第10 話 奈落の滝壺


 一通り準備を終えたルーカス達はその後も歩き続けた。三十層目の扉を開けて階段を降りてきたわけなのだが、そこには迷宮とは思えない光景が広がっていた。

 

 そこは、幻想的と言うに相応しい場所だった。本来暗いはずの洞窟が青い光で照らされていたからだ。光源は……ところどころにある水溜り。発光バクテリアか何かなのだろう。天井には水模様が映し出されて非常に美しい。


 ピチャンッ


 水が滴る音がどこからともなく聞こえてくる。岩肌から噴き出している湧水はチョロチョロと水脈を伝って流れている。水音というのはここまで落ち着くものなのかと実感できよう。


 静謐。そんな言葉がぴったり合う。


「こんな光景は生まれて初めて見るな」

 (そうだな)


 彼らは感嘆とした声を漏らした。やはりお目にかかれない光景なのでその目に焼き付けたいのだろう。もちろん、ここがどこなのかも忘れてはいない。入った者を容赦なく潰しにかかる迷宮なのだから。ルーカスは奇襲に備えて常時剣の柄を握りしめ、風狼は魔力探知と聴覚を研ぎ澄ましている。


 彼らは万全の態勢でマッピングと階段探しを進めていた。歩みを進めていたそのとき、ルーカスが違和感を感じた。


「魚?」


 足元に水揚げされた魚が一匹いたのだ。それも金魚くらいの大きさしかない魚で鱗が仄かに光っていた。どうやらこの光景を創り出していた張本人のようだ。本来の居場所たる水辺からどう放り出されたのかは知らないがピチピチと跳ねている。


 (ルカ、迂闊に触るな)

「わかってる」


 風狼から警告が飛んだ途端にルーカスは魚から距離をとった。両者ともこの異常事態に気がついていた。魚が水揚げされたなら跳ねる音が聞こえてくるはずなのに聞こえてこないこと。風狼に限定されるが魔力探知でも反応がなかったこと。


 それらを以て早くこの場から去ったほうがいいと案じたそのときだった。


「ピィギャァァァァァァ!!」


 身動きできぬと思われた魚は泳ぐようにズリズリと滑りながら彼らに襲いかかってきた。スピードもかなり出ており、のこぎりの如き歯を見せながら喰らい付かんとしている。


 彼らの本能が警鐘を鳴らす。それに従って両者とも魚の進行方向から逸れるように避けた。直前の鳴き声がなければやられていたかもしれない。あんなちっぽけな魚であっても、あの凶暴さでは手をつければ一瞬で殺されかねない。


 凶悪な魚。既存の生物で例えるならば『ピラニア』が近いだろう。標的に喰いつけなかったピラニアは方向転換することなく直進。そのまま水溜まりに落ちて戻ってしまった。


「な、なんだったんだ? あれ」

 (凶暴な奴だったな……)


 そう戦慄しながらも、いなくなったのを確認してからルーカス達は先に進んだ。発光石のランプを片手に警戒心MAXで身構えながら。と、進んだ先で異様な光景に出くわした。光の届かぬ真っ暗な奥に、小さな光の粒が数十個見えたのだ。

 

 場合によっては強行突破しなければならないと思い、ルーカス達は己の武器を構えながら近づいてみる。その正体を探るために。否、その正体を確認・・するために。


 鼻をつくような異臭が漂ってくる。「ピギャァ」という鳴き声が聞こえてくる。やはりあのピラニアだ。恐らく異臭の発生源は何かの死肉だろう。このピラニア、どうやら群がって死肉を喰らっているらしい。気味が悪い肉食魚だ。


 もっとも、気味が悪いのはその食性だけではないのだが。第一に図体が大きかった。それも先程の個体とは比べ物にならないほどに。先程のはたった十数センチくらいしかなかったのに対し、今見えている個体は一メートルくらいになっている。


 ついでに言うと前足も生えていた。三本指でひれがついた魚人を思わせるような足だ。おまけに顎も発達している。


 一体どんな生態をしていればこんな姿になってしまうのか。死肉を貪る奴らを見て答えが出た。


 群れの中に、最初に見たのと同じくらいの大きさのピラニアがいたのだが、喉に飲み込んだ直後にメキメキと成長したのだ。小さかった体はみるみる巨大化し、胸鰭が三本指の形状に変わりそこから腕が生えてきた。


「ピギャァァァァァァン!」


 それはまさに産声と言うに相応しい鳴き声だった。あたかも生まれ変わるように鳴き、知らしめるように洞窟の中を響かせる。


 急いで階段を見つけよう。風狼に目配せしてそう伝え、風狼もコクリと頷いたが既に遅かった。気配を察したのか化けピラニアは後ろを振り向いてルーカス達を見つめていたからだ。ギョロリとした目がこちらに向く。何を考えているのかわからないような狂った目が。

