第5話 一週間の出来事





 あの日以来、ルーカス達はほぼ毎日のように会うことを欠かさなかった。


 帝神歴 闘神月・光の日


 清々しいほどに晴れた日だった。シルヴィは日向ぼっこし、ルーカスは魔道具の材料を加工していた。魔石を削ったりパーツを作ったりなどだ。


 作業が一段落ついたところで横目に見ると、シルヴィが草むらに転がっていた。あまりにも気持ち良さそうにしていたので、せっかくだからとルーカスも休憩がてら寝転がってみた。

 

 正直ギザギザとしていて気持ち良いとはかけ離れた感触だ。だが布とは違うこの感じも悪くなく、春風にも似た風の心地ともベストマッチしていると思った。


 心地良い風が眠気を誘ってきたかと思われたそのとき、ルーカスは何か別の気配を感じた。草々を踏んだ足音がだんだんと近づいてくる。


 咄嗟に起き上がり腰に着けていた剣に手を伸ばす。シルヴィも足音で察知したらしく起き上がった。


 音がした方向を見るとそこには先日遭遇した狼がいるではないか。否、同じ種族と言えばよいだろうか。それが六匹。


 先頭に立った個体はリーダーだろう。隆々とした体格に右眼についた古傷が明瞭に物語っていた。


 口を開くと、ずらりと並んだ凶悪な牙を剥き出しになる。それを見るやいなや彼女はルーカスの後ろに隠れ、彼は剣に手をかけて抜剣の体勢に入った。


 (まさか…報復!?)


 群れをなすタイプの魔物ならばあり得ることだろう。毛皮はテントに置いてきた背負子にかけてあるので、それで仲間を殺した存在を察知したのかもしれない。


 警戒しながらもこの場を潜り抜けるための策を考えるルーカス。先日は一匹だったが今回は六匹。もはや逃れられないと思ったそのとき、予想外のことが起こった。


 (待て、剣を納めろ。敵対するつもりはない)


 突然、何処からともなくそんな声が聞こえてきたのだ。まさかと思い剣を納めてみるとリーダーがコクリと頷いた。意思疎通ができているらしい。不思議に思ったルーカスは話しかけてみることにした。


「これは念話?」

 (そうだな。貴殿がそれを持っているゆえ、もしやと思ってな)


 『それ』というのがよくわからなかったが、詳しく聞くと左手に着けている銀のリストのことらしい。いつの日かマリンの店で買った魔道具である。


 (恐らく魔道具だろう。どこで得たのかは知らぬが、好都合だ)

「…用件は?」


 敵対しないとは言ったが警戒はしている。狼は狡猾な動物だ。魔物であってもそこは引き継がれているだろう。


 (謝罪と礼をしに来た。我々風狼ウィンドウルフ一同、狂乱した仲間を止めることができなかったことを深くお詫びしよう。そして、命懸けで止めてくれたことを感謝しよう)


 どうやら先日の狼は狂乱した個体だったらしい。何故狂乱したのか聞いてみたところ、魔力の濃度が濃い場所に居続けたのが原因だそうだ。

 

 その後詳しく話を聞いてみた。


 どうやら彼ら風狼ウィンドウルフはずっと昔からこの森を守り続けてきた守護者らしい。その役割は自然と人間との調和を保つこと。魔物という分類ではあるそうだが、精霊様の加護を受けた特別な種族だそうだ。ちなみにリーダーは齢二百歳余だという。


 それを聞いたシルヴィがこんな質問をした。


「もしかして、私のことわかりますか? 前に、ここで死んだ女の子を見かけましたか?」


 二百年もの時を過ごしているというならば、自分のことを知っていると思ったのだ。そう、事実が合っているならば自分がここで死んだことを。


 (すまぬ、我にはわからない。だが貴殿がアルラウネであるのはわかるぞ。魔道具も無しに念話が通じているのだからな)


 アルラウネだということだけはわかるらしい。ならばとルーカスは伝承について風狼に聞いてみたが、それは知らないという。内心ガックリするルーカス。だが人間界隈の噂なので知らなくて当然だろう。盲点だった。 


 (ともかく、貴殿らには迷惑を掛けたな。その詫びと言ってはなんだが、我々も貴殿らに協力しよう。話を聞く限り、何か困り事があるようだからな)


