第7話 妖精少女シルヴィ


 ゴポッ


 気がつくと、私は水の中にいた。水というより…なんて言えばいいんだろ。羊水って言えばいいのかな。とっても温かくて優しく包み込まれている感じがする。


 (目覚めなさい……シルヴィ……)


 どこからともなく声が聞こえてきた。一体誰?


 (あなたは誰なの?)


 聞いてみた。声の正体を知りたかったのもそうだけど、どこでどうやって届けているのかも知りたかったからだ。けど答えてはくれなかった。


 落胆した。ここはどこなのか、何故私はここにいるのかもわかると思ったのに、と。けれど優しい声だった。母親なのだろうか? よくわからない。


 そんなことを思った次の瞬間、重力が加わった。落ちた感覚が伝わったけど、周りの液体のおかげなのか衝撃はそれほど伝わらず怪我はなかった。何が起こったんだろ?

  

 満を持して目を開けると、淡いピンク色が視界を埋め尽くしている。外の光に照らされたその色は見とれてしまうほど美しかった。


 そして———急に息が苦しくなった。肺に水が入ったせいか呼吸が出来なくなったのだろう。咄嗟に手を伸ばす。早くここから出なくちゃ。


 手を伸ばした方向に液体が溢れ、


「——ケホッケホッ!」


 外に出るのと同時にせた。肺から液体を吐き出すべく酷く咳をし再び目を開けた。少しぬめりのある濡れた肌、水が滴る髪、後ろを振り向くと雌蕊のあたりがパックリと破れてびしょ濡れになった大きな花があった。


 瞬時に理解できた。


 私は生まれた。



-----



 目覚めた場所は森だ。木々や植物が生い茂る森。風がピューと吹いた。


 ……寒い。よく考えたら今の私は素っ裸だ。人はいないようだけど、なんだか恥ずかしい。そういうことも兼ねて何か着るものを探した。結果から言うと無事に見つかった。あの大きな花の花弁。人一人を包むには十分な大きさだったのでそれを羽織った。

 

 (誰かいないか探してみよう)


 ここがどこなのかはわかるかもしれないので人を探すことにした。情報集めは基本中の基本。何も知らないよりも知っていた方が良い。そうと決まれば、私は長く続く獣道を歩いていった。


 それにしても不思議な感じがする。風が吹けば木々や植物が揺れるのはそうだけど、それとは別の変な感じ。どう言えばわからないけどポワポワしてるというか何というか。


 耳を澄ませてみても、同じく変な感じがした。


 ————「おひさまのひかり、あったかーい」—————-


 (何の声?)


 聞いたこともない声が聞こえてくる。いや、聞こえてくるというよりは脳に語りかけてくる感じがした。一体なんだのだろう。気になった私は日向になっているところを探してみる。


 目に入った場所には花々が咲いていた。近づいてみるとまたもや声が聞こえてきた。


————「おひさまポカポカー」————-


 もしかしてお花さんたちの声? となるとこれは、花々の声を聞くことができるってことかな? あまりにも信じられない。じゃあ逆にこちらから花々に話せるのかな? と思ったけれどできなかった。……ショボン。


 そんなこんなで探索を進めながら歩くうちに喉が渇いてきた。そうだ、水を探さなくちゃ。水がないとどんな生き物も生きることができない。必要なものだ。ということで、水も探すことにした。


 と思った矢先にが現れた。草むらからゴソゴソと音を立てて姿を現す。緑の毛並み、長い耳、そしてつぶらな赤い瞳。そこまで大きくないふわふわの毛玉みたいな兎だった。


 ただ、額に一本角が生えていたけど。


「キュー」


 鳴き声がとっても可愛い。その場でピョンピョン跳ねてて、まるでダンスでも踊ってるみたい。その様子に癒やされたのも束の間————物凄いスピードでこちらに向かって来た。頭を少し下げながら。


 ……これマズイやつだ!


 悪寒が走った私は咄嗟に兎の進行方向から退いた。刹那、兎が通り過ぎたのと同時に少しではあるものの風が巻き起こった。鳥肌が立った。もし私かあの場に残っていたらと考えるとゾッとする。ウサギこわい………。


 ハッとして振り返ると兎はピタッと止まっていた。兎は振り返りながら赤い瞳でこちらを見ている。これ完全に私狙われているよね? もうターゲットとしてロックオンされちゃってるよね?

