第12話 魔人鉱臨



 真っ白な空間。ここはそう表現するに相応しい場所だった。四十五階層から四十九階層まで白き迷路が続いているのだ。おまけに真っ暗だったはずの上層とは裏腹に非常に明るい。大理石自体が光っているためである。


 その中に、幾多の闘いを乗り越えてボロボロになったコートを纏い、背負子を背負った少年が一人。大理石の床をコツコツと鳴らしながら歩みを進めていた。


 彼——ルーカスの顔はもはや無表情と言っても過言ではなかった。彼の周りで起こったこと、今までの出来事を考えれば凡そわかるだろう。


 出会って間もないくせに命を張って庇った誇り高き狼。出会って間もないのに友情を育み、楽しい時間を過ごし………最後の最後で命を擲ってまで守ることを選んだ少女。


 迷宮ここに潜ってからは失ったものが実に多かった。魔道具はいくらでも作れる。取り戻すことができる。けれども散っていた仲間が、命が戻ってくることはない。


 地上とは違う化け物が支配する魔窟で大切なものを失い、打ちひしがれた。実際、アルラウネとの戦いの後に悲しみが込み上げてきたし、涙が溢れ出そうだった。


 失意の中で、それでも歩みを止めることはなかった。薄々わかっていたのだ。後戻りはできない、戻ろうとしても後ろの扉は開かないと。


 そして目の前には今までとは比べ物にならないほど巨大で豪奢な扉がある。ここが終着点なのだろうか。


「……何がなんでも、生きて帰る」


 覚悟は既にできている。大切なものを失って打ちひしがれたあのときから、ずっと。己の全力をぶつけて戦い、生きて帰る。それが、シルヴィ達への恩の返し方なのだ。


 一歩踏み出すのと同時に扉が重音を奏でながら開き始めた。まるで死地となるであろう場所に歓迎するように。


 扉の先にはこれまた大理石のものとは異なる空間が広がっていた。具体的に言うならば水色のクリスタルのような謎鉱石でできた煌びやかな部屋。ところどころに水晶が埋め込まれており、光が反射して幻想的な光景を作りだしていた。


 だが何よりも特徴的なのは奥にある豪奢な椅子。これもまた謎鉱石でできているようで、奥の扉に立ち塞がるような位置にあった。まるで玉座だ。何かがあるとしか考えられない。


 周りを確認しながら歩みを進めていたそのときであった。


「ッ!?」


 椅子がある床から魔法陣が浮かび上がり眩い光を放ったのだ。ルーカスは咄嗟に腕を翳して目を閉じる。


 光が収まるとそこには———異様な人物がいた。


 目を閉じた水色の髪の美女。ここまではただの人に見えるだろうが、異様なのはここから。


 まず頭に角のようなものが生えていた。水晶でできた二本の角。そしてドレスを着ていたのだが、縁にはやはり水晶のようなものがびっしりと詰まっていた。


 足を組み、頬杖をつけながら玉座に座る彼女が目を開けた。蒼いまなこがルーカスを射抜く。氷の棘が刺さるような冷酷な眼が。そして口を開いた。


「おまえが、挑戦者か?」


 『挑戦者』というのはこの迷宮に挑む者のことを指すのだろう。一応ルーカスも不本意ではあるが挑んだ者になるので挑戦者だ。


「あぁ」

「そうか、では歓迎しよう」


 そう言うと彼女は立ち上がり、手を前に出して声を響かせた。


「ようこそ! 魔銀の間へ! 私はこの部屋の主にして試練の番人、魔人ミスティアだ!」

「……ミスティア? まさか……」


 ルーカスはこの名前に聞き覚えがあった。遥か昔に滅んだとされる鉱物を司る魔人達の話。その中で所謂魔法金属と呼ばれるものを生み出したとされる魔人が一人の名だったのだ。

 

 彼女は手から蒼銀のレイピアを生成し、その剣先をルーカスに向けた。


「貴様が強者と認めるに相応しいか、試してやる!」

  

 宣戦布告を受けて、気合いを入れ直したルーカスは剣を手に取った。二人が繋いだ命を決して無駄にしないために。


 最後の試練が今、始まった。



------



 初手はルーカスだった。剣を構えてブーツに雷を纏い突撃。雷によって異常なまでのスピードで動く彼はもはやただの光。その結果一瞬でミスティアに肉薄し、蒼き光が一閃した。