 なるほど察しがいいしとても協力的だ。狂乱した仲間を止めたということだけでここまで深く詫びるということはなんと忠実なことだ。やはり誇りがあるのだろう。


 協力してくれるのはありがたいことなのでそうさせてもらった。これから彼女のことに関して森を探索することになれば、良い助言がもらえるだろう。


 仲間が増えた一日であった。


 焔の日


 どんより雲の雨の日だった。いつものようにテントで作業をし、談笑した。


「私、雨が好き」


 突然、シルヴィがそんなことを言い出した。ルーカスが「どうして?」と聞くと、


「お花さんたちが『水だ〜わーい!』って喜んでるから」


 本当にそんなこと言っているのかと疑問を抱いたが言及はしなかった。彼女なりのポジティブ思考なのだろうと思ったのである。


 この日、シルヴィは植物の声を聞くことができるということが発覚した。本当にそう言っていたことを知ったときの驚き様は言うまでもない。


 水の日


 昨日と違って久々の晴れ。陽気が森を包み込んでいた。


 この日は森の中をお散歩。「せっかくだから雨上がりの森を散歩しよう!」とシルヴィが誘ったのだ。


 ルーカスは魔道具の修理をしていたのだが、息抜きにとお誘いに乗ることにした。ただし、護身用に使える物は持参しておく。


 雨上がりの森はジメジメとしていてルーカスとしては居心地は良くないものだったが、彼女が楽しそうにしているのを見ていたらどうでもよくなっていた。人を元気にする魔力があるのかもしれない。実に微笑ましかった。


 加えて辺りの景色もそれを忘れさせた。特に印象深いのは葉に乗った露が日光に照らされて光り輝いていたことだ。実に美しい光景だった。


「お花さんたちもみんな喜んでる」


 優しい目をしながらシルヴィは花々を見つめた。その姿はまさに妖精。花々を大切にする女神のようにも見えた。


 大樹の日


 ついに魔道具の修理が完了した。錬金剣の風刃のリーチの増長と劣化を抑えることに成功したのだ。後々わかったことだが、風刃と相性が良い素材を使えば良かったという。ルーカスもまだまだ未熟者。良い失敗だ。


 この日もシルヴィから散歩の誘いがあった。のだが、誘うときの雰囲気が違うことに気づいた。いつもは軽い感じでは花があるスポットに向かおうというのに対し、今回は重大なことを話そうとしているかのようにも見えたのだ。


 誘いに乗ってついて行ったが、その予感は案の定当たっていた。


 目の前に見えるのは大きな遺跡。所々に苔が生えたり蔦が巻き付いたりしている石造の建物。何十年何百年、下手をすればもの時を経てここに存在しているのだろう。


 ルーカスはこの遺跡に見覚えがあった。


「ユグニラ遺跡……?」


 ユグニラ遺跡とは、遥か昔に神殿として使われていたという遺跡だ。何を祀っていたかと言われればもちろん、この森の精霊様である。ルーカスの知識では、中の魔素濃度が高いため使われなくなってからは魔物の巣窟となったと記憶している。


 シルヴィ曰く、朝の散歩をしていたら偶然見つけたそうだ。こんなに大きな遺跡なのだから偶然見つけたとは言いがたいだろうが。


「不思議なんだ……まるで私を呼んでるみたいな、そんな感じがする」


 もはや偶然ではなく必然的なのかもしれない。どちらかといえば引き付けられたとでも言うべきだろう。かつて精霊様を祀っていたというのが本当ならば、シルヴィが引き付けられるのも納得がいく。何かの啓示であることも考えられた。