 

 その瞬間、


「「「「ピギャァァァァァァァァァン!!!」」」」


 釣られて振り向いた化けピラニア達も彼らを視界に捉えて鳴き声を上げた。一匹だけならまだしも十数匹集まれば耳に効く。だが耳を塞ぐ余裕などない。何故なら集団で襲い掛かってきたのだから。


「ッ!? クソッ!」


 強行突破しかないと抜剣するルーカス。風狼も風刃を纏わせて徹底的に殺しにいく姿勢を見せた。迫り来るピラニア達。這いずりながら新鮮な食事にかぶりつこうと牙を向けたそのとき、ルーカスは剣を大きく横に振った。


 放たれた一薙ぎは風の刃を作り出し、今にも喰いつかんとしていた奴らを真っ二つに両断した。さらに追い討ちをかけて何回も切り刻んだ。剣の扱いにも慣れてきたゆえに試したルーカス流の剣技だ。魔道具と組み合わせることでできた技である。


 宙に肉片と血飛沫が舞う。死んだというのはたしかなことだが、狂ったような目は相変わらずだ。


 (うむ、見事な技だ)


 出る幕がなかった風狼だが、ルーカスの成長ぶりに感心していた。己の風刃の技と比べても互角かもしれない。


 しかし一匹逃したようだ。肉片の山からひょっこりと出てくると、あのけたたましい声を上げた。もっとも、少しばかり違っていたのだが。


「ピギォォォォォォン!!」


 今までとは違う鳴き方に嫌な予感がするルーカス達。まさかと思い恐る恐る後ろを振り返ると……


 数百匹もの化けピラニアがいた。大きなもの、小さなもの、中くらいのもの。大きさは違えどすべて同じピラニア。発達した牙をガチンガチンと鳴らしながらこちらを見ていた。発光する模様と血眼が怪しさを余計に引き立てる。


 (……逃げるぞ!)

「…ああ!」


 顔を青ざめさせて戦慄する彼らは逃げようと決めた。あの数を殲滅するのは現時点で不可能と判断した結果だ。風狼は風を纏って走り出し、ルーカスはブーツに魔力を込めて走り出した。


 ここから、生死を賭けた持久走が始まった。


 雄叫びを上げて彼らを追うピラニア達。まるで「飯だ! 飯だ! 総員かかれー!」とでも言っているかのように見えた。


 そんな奴らを横目になんとか数を減らせないものかと打開策を練るルーカス。風刃でも攻撃できる範囲は限られてくる。灼熱剣も当たらなければ有効打にならない。ここは電撃石サンダーストーンの出番かと思われたそのとき、


 (そうだ! アレを使おう)


 新作の魔道具の存在を思い出した。ここは浅くとも水辺。アレを使えば足止め程度にはなるだろうと考えたのだ。ルーカスは腰のホルスターから一本のナイフを取り出し、風狼に飛び上がるよう指示してから自分も飛んだ。


 ピラニアは飛んだ獲物も逃さぬと跳ね上がろうとするが、既に遅かった。上から投げられたナイフが地面に刺さるのと同時に、水辺を凍らせてしまったからだ。


 魔道具『氷結剣』。凄まじい冷気を放つそれは、水の恩恵を受けた奴らを瞬く間に氷漬けにしていく。物言わぬ氷塊が一つ、二つと増えていく。後に続いたピラニア達は氷漬けを免れたが、それでも足元を凍らされて動くことを許されなかった。


 (本当に凄まじいものだな……)

「だろ?」


 ただし、その効果の持続時間は約五分といったところ。凍死したものはともかく、タイムリミットが来れば氷も溶けて再度動けるようになってしまうだろう。時間を稼いだ彼らは地面に着地すると先を急ぐべくまた走り出した。


 もちろんその後も災難に遭ったのは言うまでもなく、体力と知恵が試された。


 あるときは池からピラニアが襲い掛かってきたり、またあるときは上から落ちながら噛みつこうとしてきたり。前者は奇襲に気をつけながら対処できたのだが、後者はなかなか厄介だった。


 後者に関しては厄介なのもそうだが、びっくりしたとも言うべきだろう。何故上から降ってきたのか。そう思って見上げると、天井に水溜りができていたのだ。もちろん水面が下に向いているものである。物理法則を完全に無視したギミック。自然にできたとは到底考えられない光景だった。

 

