第4話 妖精の事情


 狼との対峙の後、ルーカスはテントに戻ってきた。傷を治し、作業を再開するのもそうなのだが、狼の解体をするためでもある。というより進行形で解体をおこなっている。


 魔物の素材は質が良ければ良いほど高く買い取ってくれるうえ、様々な物の材料にもなる。代表的な物は牙や爪、魔石といったものだ。特に魔石は魔道具作りを生業とするルーカスにとって必要不可欠な物だ。


 (あの場にいたのがアイツ一匹だけでよかった)


 そう思いながらルーカスは作業していた。実際、護身用に持っていた剣——『錬金剣』を使ったのはあれが初めてだ。結果的に劣化してしまったので、他に二、三匹いたなら対処しきれなかっただろう。修理・改良の余地ありだ。


「…あの…」

「! 何でここに」


 不意打ちを食らったルーカス。解体の手を止めて彼女に目を向ける。ピンク色のワンピース? に先程とは違って髪型は綺麗なツインテールの姿だった。植物で結ってあるようだ。


 彼自身は彼女の安否を確認してから死体を担いで戻って来た。彼が保護したわけではない。彼女の方から後を追ってきたのだ。


「助けていただき、ありがとうございました」

「…あ、いや、こっちこそ。君の助けがなかったら今頃どうなっていたことか」


 もっともルーカスも助けられた身だ。お互い様だろう。先程までアルラウネだからと偏見を持っていたが、今となってはそんな自分が恥ずかしくなった。ゆえに、ここは真摯に向き合おうと思った。謝罪しよう、と。


「……さっきは見捨てようとしてごめん。特徴に聞き覚えがあったから……」

「! き、気にしてませんから! 私もこんな半端者で自分でもよくわかりませんし、『聞き方おかしいかな?』って思いましたから!」


 ルーカスは何となく心が軽くなった。そして思う。


 やっぱり助けて後悔はなかったな、と。取り敢えず座ってもらった。


「そういえば聞き忘れてたけど、名前は?」


 ふと名前を聞いていないことを思い出した。だが名前がないのでは? とも一瞬思い、ルーカスは聞いて大丈夫だったのか内心焦る。が、杞憂に終わったようだ。


「! 申し遅れました。私はシルヴィといいます」

「そっか、じゃあこっちも。僕はルーカス。ルイン・ルーカス。気軽に『ルカ』って呼んでよ」


 互いに名前を教え合うことは大切なことである。挨拶は人と人とを繋ぐための初めの一歩だ。関わりを生み出す初めの一歩なのだ。


「それと、タメ口で話そうよ。なんだかちょっと堅苦しい感じがするからさ。慣れないようならそのままでも構わないけど」

「そうですね。では遠慮なくそうさせてもらいます」


 ニコッと笑顔でそう言った。その可愛らしさにルーカスはつい頬を赤らめる。シルヴィが「どうしたの?」と聞くが言えるはずもなく「なんでもないよ」と返してしまった。


 だが、ルーカスは気になったことがあった。


「足、大丈夫?」


 視線を向けた先は蔦でぐるぐる巻きにされた右足。やはり挫いたらしい。ここまで歩いて来るのに自力で動くには不便だっただろう。


「大丈夫ですよ?! ちょっと痛めただけで…こうやっておけばすぐに治りますから」

「それじゃあダメだよ。ちゃんと手当しないと。蔦取って」


 ルーカスはシルヴィに指示して背負子の箱から湿布を取り、患部に貼った。彼の薬(鎮痛剤)を使った自家製の湿布だ。本来はジールが腰を痛めたときに使う物として作ったが、どこで使えるかわからないからと持参していた。


「…あ、ありがとう…」

「どういたしまして」


 他に痛いところがないか確認したが、彼女は首を横に振る。

 

「! そうだ。さっき僕を留めようとしたのは、何か話があるからだよね? 何を言いたかったの?」

「それについては——」


 とシルヴィが用件を話そうとしたところで「グゥー」という音が鳴った。赤面しながらシルヴィが硬直する。


「すいません、ここ二日間何も食べてなくて……」


 訳を話すシルヴィ。二日連続で何も食べていないなら当然そうなるだろう。いろいろ事情があるだろうが、人前でお腹が鳴るのは恥ずかしいことに変わりはない。


 ルーカスもお腹が減っていたので、丁度いいかとお昼の用意を始めた。背負子のフリーズボックスから食材と調理器具を出す。もちろんこれらの調理器具も魔道具である。


 しばらくの間、シルヴィはルーカスの調理風景を淡々と見つめていた。表面が熱くなったフライパン式魔道具の上で、分厚い肉がジューっと音を立てて焼ける。テントの中でいい匂いがかおった。