 

 ……ウサギこわい!


 足に力を入れて姿勢を低くしている。なんとなくわかる。突進の構えだって。次の瞬間には足が爆発したように地面を蹴飛ばした。下手をすれば先程のものよりも速い。避けられるだろうか?


 いや、避けるしかない! そして逃げきる!


 私は再び避ける体勢に入った。さっきよりも出だしを少しだけ早くし、兎の進路から外れるために。またもや兎は風を生みながら通り過ぎた。よし! 今しかない! キュートな化け物から逃れるべく、私は走り出そうとした。


 そう、走り出そうとした。そこで私はミスをした。逃げ出そうとした直後に転んだからだ。原因は地面が泥濘ぬかるんでいたことだった。


 挫いたのかな? 足が物凄く痛い。


 後ろには兎が突進の構えでロックオンしている。確実に仕留める気だ。それしか考えられない。「キュー」なんて鳴き声にも愛着が感じられなくなってしまった。もはや悪魔の声だという認識の方が強かった。


 兎がさらにスピードを上げて突進してきた。殺意マシマシの突進。足の不調もあり避けられそうにない。もうダメだ。きっと私はあの角に刺されて死ぬ。確信しつつ腹を決めた。

 

 迫る兎。死ぬのは怖い。私は目を瞑り、これから待ち受ける恐怖に泥だらけの手を握りしめた。


 そして兎が肉薄し——————痛みが襲うことはなかった。


「……え?」


 恐る恐る目を開けると、兎はそこで固定されていた・・・・・・・。いつの間にか地面から生えていた蔦でグルグル巻きにされて。何が起こったのか理解ができない。ただ目の前のことが事実だというなら、急に蔦が生えてきて私を守ったということになる。


 グチャッ


 鳴ってはいけないような物騒な音を立てピタリと動かなくなった。蔦が首のあたりをキツく縛ったせいなのだろうか。兎がポックリと逝った。そして蔦はすぐに萎れて遂には枯れてしまった。


 助かったのだ。何がどうあれ助かったという事実は理解できた。


 とはいえどうして蔦なんかが生えてきたんだろう? ニョキニョキと凄いスピードで生えてきたけど、何が起こったんだろ。心当たりがない………わけではなかった。


 あのとき一瞬だったけど、あのポワポワした感覚が消えて手のあたりが熱くなったように感じた。まるで、何かしらのパワーが集まったかのように。


 真相を確かめるべく、私は先程のように手に力が集まるのを意識した。すると今まで感じていた感覚が少しだけ減り、エネルギーの流れが手に達する。そのまま流し続けるとニョキニョキと凄まじい成長速度で蔦が生えてきた。


 今度は同じ操作をしながら頭の中でイメージをしてみた。蔦があらゆる方向に動くようなイメージを。するとどうだろうか。蔦が右へ左へ上へ下へ、それもイメージした通りに伸びていった。蔦以外も生やせるのか試してみると、いろいろな花を操ることができた。


 ということはつまり、私には『植物を操る能力』がある。そう結論づけるほかない。これはこの先で使える場面がたくさんあるかも。自分の持つ能力に、私は期待を込めた。


 ちなみに兎の死体は土に埋めておいた。理由を聞かれても理屈的なものはわからないので答えられないけど、なんとなくそうした方が良いと思ったからだ。



 足に応急処置を施して、その後も私は歩き続けた。水を求めて歩き続けた。あるときは怖い顔をした猿を蔦を使って撃退し、またあるときは食べ物と思わしき木の実を見つけたりしながら。もっとも木の実は毒があったので食べられなかったけど。


 えっ? どうして毒があるってわかったのかって? たぶんこの能力のおかげだと思う。何かというと木の実が禍々しいオーラを放っていたからだ。見た目はそんな毒々しいものでもなかったけど、あのオーラといいそれを受けたときの拒否反応といい、とても食べ物を見つけたとは思えなかった。拒否反応についてはほぼ本能的なものと言ってもいいかもしれない。


 そういえば、この森には結界が張られているということもわかった。外への道を見つけて「やっと人里へ行ける」と喜んだけど、見えない壁みたいなものにぶつかったのだ。落胆したことは言うまでもない。仕方なくこの森の水源を探すことにした。