 対するミスティアはパチンッと右手でフィンガースナップ。瞬間、床から盛り上がるように棘が発生してルーカスの剣を遮った。甲高い金属音を鳴らし、剣と棘が火花を散らす。

 

 そして再度指を鳴らす。ただただ冷たく、無表情な顔で。


 だが、それをマズイと判断したルーカスはバックステップをしつつ飛び退いた。飛び退くのと同時に今の今までいたところから凶悪な棘がジャキンッと現れた。


「ふむ、勘の鋭さは並々ではないな」


 無論、彼は幾多の戦いの中での経験があるのだ。危険を感じとって咄嗟に動くなど造作もない。


 距離をとったルーカスは腰のホルスターから二本のナイフを抜いてそのまま投擲。勢いよく飛ばされたナイフが彼女へと向かっていく。


 それを見た彼女が手を前に出すと、床から分厚い壁を出現させた。


 勢いを落とすことなく迫るナイフは壁に当たり————そのまま溶かして貫通した。


「ほう…」


 鉄壁かと思われた防壁をいとも容易く破られたことにミスティアは驚愕するどころか感嘆の声を漏らした。よく見るとナイフの刀身は赤熱化、否、白熱・・現象を起こしていた。


 灼熱剣。度重なる改良によって発動時の刀身温度は限界だった三桁を越えて四桁へ、すなわち約千度に達した。


 銀の融点を優に越えた魔剣はそのままミスティアへ。しかし彼女は焦ることなく一本目をレイピアで弾き飛ばし、二本目を首を捻って躱した。


「心臓と頭をピンポイントで狙うとは。大した奴だな」


 赤熱化した切断面から剣身を再生させてそう言った。称賛か、あるいは挑発なのか。少なくともルーカスには後者のように思えた。


 すなわち、「武器を破壊しても、私の再生には敵わないぞ?」と。

 

 もっとも、彼は挑発に乗るような人間ではない。不測の事態に対応できるよういつも身構えているのだから。挑発してきたところで今更である。


 それに再生されるならば………


 (再生させる隙を与えなければ良い)


 その瞬間に轟音が鳴った。ブーツで踏み込んだ音だ。彼は光と化し、再度彼女に肉薄。風刃を纏った剣で斬り上げた。


「おっと」  


 彼女はレイピアを前に翳してあっさりと受け止め、そのまま押し返した。細身の刺突剣だというのに折れないとは凄まじい強度である。


 押し返されたルーカスは着地と同時に斬りかかり、そのまま鍔迫り合いへ。見えざる剣戟と蒼銀の剣戟が火花を散らし轟轟と音を立てて風を起こした。


 火花を散らして互いに命を削らんとする剣戟。互角のように思えたが、しばらくするとルーカスが劣勢になった。


 彼は剣閃の嵐の中でところどころに擦り傷ができていた。今もなお一つ、また一つと増えていく。


 対してミスティアには傷一つついていない。リーチを長くしても刃が届いてないとはこれ如何に。やはり技量の問題なのだろうか。


 たかが擦り傷、されど擦り傷。ジリジリとダメージを喰らっていることには変わりない上、そのせいで集中力を欠いたら一巻の終わりだ。


 このままではジリ貧だと感じたルーカスは一瞬の隙をついてポーチから電撃石サンダーストーンを取り出し、下から投げるのと同時にバックステップした。


「爆ぜろッ!」


 その途端に眩い閃光とともに雷が放たれた。見たこともない歪な黒石に注意が向いたのか、ミスティアも思わず距離をとった。


 歪な軌道の雷が四方八方に散らばる。床を穿ち壁を穿ち焼き焦がし、部屋中に煙がもうもうと舞った。


 範囲外に逃れたルーカスは取り敢えず深呼吸。この状況で焦りは禁物。時間はできた。


 (短期決戦にもっていくか……)


