはそれ以外の秘密があった。それはこの世界で数少ない古代魔術を使えることだ。彼は薬を作れるだけの錬金術師として周りの人々と接し、そのことは隠していた。
そんなある日、事件が起こった。彼の所属する隊商が盗賊に襲われたのだ。盗賊自体は護衛の冒険者が退け隊商は全滅には至らなかったが、リーダーの商人が仲間を庇い斬りつけられて命を落とした。
ここで生涯を終えてしまうのかと成す術のない仲間は悲しむが、そんな中、彼は死んだ商人に向かって歩き始めた。そして自分の秘術を使って商人の傷を治し、命を生き返らせた。そう、この秘術というのは人の生命を操作できるとんでもないものだったのだ。
ちなみに助けたのはこの商人が古くからの友人だったからだ。身勝手ではあるが、見殺しにはできないと行動を起こしたのである。
リーダー商人は恩に着て彼の秘密については他言しないことを誓った。商人達や冒険者にも秘密を守るよう呼びかけた。
のだが、誰かがこの話を漏らしてしまった。そのせいで噂は王国中に広がり、後日、王が彼を宮殿に招いた。秘術について話してもらおうとしたのだ。
しかし、彼は断固拒否した。自身に言い聞かせていることがあったからだ。それは命の尊さである。命というのは限りがあるからこそ美しいのだと、秘術を知ったときからずっと考えてきた。生き物と心を通わせることができた彼にとっては生命を自由に操作できるこの術に堪え難いものがあった。
そして魔術の利用については命を軽んじる行為だと王に訴えた。その結果、自分に対して異を唱えたと王は激怒。王都から追われる身となった。なんと我儘な王だろうか。
その後、王都から東の森に身を潜めて、遥か昔からあった森の中の遺跡の中に逃げ込み最下層に家を建てて暮らすこととなった。
そしてここで生涯を終えた。
「と、話はここまでだが……何か言いたげな顔だな」
「いや、なんかどこかで聞いたような……」
なんだか聞き覚えのある話だ。デジャブだろうか。記憶の引き出しを漁り、やっと思い出す。
「風狼の話と似ている?」
似ているというかそのままではないだろうか。風狼が言っていた青年は恐らくヘルメスだ。時系列的にも王国に追われて森の中で身を隠したという話がピッタリとハマる。
「なんだ? 知っていたのか?」
「知っていたというか、友人が話してくれたんだよ」
彼が風狼の話をすると、ミスティアは「ほう、生き証人がいたとはな」と感慨深い表情をしていた。ただ風狼はいなくなったと付け加えると「そうか…」と残念な顔をした。なんというか人間味がある。
「それともう一つ。どうしてヘルメスは迷宮を作ったの?」
ただ逃げ込んだだけならこんな迷宮は作らないはずだ。迷宮、すなわち試練が用意されていたということは、創始者ヘルメス・アルカディアは何か別のことを考えて作ったに違いない。
心の中で確信をもって聞いてみたが、
「ん? 待て、何を言ってるんだ君?」
「えっ、だってこの迷宮はヘルメスが……」
「まさかそんなわけないだろ。この迷宮は私の根城だぞ?」
その一言を聞いてルーカスは石のように固まってしまった。あそこまで真剣に考えた『ヘルメス創始者説』をバッサリと切り捨てられたショックが効いたのだ。もっとも、館はヘルメスの物だからあながち間違いではない、とミスティアがフォローしたおかげですぐに収まったが。
「ティアもヘルメスが作った
どうやら身体を借りているというのはそういうことらしい。加えて聞いてみたのだが、人造人間には感情がないらしい。喜怒哀楽がないということだ。この説明でルーカスは納得できた。彼女が無表情だった理由が。
「とりあえず話はここまでにして———-」
ミスティアはそう言って区切りをつける。そして別の話題へと切り替わった。
「———迷宮攻略を祝って君に素晴らしい力をあげよう」
「素晴らしい力?」
「素晴らしい力」、それは、
「魔銀——ミスリルを生成する力だ。本来なら私にしかできないことなんだが、迷宮を攻略した者にその一部を貸してやろうというわけだ」
「ミスリル」…魔銀とも蒼銀とも呼ばれる世界で有数の希少な魔法金属だ。魔法金属という言葉通り魔法との相性が良いらしく、かの魔術協会の「聖魔五将」の杖などに使われている。
そんな破格の性質のミスリルを自在に生成できる権限を与えられるということだ。それを理解したルーカスの答えは、
「…そんなのいらないよ」
ノーだった。
「えっ?! ど、どうしてだ?!」
ミスティアには理解できなかった。世に出回れば宝物庫入りするぐらいに貴重な金属を自由自在に作り出せるのだ。誰であっても断るはずがない。
「そんなのがあったら、経済が破綻するし世界は大混乱だよ」
しかしルーカスの言う通り経済が破綻する可能性もあるのだ。ただでさえ希少なミスリルを制限なく生み出せるということはミスリルの価値を下げることに繋がる。
「それに……」
付け加えて言うなら、
「ヘルメスはそのことを教えてくれたんじゃないのかな」
技術の発展に繋がる未来もあるだろうが、それに伴って権力者に目をつけられて争いも増えることだろう。急激な発展は火種になりかねない。そう、かのヘルメスのように。権力者の味方はいつも、金と武力と特権なのだ。
「ほう……そうか。ならいい」
ミスティアは諦めた。催促は特に何かを試したものではないが、彼がそう思って断るならば強要する必要はないと思ったのだ。納得したようで何よりである。
「だったらせめて宝物庫から一つぐらいは持っていけ」
彼女は再び立ち上がり部屋の外へ。それにルーカスも続いた。
取り敢えず緊張の迷宮攻略は終わったのである。
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