 そしていろいろな未知との遭遇を経験しつつ探索を続けて三日目、遂に泉を見つけた。お日様の光を反射しながら輝く、とっても綺麗な泉だった。


 私は喜んだ。そして無我夢中で水を飲んだ。喉がカラカラに渇いていたせいなのか余計に嬉しかったし、水もますます美味しく感じた。水面に映った自分の姿——三日間彷徨い続けて泥だらけになったのを見てふと思う。


 (水浴びもしようかな)


 そうと決まれば早速着ている物を脱いだ。そういえばこれも身体に巻くだけだと動きづらいかも。いっそのことワンピースにでもしちゃおうかな。そんなことを思いつつ、泉に足を踏み入れた。


 浅い泉の水は冷たくて気持ち良い。泥だらけだった私の身体は、あっという間に綺麗になった。ここでは不思議なことに水が一切濁らない。さっき気づいたことだけど泥が落ちたのに波紋すら広がらず全然汚れないのだ。しかも歩けば泥煙が上がるはずなのに上がらない。どうしてなんだろ?


 まぁ、よくわからないけど綺麗なのは良いことだ。そう思って髪の露を落としながら———視線に気づいた。その方向を見て、


「……あ」


 とひとりでに呟いてしまった。視線の正体は青い髪の少年だった。少し驚いた。だってこの森で人に会うことなんてなかったのだから。


 いや、もしかしたら人じゃないかもしれない。人に化けている得体の知れない何かという可能性もある。とりあえず言葉は話せる。真相を確かめよう。


 と思った次の瞬間だった。

 

「すみません、すぐにここから立ち去ります」


 少年が頭を下げながらそう言った。言い終わるのと同時に背を向けて立ち去ろうとしている。もしかして警戒されてるのかな? だとするなら弁明の余地ありだ。せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない!


「待って」


 思ったよりも大きな声が出た。そのせいか立ち去ろうとする彼は止まってくれた。よし、まずは人間かどうか聞いてみよう。


「人ですか?」

「そうだけど、何か?」

「そう、ならよかった」


 よかった、普通に人だった。ほっと胸を撫で下ろす私。見たところ武器とかも装備してるし、事情を話せば協力してくれるかも。って言っても事情は長いから頼み事だけするけど。コンパクトにまとめて、一か八か頼んでみよう。


「だったら、ここにいてくれませんか? 一人だと心細いんです」


 今の言い方に不安を覚える私。いきなりすぎた……かな? これじゃまるで私は不審者だ。もしそう感じたなら敵になる可能性もある。私は彼の次の行動に気をつけた。瞬間、彼は走り出した。


 やっぱりおかしかったかな? いやいや、そんなことはどうでもいい! 今のは早とちりした。ちゃんと事情を話そう。


「あ、待ってください! 話を聞いて欲しいんです!」


 そう言った瞬間、彼はピタッと止まった。ただし腰の剣に手を掛けて。これ絶対に警戒してるよね。でもやっぱりそうだ。誰であってもしっかりと言葉を伝えなくちゃ。そうでないと誤解を招きかねない。よし! 


 だが話そうとした直後、彼はいきなり変なことを言い出した。


「じゃあまず、何でそこにいるの?」


 えっ? なんでって言われても…


「…水浴びをしていまして」

「……どうして恥ずかしくないの?」

「えっと、それってどういう……」

 

 恥ずかしく………あ! 


 私は咄嗟に蹲った。うぅー恥ずかしい。大丈夫だよね? 大事なところとか見られてないよね!? 憶測じゃどうしようもない。うん、ここは恥を忍んで聞いてみよう。何とは言わない。何を見たかとは聞かない。


「……見たんですか?」

「見たというか、見えたというか……」


 あ、これ絶対に見られたやつだ。顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。恥ずかしくなった。でも、私にはやらなくちゃいけないことがある。


「……まぁ、それはいいとします」


 構うものか。何があってもこのチャンスを逃すわけにはいかないのだから。と思ったとき、またもや彼から質問された。


「じゃあ、もう一ついいかな。君はアルラウネなのかい?」


 ……ニューワード『アルラウネ』? なんだろ? 聞いてみようかな。わからないことは聞けることなら何でも聞いた方がいいし。


「アルラウネってなんですか?」


 そう聞くと、丁寧にも彼は説明してくれた。要約すると精霊の加護を受けて発生した魔物らしい。特徴としては草木を自由自在に操ることが————


「あっ、植物を操る能力ならありま——」


 ——私は同じミスをした。またもや早とちりしてしまった。『魔物』と言っていたじゃないか。魔物のこともよくわからないけど、ともかく何か悪いものというのだけは響きからわかった。