 早めに決着をつけた方が良いと考えたルーカスが策を練ろうとしたそのとき、ミスティアがまたもや口を開いた。


「今の近接戦で終わりにしようと思ったのだがな……まぁいい」


 次の瞬間には煙が晴れ、太ももに火傷を負った彼女が姿を現した。しかし先程までとは違い、左手に小柄な水晶の盾を着けていた。所謂バックラーと呼ばれるものだ。


 そして何より殺気が増していた。今まではそういったものは微塵も感じず、手を抜かれているのだろうとは感じていた。


 すなわち、彼女は本気になった。


 悍ましいほどの殺気が暴風となりルーカスを襲う。しかし彼は微動だにしない。何を今更とばかりに堂々と立っている。


「ここからが本番だ。本気といこうではないかッ!」

 

 叫び、手を前に出して詠唱を始めた。


「蒼き銀よ、猛き竜となりて………」


 聞いたこともない詠唱。けれども明らかに危険な技を放ってくると感じたルーカスは身構え、ブーツのギミックを作動。その途端に、


「……その顎門を開け。蒼銀竜の顎門ミスリル・ファング

 

 タイムリミットが訪れた。床から形成されていくのはゴツゴツとした蒼銀の竜。あたかも本物の竜のように動くそれはまさ生ける彫刻。それが二体。

 

 その凶牙は肉体のみならず固き意志も噛み砕かんと物語っていた。


「「キシャァァァァァァァァァァァァ」」


 主の命に従い、甲高い咆哮を上げてルーカスに襲いかかった。


 ルーカスは先程の経験を思い出す。灼熱剣ならばあのミスリルの壁を突破できた。ならばコイツらに対しても有効だろう。


 ホルスターから灼熱剣を取り出し投合。空中で白熱化した魔剣二本がそれぞれの口に吸い込まれるように飛んでいった。


 だが、


 (効かないッ?!)


 口の中に入っていった魔剣は突破することなく、刺さったまま次第にミスリルに融合されてしまった。


「此奴らはな、金属を食らうのだ。口に入ったものは全て胃袋に行く」


 やはりそうかと納得がいくルーカス。飛び道具のほとんどが金属製の彼にとっては厄介極まりない相手だ。


 だが、真に厄介なのはここからだった。ミスティアが意味深なことを言い放ったのだ。


「ただな、魔法は食えない。万が一口に入ると吐き出して・・・・・しまう」

 

 それを聞いたルーカスには悪寒が走った。彼の魔道具は魔力を込めて使うタイプだ。実質魔力が素材、金属にこもっているというわけであり、奴らは咀嚼中。もし体内で分けているならば……


 悪い勘が当たってしまった。


 奴らの口から熱線が放たれ、空気を切り裂き焼き焦がした。二本の凶悪な、触れるだけで火傷では済まされなくなる死のレーザーがルーカスに襲いかかる。


 焦ることなくブーツを作動。次の瞬間には雷で加速して高速で逃げ回った。それに追従するように熱線が壁を、床を溶かしながら抉る。


 その光景を横目で見ながら「我ながら恐ろしいものを作ってしまったな」と内心で思うルーカス。あの熱量を生み出すためには相当な魔力が必要になるのだ。魔道具は魔力を込めれば込めるほどその効果を高めることができる。キャパというものはあるが、容量の限界まで高めることができるのだ。


 それゆえに限界まで魔力を込めて最大火力を実現しようと作ったわけだが、まさかこのような形で己に牙を剥くとは思ってもいなかった。


 それでも、逃げながら次の一手を思案するルーカス。ここでホルスターから抜いたのは三本のナイフ。それらを指の間に挟み、追撃を仕掛けようとしていた彼女に向かって投合。


 選んだのは氷結剣。空中で霜を降らせながら飛んでいき、対象を凍てつかせんと矛先を向けた。


 対してミスティアは一、二本目をバックラーで弾き、三本目をレイピアで弾き返す。凄まじい冷気のせいなのか凍傷を負ったが意にも介さない。距離をとって攻撃を仕掛ける彼を目障りだと思ったのかまたもや詠唱を始めた。