 流石に魔物が多くの住み着いていることもあって中に入ることはなかった。シルヴィも「そうだよね」と言ってルーカスに同意した。


 真相を確かめるために必要なことだとは思うが、丸腰で入るのは自殺するのも同然だ。加えてユグニラ遺跡についての情報も揃っていない。


 テントに戻って来た後、ルーカスは背負子を背負ってここを立つ準備をした。


「帰っちゃうの?」

「ユグニラ遺跡のことについて詳しく調べたいからね。もしかしたら、シルヴィにとって有益な情報が手に入るかもって思ったんだ。何かわかったらまた来るよ」


 ということで、今日は早めに帰ることにした。



------



 その日の午後、ルーカスは街の図書館に赴いていた。この街には魔術協会附属の図書館がある。それゆえに産業を営む者だけでなく学者も訪れるのだ。


 ルーカスが探すのは【ユグニラ遺跡】について書かれている書物だ。


「歴史書になるのかな……ここら辺に……あった」


 歴史書がまとめられた本棚から一冊の分厚い本を取り出した。名前もなんだかそれっぽい。


『ゼルドア史書〜謎多き大陸の歴史〜 著者サッチャー・アドルフ』


 目次を探すと「大陸北部の歴史」という項目があった。ページを開きそれについての文を追っていくと、ついに【ユグニラ遺跡】の記述を見つけた。


 それによると、祭壇として使われていたのはもちろんだがどこかに隠し通路があり、ついには迷宮に繋がっているという。


 迷宮についての記述はデマではないかと思ったが、筆者も潜ったことがあると明言している。番人にコテンパンにやられて命からがら逃げてきたそうだが。


 その体験をもとに『デオス迷宮記』という作品も書いているようだ。この後ルーカスは『デオス迷宮記』を読んで一日を終えた。


 宝の日


 今日も図書館に赴いた。迷宮に関する本も読んでおきたいと思ったのだ。『デオス迷宮記』はあくまでもフィクションであり本当かどうかはわからない。情報のソースは沢山あった方がいい。


 お目当ての本を見つけて席に着き、じっくりと読んだ。


 どうやら迷宮は、遥か昔に六大賢者が創り出したとされるもので、試練を乗り越えた者には欲しい物を手に入れることができるという。その試練と欲しい物とは何なのかを知りたかったのだが、これ以上は書かれていないため真相は闇の中だ。


 伝承や噂のようなものも多々あるが、参考程度にはなるだろう。これ一冊を読むだけで一日が終わってしまった。


 大地の日


 シルヴィにおとといと昨日読んだ本の情報を教えた。


「やっぱりそうだったんだ…」


 彼女は腑に落ちた顔で言った。先日彼女が「自分を呼んでる気がする」と言っていたことから思い当たることがあるのだろうかと思ったが、そこは当たっているようだ。


 だが信憑性は低い話だろう。歴史書を調べたが、六大賢者についてははっきりと記述されていなかった。歴史から抹消されたのだろうか、あるいは実在していないのか。ますます謎が深まる。


「本当にそうなら、自分のこと何かわかるかも…」


 僅かな期待を込めるシルヴィ。本気で中に入ろうとしているのかもしれない。人の記憶が「欲しい物」に入るのかどうかはわからないが、行ってみる価値はあると思っているのだろう。


 (本当に遺跡の中に入るの?)


 と思い切って聞きたかったルーカスだったが、内心不安だったので言えなかった。迷宮についての情報不足や魔物の強さを懸念したからだ。未知なる存在たる迷宮に潜るのはなかなかにリスキーな行動だ。


 何も言えずに彼は帰る準備をした。


「もう帰るの?」

「この後用事があってね…すぐに帰らなくちゃいけないんだ」

「そっか、気をつけてね」


 そう交わしてルーカスは立ち去っていった。

 

 太陽の日


 森には行かなかった。今日はマリンとの取引の日であるからだ。


 この前と同じように木箱に薬を詰め、背負子に括り付けて店に赴いた。店に着き、正面から入るわけではなく裏口から声を掛けた。太陽の日は定休日なのだ。


「あらルカくん、いらっしゃい」


 ドアからマリンが出てきた。


「こんにちはマリンさん。例の薬、お届けに来ました」

「わかったわ、中に入ってちょうだい」


 お邪魔しますと言いながら中に入る。途中、アベル(マリンの夫)とも会い挨拶を交わしてからテーブルに着いた。


 淡々といつものように取引を行う二人。


 取引終了後、代金を貰ってから少し話をした。自動調合機完成や魔道具の改良の報告、そして例の銀のリストについても聞いてみた。個人的な近況報告である。


「そのリスト? それはね、獣族と会話ができる魔道具なの。昔冒険者をやってたとき使ったわ」

「やっぱりそうだったんですか」

「やっぱりって、もしかして獣族に会ったの?」


 何かを察したマリン。獣族は所謂亜人のことだが、風狼等にも使えるらしい。隠しても仕方ないかとルーカスは風狼のことを話す。そしてシルヴィに出会ったことをありのままに話した。


 遺跡のことまで話し、どうするべきか尋ねてみた途端、マリンは思わぬことを口にした。


「ルカくん。その子から離れたほうがいいわ」


 部屋の中が、その一言で凍りついた。

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