 だが後悔してももう遅い。脱兎の如く、彼は背を向けて走り出してしまったのだから。


「ッ! 待って——キャッ!」


 彼を追いかけようとした私だったが躓いてしまった。足を挫いたのを忘れていた。腫れた部分がジンジンして物凄く痛い。蔦で固定していたけど、勢いよく躓いたせいなのか外れてしまっていた。


「待って……ッ!」


 それでも、なけなしの声を上げて、私は諦めずに手を伸ばした。ここまでくると我ながら滑稽なものだと思う。何せこれまでの過程で同じ失敗をして、この事態を招いたのだから。自業自得だ。


 涙が出てきそうだ。ちゃんと段階を踏んで事情を説明できなかった自分に対する後悔の涙だ。一見すると被害者のように見えるかもしれないけど、決してそうではない。


 もう無理だ。私がそう思いかけた時、草むらの奥からゴソゴソと音が立った。もしかしたらさっきのやり取りを見ていた人かもしれない。そんな希望を持った私は……甘かった。


 出てきたのは大きな身体の狼。しかも涎をダラダラと垂らしていて目も正気じゃないみたい。禍々しいオーラのようなものを肌で感じる。つまり、コイツは危険だ。


 本能なのか、知らぬ間に悲鳴を上げていた。怖くて我を忘れてしまったせいなのか。今までのように自分でどうにかできればいいけど、なんだか上手く力が入らない。


 能力が思うように使えない。そういった事実もあって、ほんの少しだけ彼に助けてもらいたい気持ちがあった。


 だけど………助けに来てくれる様子はない。無理もないか。


 『死ぬ』


 兎のときは偶然だったけど、助かった。けど今回はホントに間違いなく死ぬ。現に能力が使えない。突き付けられた事実はそれだけだ。


 ずらりと並んだ涎まみれの凶悪な牙が視界に映る。


 せめて、誰かに理解してほしかった…………


 死を覚悟したその瞬間、目の前で何かが爆ぜた。


 咄嗟に目を瞑る私。今のは一体……。目を開けると既に狼はいなかった。私よりも彼に目を向けているようだ。そして狼と彼の戦いが始まった。


 どうして彼が戦っているの? そんな疑問が浮かび上がる。悪いのは私だ。なのにどうして狼と戦ってるんだ、と。


 よくわからない。彼のことなんかこれっぽっちも。けれども目に映っているのは彼が必死に剣を振って戦っている光景。よく見たらいつの間にか彼が押されている。肩に爪が食い込みつつも必死の形相で凌いでいる。


 気が変わった。今はそんなことを考えている暇はない。彼が私を助けたのなら、私も彼を助けないと。彼に応えなければ!


 信用してほしいとは、そういうことだ!


 我を取り戻した私は身体中のパワーを左手に集中させ、太く強靭な蔦を生み出した———————



-----



 あの後、狼は無事に退治されて彼に担がれていった。私は後を追った。お礼をして話をしたかったからだ。


 ちなみに髪型はツインテールに変えた。というのも能力の扱いに慣れてきたからこれで結ってみようと思ったのだ。ちょっとしたおしゃれである。静かな水面を鏡代わりに髪を纏め、蔦を動かして結ってみた。


 思いの外簡単だったけど、私ってツインテール初めてだよね………? 慣れた手つきだったものだから自分でも初めてとは思えなかった。


 率直に言うと、奇妙に感じた。まるで過去での経験があった・・・・・・・・・・かのように。


 足の不調もあって遅くなってしまったが、やっとのことで追いついた。お礼を言って、事情を話すと承諾してくれた。その途中で彼から謝罪を受けた。どうやら私が罠を張っていると疑っていたらしい。私もはっきりと言えてなかったのでお互い様だ。ついでに足も治してもらった。凄い物を持ってるなぁ。


 分かち合ったその後も彼——ルカと一緒に日々を過ごした。


 あるときは一緒に日向ぼっこしたり、雨の中や雨上がりの散歩に出たり、ルカから魔道具のことを教えてもらったり。やっぱり隣に人がいると楽しく感じる。そう、一人よりも、ずっと。