「蒼き銀よ、立ちはだかる壁となれ……蒼銀壁」


 次の瞬間、進行ルートを遮るような壁が床から隆起した。分厚く金属特有の冷たさを持った壁が。


 いきなり現れた銀壁に思わず足を止めたルーカス。後ろからはすぐ熱線が迫ってきている。錬金術で壁を突破すればいいのでは? と考えられるのだが、それでは間に合わない。


 誰が見ても詰み。


 だが、彼はニヤついた。すなわち、「かかったな?」と。


 壁に足を乗せて跳び、そのまま反対側へ。轟音が鳴り響き、壁を粉砕し、一条の閃光が空を裂いた。


「ッ!?」


 思わぬ行動に驚きを隠せないミスティア。熱線が既に迫っているというのにそれをスレスレで躱したのだ。実に肝が座っている。常人の成せる業ではない。


 そしてミスティアは気づいていなかった。悲鳴が聞こえるまで。


「キシャァァァァァァ!?」


 蒼銀竜たちは彼を追って熱線を放っていたはずが、片方が熱線を当ててしまい胴体を削っていたのだ。もちろん、熱に耐え切れるはずもなく溶解し、断末魔を上げることも許されずに消えてしまった。


 彼がわざとそうなるように逃げるルートを決めていたのである。氷結剣は操作を鈍くするための囮だった。


 となれば……冷や汗をかきながら後ろを振り向いてやっと気がついた。


 ————熱線が自分に襲いかかっていることを。


 蒼銀竜は彼女が操るものであるが、所謂オート状態にもできる技だ。これを使ってルーカスに狙いを定めていたのだが、今回はそれがあだとなった。


 彼は技の性質を見破っていたのだ。だから逃げていた。それだけで反撃になり得ると計算していたから。


 彼女は跳んで熱線を回避。そのまま術を解除しようとするが、そうは問屋が卸さない。


 解除される前に熱線に向かって氷結剣・・・を投げたのだから。これが何のはたらきをするのだろうか。簡単だ。


 剣が熱線に触れた瞬間、凄まじい爆発を起こした。近くにいた蒼銀竜は木っ端微塵に吹き飛び、真っ白な水蒸気が部屋全体を包み込む。目論見通りに煙幕を張った。


 突然の爆風と煙幕に目を瞑る彼女。いきなりのことで理解が追いついていなかったからなのだろうか、致命的な隙を作った。


 爆音が収まり目を開けると——————彼がいた。


 片手にナイフを持って突き刺さんと突撃してきたのだ。しかもそのナイフときたら放電している。


 魔道具『纒雷剣』。電気を纏ったそれを彼女の心臓に突き刺そうとするルーカス。今しかない、このチャンスを逃すものかと必死の形相で迫る。


 不意を突かれた彼女は驚きに目を見開き、次の瞬間にはまた冷たい目となった。直に目を合わせてしまった彼に悪寒が走る。そして、


「…蒼銀の牢獄ミスリル・プリズン


 小剣は届くことなく、彼女の術に嵌ってしまった。床が隆起して何本もの細い棒が出来上がり、彼を封じる檻となったのだ。しかも詠唱がなかった。元からできたのだろうか。


「まさかここまでしぶといとはな。ここまで追い詰められたのは貴様が初めてだ。誉めてやってもいいぞ」


 ともかく、今はマズイ状況になった。彼女は「終わりにしてやる」と一言。ルーカスは錬金術で脱出しようと檻に触れるが、同時に針が発生し妨げられてしまう。


 そして、


「蒼き銀よ、大地の怒りを具現し……」


 またもや詠唱を始めた。詠唱の有無の違いはよくわからないが、この場合は大技を仕掛けてくるであろう。彼を閉じ込めたのもその準備とも思えた。


 そうはさせるかとルーカスは使い損なった纒雷剣を投げつけた。が、彼女は詠唱を続けながらもレイピアでそれを弾き、遂に術を完成させてしまった。


「かの者に悔いと苦しみを与えよ…蒼銀の裁きミスリル・ジャッジメント


 刹那、床から夥しい数の棘がルーカスを囲うように発生し、串刺しにせんと襲いかかった。それはまさに拷問。否、処刑台とでも言うべきか。


 錬金術では間に合わないと咄嗟に判断した彼はペンダントで己を覆う球状結界を発動。小さい分堅固な結界は見事にそれらを食い止めることに成功した。


 はずだった。


 彼の目の前で結界にヒビが入っていたからだ。ピキピキと音を立てて亀裂がどんどん広がっていく。その原因は他のよりもずっと鋭く尖った棘だった。位置からして伸びる先はルーカスの首。


