第2話 商売上手なお姉さん
ところでゼルドアの街はそれぞれの区で分けられているのだが、その一つに商業区がある。商業区というだけあってか店もぎっしりと並んでいるのだが、その区画の隅にルーカスの行きつけのお店がある。
そこは雑貨屋であった。雑貨屋と言えば旅の必需品や生活用品、ちょっとした食料品が売られていたりするのだが、この雑貨屋は少し変わっている。
というのも、ここには普通なら置いていない物も置いてあるのだ。ルーカスはここに用事があってきた。もちろん必要な物を買いに来たのもある。
「あらあら〜いらっしゃい」
カウンターで店番をしていたのは水色髪のおっとりとしたお姉さんであった。名をマリンという。
「どうも、マリンさん。依頼の品を持ってきました」
ルーカスは背負子から下ろした木箱をカウンターに置き、蓋を開けた。一方には治療薬が、もう一方には魔力回復薬が詰まっていた。どちらも小瓶に入っているタイプだ。
「あら、こんな質の良いお薬を用意してもらっちゃって、また練度が上がったわね〜。おいくら?」
ルーカスがこの店に来たのはこの薬を取り引きするためである。五年前からずっと、ルーカスが作った薬類をこの店で買い取ってもらっているのだ。
「四千ゼルです」
「ちょっと高めね〜、もう少し安くならない?」
値切り交渉はルーティーンである。
「じゃあ二千ゼルでどうでしょう?」
「わかったわ〜」
マリンはカウンターの奥から代金を持ってきてルーカスに渡した。特にこれといった世間話をしないあたり、実に淡白なやりとりである。単純にルーカスが交渉に疲れたというのもあるのだが。
このような交渉はいままでに何度もやってきたのだが、ルーカスは全部連敗している。先程のようにいつも値切ってくるのだ。
更にひどいときには目をキラキラさせながら「おねがい…」とか言ってくる始末。一応、一回だけかなり高い値段を設定して売りつけようとした。値段を交渉してくるならあえて高くして、目的の額で買い取ってもらえると思ったからだ。アッ○ラーム商法である。
しかし浅はかな考えであった。端的に「それなら買わない」と言われたのだ。せっかく対策を練っても、買い取られないなら本末転倒である。
結果として、買い取ってもらったとしても確実に原価より安くされてしまう。バイトの分でその穴を補填していたから赤字にはならなかったものの、碌に利益を上げられないことによく空を仰いでいたものだ。もっとも、最近はとっておきの薬草のスポットがあるので関係ないのだが。
それはさておきと彼は心を切り替えた。
「それと、今日は買いたい物があって」
「あら、そうなの〜。たくさん見ていってちょうだいね〜」
この店には『変わり種コーナー』と名付けられた棚があり、普通なら雑貨屋には置いていない物——魔力インクや魔石等があったりする。ルーカスにとっての必需品が揃っているのだ。
加えて魔法書などの貴重な書物も売っている。本来魔法書というものはとても高くつく物なのだが、ここでは格安で売っている。
というのもこれらの魔法書は全てマリンが使っていた物であって、もう使わないからという理由で店に出しているからだ。
実はルーカスが錬金術師として歩み始めたきっかけは、持っていた『錬金術の書』をここで買ったことにある。マリンが学生時代(アルテミア聖光学院という場所に通っていたとき)に使っていたものなのだが、中古品でもいいかと店に出していたのだ。これもまた五年前の話である。
『魔道具コーナー』というのもある。文字通り魔道具が並べられているのだが、これらはマリンが冒険者時代に集めたもので、約九割はポンコツ。別の言い方をすれば残りの一割はマシな物か掘り出し物である。
すなわち
ギャンブル要素が強い!!