 風狼という狼にも出会った。私にとってはこの狼はトラウマだけど、事情を聞いて腑に落ちた。狂乱した個体。だからあんな禍々しいオーラを放っていたんだ。風狼からも謝罪を受け、私に協力してくれた。


 そんな毎日が楽しかった。


 ———運命の歯車が動き出す、あの日までは。


 ルカが帰ったあの日の夜。私は変な感覚に襲われた。自分の意図しない方向に歩き出したのだ。まるで私がマリオネットのように。暗闇の森の中をひたすらに歩かされていた。


 着いた先は苔生した遺跡。そこから誰かの声が聞こえる。


—————こちらにおいで、シルヴィ—————


 優しくて、綺麗な声。けれど私はその声色に恐怖を覚えた。得体の知れない何かが猫撫で声で呼んでいるように感じた。暗闇が奥まで支配する遺跡。足を踏み入れれば何をされるかわかったものじゃない。怖くなった。


 されど歩みは止まらない。一歩、また一歩と言うことを聞かない足が歩み出す。そして更に奥へと進もうとしたそのとき、私は倒れた。プツンと何かが切れたように足に力が入らなくなったのだ。同時に私は荒く息をした。恐怖で押し潰されてできなかった息を。


 なんだったのだろう……


 次の日、ルカにも遺跡に来てもらい何か知っているか聞いてみた。もちろん、「操られて」と言えば心配されるだろうから「朝の散歩で見つけた」と言った。


 どうやら精霊様を祀る祭壇がある『ユグニラ遺跡』というものだそうだ。その後ルカは遺跡を調べるために早めに帰った。次の日も来なかった。


 その間にも、私にはあの恐怖体験が続いていた。夜な夜な真っ暗な森を歩きながらあの遺跡の中に入ろうとしているのだ。それも日に日に奥に進む距離も伸びてきている。操られる時間が長くなってきている。

 

 ………やっぱり私、本当にアルラウネなのかもしれない。ルカから結界について聞いてみたけど、魔物を閉じ込めるために展開されているらしい。思い出すのは外に出ようとしたあの日。弾かれたということは…………そういうことになる。


 そして何よりここ最近のこと。あれも私がアルラウネだから起きたことだろう。そうとしか確信できなかった。自分が一体何者なのか、ますます気になる。


 薄々わかっていた。植物を操るなんて普通はできないもの。そう、普通の人間であれば。


 ルカが戻って来た。わかったことは、遺跡の奥に迷宮が存在するということだった。なんでも、突破すれば願いが叶うのだとか。伝承だからあまり当てにならないとルカは言ったが私にはそうとは思えない。むしろ迷宮の存在を聞いてしっくりときた。


 恐らく呼び声の正体はそこにあるんじゃないのかな、と。そして自分のことがわかるかも、と。


 ……話してみようと思った。ここ最近でのあのことを。


 その一方で話したらマズイのではないかとも思った。あれから四六時中ずっと私が監視されているように感じたからだ。あの得体の知れない何かの目が、ずっと跡をつけてくるように。昼に操られないのは、近くにルカがいて怪しまれるからだろう。


 次第に雰囲気が気まずくなっていった。私の言い方も、「ルカもついてきてくれるよね?」と言っているようなものだ。もちろんその方が安心できるけど、本音としては来ないでほしいが正解だった。


 結局、話せなかった。ルカは用事があると言って帰り、私はまた一人になった。そう、一人。寂しい一人ぼっち。


 夜になった。星が綺麗な夜。けれどもいつものように震える夜。少し冷え込んでいるのもあるが、あのことも絡んでいる。怯える夜だ。


 やはり今回もあの感覚が襲った。全身から力が抜け、抵抗もできずに歩き始めた。やがて遺跡の中に入り奥へと進んでいく。


 早く解けてほしい。こんな思いをするのは懲り懲りだ。されど歩みは止まらない。それどころかあの声が聞こえてきた。


 ————あなたの行くべき場所に行きなさい————


 確信した。今夜を以て、私は引きずり込まれるのだと。深い深い闇の奥に。抵抗しようにもできない。完全に乗っ取られた。この状態が解ける様子もない。


 私ができるのは、ただひたすらに彼に警告することだけだ。以心伝心でどうにかできるものでもないが、これしかできない。


 意識が闇の中に落ちていく中、心の中でひたすら叫んだ。


 ———お願い、来ないでルカ!————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る