「はい、どうぞ」


 皿に盛られたのは熱々ステーキ。食べやすいように小さく切り分けられており、焦げ具合も良く味付けは塩と胡椒というシンプルなものだ。しかし空腹だったシルヴィはその香りに刺激され、「いただきます…」と呟いた。フォークで肉を口に運び、


「ッ! おいしい!」


 と言った。引き立った肉の旨みが口いっぱいに広がり、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出す。添え付けの野菜も肉の脂と絡まって非常に美味だ。二日分の空腹は、この一皿だけで忘れてしまえそうだった。


 お金が貯まってきたので、少しは贅沢してみようとルーカスが用意した物だ。当初の予定は一切れだけ買う予定だったのだが、肉屋の店主がもう一切れといっておまけしてくれたのだ。これも何かの縁なのかもしれない。美味しそうに頬張るシルヴィ。本当にアルラウネなのか疑わしいところだ。


 ルーカスはその様子に顔を綻ばせながらも自分の分の肉を焼く。そして熱々の出来立てをいただいた。


 デザートに持っていたキャラメルを食べた。甘くて美味しいとまたもや幸せそうな顔をした。ルーカスも初めて食べたキャラメルに舌鼓を打った。


 その後、食休みを過ごしながらシルヴィの事情を聞いた。


「つまり、二日前にこの森で目覚めてからずっと彷徨ってるってことか」


 聞いた話を要約するとこうなる。


 目覚めたのは二日前の昼時。この森がどこかすらもわからなかったシルヴィは、森の中をどこかに人がいないか探索していた。その最中に偶然魔物と遭遇したのだが、ビックリした拍子に能力が発動し難を逃れる。能力が植物を操るものであることを知った彼女はできる限りそれを駆使してサバイバルしてきた。


 その行動を二日間続け、三日目である今日、遂にあの泉を見つけたらしい。碌に水も飲めなかった彼女は水を飲み、ついでと言わんばかりに水浴びをした。


 ルーカスはその場面に鉢合わせたというわけだ。

 

「蕾みたいなところから出てきて、ここがどこかわからないから、人がいたら話を聞いてみようって思って、つい熱が入っちゃって…」


 先程のシルヴィの発言はこの衝動からきたようだ。たしかにやっとのことで人に会えたのだから、そうなるのは当然だろう。しかしルーカスの知識と状況が悪かったせいかことは上手く進まなかった。


 加えて話を聞いたルーカスはふと疑問に思う。


「じゃあどうして名前と人語がわかるの?」


 一番引っかかるのは周りのことがよくわからない中で何故か自分の名前を知っていることだ。こんな都合のいいことがあるはずないと今でも疑っている。何か裏付けがなければ信用できないのだ。


「本当に私がルカの言うアルラウネなら、この能力が使えてもおかしくない。そうなればこの森で死んで、前世の記憶があっても変じゃないと思う」


 アルラウネの発生条件はこの森で人間が死ぬこと。しかしながらこれは伝承、噂話だ。そのまま伝わるわけではなく、どこかで誰かが勘違いして曲解してしまうこともある。そうすると、もはやアルラウネの伝承自体が間違っているのかもしれない。


「…私、知りたいんです。自分が本当は何者なのか」


 真剣な表情でシルヴィはルーカスを見つめた。その瞳は自分を信じてほしいという感情を雄弁に物語っている。ルーカスとしては疑り深い部分がある相手を信用するなどできそうもない。が、噂の真相を探るために必要なことだと割り切ることにした。


「…色々疑問はあるけど、ひとまずは君に協力するよ」


 シルヴィは信じてもらえたことに安堵した。




-----




「そういえば、ルカはどうしてここにいるの?」

「薬草を採りに来たんだ。普段は薬を売って生活してるんだ。あとは魔道具の研究かな」


 ルーカスの方も自己紹介がてら錬金術師として生計を立てていると明かした。お互いのことを知るためでもある。


「その『魔道具』って何?」


 そんなことを言い出した。たしかに彼女にとっては初めて見る物だろう。特に『電撃石サンダーストーン』や『錬金剣』には興味深い眼差しを向けていた。


「文字通り魔法を発動できる道具だよ。魔法陣を使って発動させるんだ」


 ここで少し魔道具の説明をしよう。魔道具は読んで字の如く魔法を操る道具のことだ。だがそれにも、魔法の発動タイプは主に二つある。


 一つはルーカスが説明したように魔法陣を媒介に使用するタイプだ。魔力を流せば簡単に発動する物で、扱いやすいものが多い。ただしマイナス面に魔法陣の種類が限られてしまうことが挙げられる。