 さて、そんなこんなで不思議な光景と容赦なしのトラップが待ち構えるデスレースを続けて三十五階層目まで降りてきた。相変わらず足元は水浸しだが、この階層である変化があった。


 鍾乳洞だ。幾千年もの時を経て水が滴る如く形成されたそれは美しく、自然が作り出したものの凄みを感じさせる。もっともここは迷宮の中なので『怪物の口の中』という表現のほうが似合うかもしれない。


 ただ問題もあった。この階層のどこにも階段が見当たらないことである。今までは階段か区切りが良い階層だと扉があったりしたのだが、その扉すらも見当たらない。ルートを間違えて詰みという可能性も考えられる。


 一度戻ろうかと考えたルーカスだったが、時すでに遅し。化けピラニアの群勢がここまで迫ってきてしまったのだから。凍結による足止めは効果ありではあったが、やはりタイムリミットは来てしまったようだ。


 その数は千を優に超えているだろう。それだけいればもうこの空間もすぐに埋まってしまう。地にいるのは危険だと感じたルーカス達はそれぞれ上に跳び上がった。途中で何匹か飛び跳ねて喰らい付こうとしていたが、ブーツの風のジェットで押し返した。


 ルーカスはそのまま鍾乳石に掴まって、足に結界を展開し足場を作った。風狼はというと風を足に集中させて浮かんでいる。とんでもない芸当を見せてくれるものだ。曰く「二百年間鍛えてきたのだから当たり前だ」とのこと。


 それはともかく、今の状況は相当マズイものである。何かの拍子で下に落ちてしまえば生き残れる可能性はほぼ零に等しい。


 奴らは新鮮な食事がいつしか落ちてくるのを待っている。獰猛で凶悪な食性の奴らは「はよ落ちてこい!」と言わんばかりに飛び跳ね続けている。


「氷結剣でまた凍らせる?」

 (うーむ、ここは水が浅いからな……)


 水が浅いため氷漬けにするのは難しいと主張する風狼。ルーカスも使える魔道具は限られているため考えて使わなければならない。実際、氷結剣も元は十本あったのだが、ここに来るまでに足止め役として八本使ってしまい残り二本と厳しめである。


 下は地獄。この場を切り抜けるためには奴らを殲滅しなくてはならない。それしか方法がなくなった。


 と、そこでルーカスが風狼にこう言った。


「風狼、少し背中に荷物乗せていい?」

 (? 構わんが…何をするつもりだ?)

「ちょっと良い方法を思いついたんだよ」


 頭にクエスチョンマークを浮かべながら背中を貸す風狼。ルーカスが背負子から取り出したのは、組立式の金属器。


「……使うしかないか」

 

 そう言いつつパーツを組み合わせてできたのは、柄が付いた筒。再度背負子を背負い鍾乳石に掴まって構えをとる。


 (……それは一体……)

「まぁ見ててよ。上手くいくかはわからないけど……そうだ、空気の確保を忘れないで」


 部品に液体の入った瓶をセットして魔力を込める。


 次の瞬間には筒の下からスプレーのように液体が吹き出た。それを下に向けて発射。風狼には何をしているのかわからなかった。それよりも「空気の確保」とは一体…。


 そうこうしているうちに答えが出た。


「僕の新作、とくと味わうといいよ!」


 筒の奥が光り出し、そこから放たれたのは小さな火の玉。マッチ程度の大きさしかない火玉だ。やはり試作品なので不発だったのだろうか。


 否、そんなわけがない。

 

 火玉はすぐに大規模な炎の津波へと変わったのだから。


 魔道具『魔導式火炎放射器フレイム・スロワー』。砲口から火玉を放つだけの機能しかない魔道具が何故ここまでの火力を出せたのか。それは最初に撒いた液体が原因だ。


 その液体とはバーンの実の油、すなわち可燃性の液体。本来なら焚き火を起こしたりする際の燃料として使われるのだが、ルーカスはこれを攻撃手段として使えないかと考えたのだ。魔道具自体は前に作った物だが、この油を入手してから周辺に撒くための部品を取り付けてやっと完成した。


「「「「ビギァァァァァァァァァァァァァァァァァン」」」」


 竜のブレスの如く放たれた炎は瞬く間にピラニア達を焼き尽くし、あるいは小規模な水蒸気爆発を起こしていく。油なら水を弾くのではと思われているだろうが、そこはご安心を。着火して燃えているときの温度は摂氏六百度ほど。水など無意味に等しく、むしろ悪手だ。