とはいえ、実際ルーカスが
工房でバイトをしていた頃に魔道具コーナーの魔道具について聞いてみたのが始まりだった。魔道具に関するエピソード、すなわち冒険者時代の武勇伝を聞いて憧れを抱いたのだ。
ちなみにルーカスは、前に一度だけ気になったことを質問したことがある。すなわち「どうやって質の良い物を仕入れて、安く売ることができるのか?」と。そのときに返ってきた返事はこうだった。
「ルカくん。世の中には聞いて良いことと悪いことがあるのよ?」
にっこりと、マリンはそう言った。しかしマリンのその笑顔がどこか影がかかっていたようにも見えたため、ルーカスが業界の闇の片鱗を味わったのは言うまでもない。
そのことを不意に思い出してしまったルーカスは必死に横に首を振って、一人で「触れちゃいけない闇!触れちゃいけない闇!」と内心で呟きながらその記憶を振り払う。
その様子を見ていたマリンはというと、「?」と頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
マリンならまだしも、ここに第三者がいたならば、きっと彼は変人だと思われているだろう。
一人で必死に格闘していたルーカスはようやく我に返って幾つかの魔石と魔力インクを籠に入れ、携帯食料のドライフルーツ類と保存食のビスケットを持って会計にいった。
「全部で二千五百ゼルよ」
ルーカスは袋の中から銀貨二枚と黒銀貨五枚を出して会計を済ませる。そしてマリンは何かを思い出したかのように「そうだ」と呟いてカウンターの奥に向かってしまった。待つことしばらく一分程で戻ってきた。
「はい、これあげるわ」
カウンターに置かれたのは包装紙に包まれた小さな立方体。それが六個。
「なんですかこれ?」
「これはね、『キャラメル』っていう砂糖を使ったお菓子よ」
「へぇー砂糖菓子ですか」
実はマリンはお菓子作りが得意なのである。マリン曰く、故郷【ペデュオニア】で食べられていたお菓子だそうで、疲れた身体に元気を与えてくれるパワーフードだそうだ。子供の頃を思い出して無性に食べたくなったらしい。
「ちょうど実家からお砂糖沢山送られてきたし、牛乳もあるからこれを機に作ってみようと思ったの」
レシピはどうしたのだろうかとルーカスは気になったのだが、子供の頃に作り方を見せてもらったらしい。
「今度来たときに感想をちょうだい」
「わかりました。ありがたく頂きます」
この後ルーカスは「もうお菓子で店を回した方がいいんじゃないか」と言った。が、「ほら、『雑貨屋』っていう肩書きのほうが響きがいいじゃないの〜」と答えが返ってきた。たしかにお菓子だけに限定するよりも、『雑貨屋』のほうがいろいろ売っている感じがしていいかもしれない。
それはさておきと、マリンは話を切り替えた。
「そういえば前からずっと気になってたんだけど、ルカくんはどういう魔道具を作ろうとしてるの?」
「まぁ、ちょっとした便利道具を」
「そうじゃなくて、もっと具体的に言って」
グイグイと質問するマリン。企業秘密であるため本来なら他言無用なのだが、ぼかしたままにすれば後々面倒臭いことになるので腹を割って教えた。
「薬の自動調合機ですよ。素材を入れるだけで調合をするんです」
恐らく口で言ってもどういう物なのかはわからないだろう。ルーカスは背負子の小棚から設計図を取り出して広げた。
フラスコが付いていたり素材を置く皿があったり、更には魔法陣を取り付ける部分まで描かれている。だがなんといっても特徴的なのはその根本となる装置。びっしりと歯車などのパーツを組み合わせて構成されていた。
精密な構造図が描かれた紙を、マリンはじっと見つめた。
「うーん、この構造だと動き出すのに時間がかかるんじゃないかしら。それに、ここの部分とか簡略化して装置自体ももっとコンパクトにできるはずよ。小さくできれば、持ち運びもできるようになると思うわ」
「……たしかに。ここは省いても問題ないか。ありがとうマリンさん」
ルーカスが気がつかなかった点を指摘して代理案を提示してくれるところがマリンの良いところだ。ここまで複雑な構造を理解して、無駄な部分をすぐに把握するのは流石と言えよう。
というのも、マリンも魔道具についての知識はある。実際、冒険者時代は武器の強化のためにいろいろなパーツを鍛冶職人に提案していた。自分で作ることはできないものの、何が長所になるのか短所になるのかという部分を熟知し、他人に教えることはできる。
「どういたしまして。また何かあったら遠慮なく言ってちょうだい。大事なお得意先とはいい関係を保っていきたいからね〜」
「それは助かります」
マリンとしてもルーカスをサポートしたいのは本当だ。何よりこの雑貨屋のメイン商品はルーカス印の回復薬なのだ。マイナーな店ではあるが、それ目当てに買いに来る者はいる。
「完成したら生産効率も上がるので、早めに準備できると思います」
「それは助かるわ。でも、あんまり無理しちゃダメよ〜」
「では、今日はここでお
こうして、ルーカスはまた重くなった背負子を背負って店を後にしたのだった。
……
少し説明を加えます。
作中に出てきた『ゼル』は通貨の単位です。感覚としては一ゼル一円といった感じです。また、硬貨の色で何ゼル分かが分けられています。一応こんな感じ。
白貨…一ゼル
黄銅貨…五ゼル
銅貨…十ゼル
灰貨…五十ゼル
黒貨…百ゼル
黒銀貨…五百ゼル
銀貨…千ゼル
金貨…五千ゼル
白金貨…一万ゼル
設定がガバガバになるかもしれませんが、ご理解とご協力のほどよろしくお願いします。
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