 すなわち「終わりにする」の言葉通り、止めの一本ということだ。


 そして容赦なくタイムリミットは訪れた。とうとう突き破って伸びた棘は狙い違わずルーカスの首へ。


 その途端、棘がピタリと止まった。


「え?」


 目の前には思わぬ光景があった。


 こんなところにあるはずもないが、棘を絡めて止めていたのである。そして次の瞬間には見えざる何かが棘をバラバラに切り刻んで地に落とした。


 (無理しないで……頼ってよ、ルカ)

 (おまえは一人ではない……ルカ)


 懐かしい声が耳元で聞こえた。それは彼に大切なことを思い出させた。


 (僕は……なんて馬鹿だったんだろう……)


 いつの間にか、彼は一人で戦おうとしていた。自分の不甲斐なさに押し潰されて、自力でなんとかしようと思っていた。自力でこなすことができて越したことはない。自力でできないのは正直甘えだと思っていた。


 子供の頃———孤児だった頃からそうやってきたのだから。


 だが、一人でなんでもこなそうとしても無理がある、限界がある。個人には長所・短所、得意・不得意がある。


 だから人は支え合って生きるのだ。互いの良いところで補い合って初めてバランスを取るのだ。


 そんな大事なことを忘れていた。ここに入ってからも、ずっと助けられてきた。命を繋いでいてくれた。それなのにどうして忘れていたのだろう。


 彼は己を叱咤した。そして心を改めた。


 (二人とも、僕に力を貸してくれ!)


 そう願った瞬間、今の今まで覆っていたミスリルの棘がバラバラに切り刻まれ、彼を解放した。


「なっ?!」


 彼女はあり得ない状況に困惑しているようだ。当然だろう。あの状況で抜け出すなど不可能にも等しいのだから。


 困惑する彼女に目もくれず彼は一条の光となり肉薄。黒き剣が風刃を纏って迫る。彼女は咄嗟にバックラーで防御しようとするが、下から突風が吹いて盾を上に上げられる。


 (風狼!)


 風狼が作ってくれた隙。露わになった首目掛けて剣を振るった。だがレイピアで止められた。彼女の反応速度も尋常ではない。鍔迫り合いをしながら後退りして風刃のリーチから外れようとするミスティア。


 だが、その動きは見事に止められる。足元から蔦が発生して固定しはじめたのだ。太く、強靭な蔦である。その間にルーカスはレイピアを弾き飛ばすが、剣が折れてしまった。首を切るのは不可能だ。


 しかし、ここは二人がつくってくれたチャンス。今度こそ、止めを刺すのだ!


 剣を投げ捨てて、もう片方の手でホルスターから取り出したのは纒雷剣。最後の一本を思い切り彼女の胸に突き刺した。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

  

 雄叫びを上げて剣にありったけの魔力を込めた。剣が次第に輝きを増し激しく電気を散らす。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 彼女は雷に焼かれ、悲鳴を上げた。しかし、これではまだ足りない。限界まで魔力を込めた。


 その瞬間、轟音とともに激闘の五十階層が白く染まった。



-----



 光が収まると剣が胸に刺さったまま黒焦げになった彼女が見えた。ルーカスも身体のところどころが焼け爛れて重症といったところだった。肩で息をしながら、それでも生きていた。


 彼女が口を開く。


「……おも…しろい…やつだ…な。よかろ…う。しかく……しゃ…だと…みとめ…よう」


 それを最後に、彼女は一言も喋ることなく、塵になって消えていった。

 

 それを見てバタンと倒れるルーカス。安堵したからである。


「終わっ……た」


 目眩がする。吐き気もする。もうすぐ死ぬんじゃないかとも思えた。あれだけの魔力を使ったのだ。魔力枯渇を起こしてもおかしくはないだろう。


 だがここで死んでは勝った意味がない。二人が紡いだ命を無駄にしてはならない。使命感に駆られて生き延びるべく、ルーカスはポーチから薬を出した。使わないよりは楽になるだろうと考えたのである。


 薬を飲みしばらくここで休むことを決めたルーカスなのだった。

 

 (風狼……シルヴィ……二人ともありがとう)


 優しい風が、その場に吹いた。

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