 (薄い)水のバリアというアドバンテージを逆手に取った戦術だ。空気を確保するよう指示したのは一酸化炭素中毒にならないようにするためである。


 その光景を目にした風狼は内心で心強い人物と評価し、逆に敵に回すと怖いとも思った。二百年もの時を生きていても知らないことや驚愕することはまだまだ沢山あるのだ。


 「汚物は消毒じゃあ!」と言わんばかりに放射するルーカスだったが、だんだんと炎の出力が低下してきた。油が尽きたからだろう。瓶に足せばもう一度使えるようになるが、生憎砲身が赤熱化しており耐えられそうにないため休ませることにした。


「ふう……こんなもんか」


 もっとも、全滅させたようなので使う必要も無くなったのだが。地面の水はすべて蒸発してしまい、あったのは奇妙な焼き魚の山だった。断末魔を上げることもできずに消し炭になっていったと考えると戦慄に似たようなものを感じる。


 (本当にとんでもないことをする奴だな…)

「こっちだって命賭けてるからね。使える物は全部使っていくよ」


 時と場合にもよるが基本的に出し惜しみは一切しない。


 ……出し惜しみはしないのだがどうしても惜しんでしまう。ルーカスが一つ一つ丹精込めて作った魔道具なのだ。愛着が湧いてしまうのも無理もない。この手の魔道具は試作品ゆえに使い切りになってしまうので尚更だった。


 ともかく、無事に危機を乗り越えて安全であることを確認しながら下に降りた。辺りは死体の山を除けば当然更地である。


 しかし部屋に変化が起きていた。というのも、入り口の反対方向に先程まで見当たらなかった扉がいつの間にか出現していたのだ。ピラニア達を殲滅することが条件だったのだろう。


 行き止まりでないことにほっと胸を撫で下ろしたルーカス。安全も確認できたので準備も兼ねてここで休憩しようと提案した。


 ———そのときだった。


「「「「ピギャァァァァァァン!!」」」」


 奴らが再び現れたのだ。


「……ウソだろ」


 ルーカス達はすぐさま走った。もちろん扉に一直線で。休ませてくれるほど甘い環境ではないようだ。そんなところは流石迷宮と言ったところか。


 ただ風もないのに扉は自然と開いていった。奥には別の部屋が見える。あそこに駆け込むしかない。ルーカス達はスピードを上げ、扉目掛けて走り続ける。


 扉の先を越えるとピラニア達が入ってくることはなくなった。結界でも張られているのだろう。


「あ、危なかった……」


 肩で息をするルーカス。一難去ってまた一難と言ったところか。休む暇もなく追われたのだ。息が切れそうなのも当然である。


 この部屋なら安全だ。


 ————と、思われたそのときだった。

 

 (——ルカァァァァァァ!!)


 突然、風狼が叫びながら彼に体当たりしてきたのだ。もちろんそれに気がついたときには吹き飛ばされており、強制的に地面に転がされた。


 痛みが全身を襲う。しかし頭の中はどうして風狼が体当たりしてきたのかという疑問でいっぱいだった。どうしてと聞きたいルーカスは風狼がいた方向を見て、絶句した。


 その衝撃の光景に。


「……え? なんで……」


 風狼が胴を切断されていたからだ。当然ながら出血量も尋常ではなく、地面はあっという間に血溜りができていた。目も虚になっており今にも死にそうだ。口をパクパクさせながら一言だけ、


 (気を……つ…けろ………気配が……)


 気配……その言葉を聞いたルーカスは後ろを振り向く。


「キュァァン!」


 なんと湖の水面から頭を出した巨大な蛇——否、鰭がついた水色の鱗の水竜がいるではないか。何故だろう。水面から顔を出すなら少なくとも水音ぐらいは聞こえるはずなのに。風狼から教えてもらうまでまったく気がつかなかった。


 そしてまさかと思う。まさか風狼が真っ二つにされた原因は……返ってきた。攻撃してくるという形で。


 水竜は頭を振りかぶり、水のブレスを放ってきた。激流とも鉄砲水とも言える破壊力を持つそれはレーザーの如くルーカスに襲い掛かる。


「ッ!」


 生命の危機を感じた彼は咄嗟に飛び退いた。刹那、今の今までいた場所に深い傷痕ができる。地面を抉るほどの威力。喰らったら真っ二つにされるのもおかしくはない。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 雄叫びを上げてルーカスは突撃した。何故かと言われれば早くらなければ危険だと感じたからであるが、風狼がやられたことへの怒りが湧いてきたからというのもある。


 なんとなく理解ができた。やはり気配を感じないのは化けピラニアをはじめとする魔物の能力なのだろう。風狼が伝えたかったことは「気配がわからないから十分警戒しろ」ということだ。あの風狼を以てしても探り切れなかった驚異の能力。気がつかぬうちに殺されるのもあり得ることだ。


 ともかく、早期決着で臨むしかない。そう考えた彼はブーツの機能を起動させながら剣をギュと握りしめている。再度水ブレスが通るが、当たってはいないのでお構いなしに接近。


 (やるしかない! 僕だけで!)