 基本的に魔法陣は階級が上がれば上がるほど複雑になるため大きくなっていく(初級→中級→上級→極級→絶級)。中級の魔法であっても直径五十センチほどの陣を求められるのだ。ちなみに上級は一気にハードルが上がり二メートル、極級は五メートル、絶級ともなれば十メートルとなる。


 魔法陣紙スクロールという方法もあるが、基本は一回きりの使い捨てだ。おまけに高いのでコスパが悪い。


 もう一つは、直接魔法(とはいかなくとも特殊な力)が付与されたタイプだ。発現する効果はランダムである。これは主に発掘されたものに該当してくる。原理はまだ解明されていないが、学者達の間では、埋もれた物が地中の魔素によって能力を付与されるのではないかという説が濃厚だ。


 そして、魔道具の中でも異次元の性能を誇る物が『宝具アーティファクト』と呼ばれるものだ。なんでも遥か昔に作られたものだとか。今のところ確認されているのは以下の五つである。


 獄炎の魔剣アグナヴォルグ

 氷閃の神槍グラギエス

 天穿つ嵐弓ルドルファリテ

 雷を呼ぶ鉄槌ケラヴヌス

 大地の守護盾ガーディガイア


「いろんなのがあるんだね」

「うん。魔道具は本当に興味深くてね、宝具もいつか見つけてみたいなって思ってるんだ。あと魔道具の効果も面白ry」


 ルーカスは魔道具についての話となると口調が通常の一・五倍の早さになる。オタク特有の「自分が好きな物の話になるとつい早口になる」現象だ。言い換えれば、それほど魔道具に対する関心があるとも言える。シルヴィが若干引き気味になるかと思われたが、そんなことはなく話を楽しそうに聞いていた。よほど会話に飢えていたのだろう。


「さっきの剣と雷を放つ石は僕の自作だよ。石は使い捨て。剣に関してはあれっきりで使い物にならなくなっちゃったけど。改良していかないと」


 『電撃石サンダーストーン』は一回限りの使い捨てタイプだが、威力は折り紙付きだ。あの狼のような魔物でも、怯ませることができたのがその証とも言える。『錬金剣』は刃の付け根の部分に魔法陣を取り付けて出来たもので、風の刃でリーチを数センチほど長くできる。先述したように劣化が激しいので使える回数は限られてくるのだが。


 基本的に魔道具に使用されている魔法陣は全て初級のものだ。


「でも、僕はいつか宝具アーティファクトみたいな凄い魔道具を作りたいんだ」

 

 最終目標は宝具レベルまで性能を高めたものを作ることだ。その探求心は尽きるところを知らないだろう。


「長々と話しちゃったね。ごめんね、こんな話に付き合わせちゃって」

「ううん、ルカのお話とっても面白かった」

「それはよかった。あ、暗くなってきたしもう帰らないと」


 辺りはほぼ真っ暗だった。ここに泊まるという手もあるのだが、使える魔道具が限られた以上帰って修理した方が安全である。ゆえに帰ろうとしたのだが、その前にシルヴィが訴えかけてきた。


「帰っちゃうの?」

「うん。夜になると夜行性の魔物も出るからね。危険だから早く帰った方がいいかなって」

「一人にするの?」


 ルーカスは彼女が何を言いたいのか理解した。たしかに一人にするのは彼女に危険が及ぶかもしれない。夜の森は危険だ。そこで良い案を思いついた。


「じゃあ一緒に街に来る? 事情を話せば知り合いも納得するかも」


 シルヴィも街に来てしまえばいいのだ。そうすれば身の安全は確保できる。ジールにも事情さえ話してしまえば納得してくれるだろう。


 と思ったのだが、


「私もここから出ようとしたんだけど、結界で弾かれちゃって……」


 どうやら結界に弾かれて出ることはできないらしい。この森には魔物を封じる結界があるというのを思い出すルーカス。まさかここで障碍になるとは思ってもいなかった。


 一気に振り出しに戻る。


 本当にどうしたものだろうか。彼女自身に自己防衛してもらうのがベストなのだが、仮に能力を使えたとしても、足を怪我しているので逃げることはできないだろう。もし魔物が出てきたら完全に詰みだ。


 悩みに悩んだそのとき、名案が思いついた。


「だったら僕のテントを使って。隠蔽魔道具を置いているから、魔物も寄らないはずだよ」


 ということで、シルヴィにはこのテントに泊まってもらうことにした。これならルーカスが帰っても安心である。


 その後、明日も会う約束をしてルーカスは森から去っていくのだった。

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