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 剣から凄まじい勢いで風の刃が形成される。最大出力の風刃は通常の数倍もの長さである。片手剣ではあるもののそのリーチはもはや大剣。奴の太い首を刎ねるのには十分だろう。

 

 彼の殺気に押されたのか水竜は一瞬だけ怯み、水中に潜ろうと試みる。しかしそのときには彼が振るった刃が首に食い込んでいた。


「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 いつかと同じような叫びを上げて剣に魔力を思い切り流し込む。魔法陣がさらに輝き風の刃はどんどん切れ味を増していった。徐々に肉を裂いていく感覚が伝わり九割ほどいった途端に————押された。


 見ると鱗から水刃が飛ばされているではないか。高水圧のカッターが鱗を媒介に発現している。恐らく魔法なのだろう。首の辺りでは風刃を押し返さんとし、その他の鱗はルーカス目掛けてミニ水圧カッターを飛ばす。


 もう首は半分以上切れている。だというのに、首の皮が一枚繋がっているだけでまだ生きている。生命力は計り知れない。


 ここで退けばコイツの首を斬れずに終わってしまう。そうなれば確実に彼も殺されるだろう。退こうにも退けない。避けようにも避けられない。この一瞬で掴み取った千載一遇のチャンスで決めなければならぬ!


 ルーカスは奮起した。飛刃が彼のところどころを掠るがお構いなしだ。浅い傷もあれば深い傷もある。もちろん薬を使えばすぐに治ってしまうが、それはあくまでも生き残った場合だけだ。生き残らなければならぬ。


 しかし現実は残酷だ。現に己が刃は押されている。あと数秒もすれば傷口からすっぽ抜けてしまうだろう。


 剣がギチギチと音を立てる。魔力容量が限界に来ているのだ。魔道具にも魔力のキャパシティというものはある。あまりにも莫大な量を流し込んでしまうと耐えきれずに破損してしまうのだ。


 忘れていたわけではない。何度も言うがここで決めねばならない。ゆえに無茶でも何でもしなければならないのだ。


 水刃に押される風刃。その間に奥から首は繋がり、傷口などなかったように再生していく。恐るべき再生能力。あともうちょっとだったのに。後悔・諦めの言葉が頭をよぎる。


 剣を振る力も限界だ。非力な人間の限界だ。次第に押されているのがその証拠である。


 ルーカスの剣が押される感覚を感じた———-


 ———水竜の首の方向に。


「ッ! これって……」


 ルーカスは気がついた。風刃をさらに風刃が押していたのだ。しかも大剣もかくやという特大の風刃だ。


 そうだ。戦っているのはルーカス一人ではない。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 今度は水刃が押され始めた。二つの風刃はそのまま止まることなく肉を切り裂いていく。押そうとしていた水刃は一瞬のうちに散って主を守ることはなかった。


 そのまま突破を許してしまい———首が吹き飛んだ。


「キュァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 血飛沫と共に断末魔を上げる。巨大な体と頭は、そのまま湖へと落ちて水飛沫をあげながら消えていった。もちろん、湖が赤く染まったのは言うまでもない。


 同時に剣がパキンッと折れた。否、剣身が粉々になったと言うべきだろう。柄だけになってしまった。


 そんなことはどうでもいい。ルーカスがすぐさま向かったところは、


「風狼ッ!」


 真っ二つになった風狼のもとである。


 (ル……カ…ス。あぁ……無事で…よか……た)


 そう聞こえたかと思うと、風狼はゴフッと血を吐いた。そしてそのまま動かなくなった。


 ルーカスは涙目になりながら風狼の名を連呼する。死んでほしくない。そんな気持ちでいっぱいだった。しかし触ってみるとやはり冷たい。受け入れたくない事実。


 風狼は死んだ。

 

 だがルーカスは涙を堪えた。彼の言葉を思い出したからだ。


 ————身体を張って守ってやる—————


 そう言えたのは死ぬ覚悟をもっていたから。なるべくしてなったのだから彼に後悔はないのだろう。泣いてもいいかもしれないが、それでは風狼に顔向けができない。


 それに目的はまだ果たしていない。彼女を探し出すことを。生き残らせた意義を考え、ルーカスは弔いをポツンと一言。


「……守ってくれてありがとう……」


 そして安らかに眠ってくれと思いながら、ルーカスは部屋を後にするのだった。

 

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