蒼の錬金術師〜一輪の妖精少女〜

Saba can

第1話 ガイア工房にて


 人々が賑わう街「ゼルドアの街」。ゼルドア大陸に存在する、かつて金鉱脈を掘り当てた炭鉱夫ゼルドアが発展させた街である。


 当然、賑わっている街であるから様々な人がいる。商人や実力主義の冒険者、そして職人も例外ではない。彼らは日々己の腕を磨き、他の職人としのぎを削っているのだ。


 彼らがしのぎを削るのと同時に共同で仕事をこなす場所——ガイア工房では、今日も鍛治職人達の活気のある声が響き、鍛治用魔法の光が輝いている。彼らは皆、『鍛治師』である。


 その工房の一角にて、目を開けて集中する少年の姿があった。紺色の髪に茶色の瞳の少年だ。そんな彼は作業台に置いた鉱石を手に取り、魔法陣が刻まれた指抜きグローブをつけた右手に魔力を込めた。


 一拍、彼の手から淡く美しい蒼の魔力光が放たれ、インゴットが光り出しその形を変えた。平たい長方形になり、指の動きに沿って先端が尖っていく。さらに端を薄くして鋭利な刃を形成していく。光が収まると綺麗な形の包丁ができていた。


 少年は出来栄えに満足したのか微笑を浮かべながら配達用の箱の中にそれを納めた。


「おっ、なかなかやるようになったじゃねえか、ルーカス」


 そう言って背後に現れたのは身長百八十センチほどある禿頭の巨漢、この工房の親方ジールだ。ジールの視線は箱の中の包丁に向いている。どうやら先程の少年——ルーカスの加工の技を見ていたようだ。


「どうもジールさん。納品依頼の品、出来ました」

「そうか、お疲れさん。というか俺はさっきおまえさんを褒めたんだぞ? なんか反応の一つや二つしてくれてもいいんじゃねぇか?」

「いえいえ、僕の技術ではまだまだジールさんの腕前には及びませんよ」


 「今更謙遜か?」と顔で訴えかけるジール。しかしその顔には暖かい表情が垣間見れた。


「それにしても、もう他の仕事も終わったのか? ここ数日間かなり忙しかったっていうのに、あれだけの仕事を引き受けるなんてよ……」


 ジールの視線はルーカスの作業台に向く。正確に言えば作業台に積み上げられたフライパンやら鍋やらの、ほとんどが料理器具の山だ。彼はそれを見ながらここ数日の怒涛の出来事を思い出していた。


 ジールの言う通りここ数日間はかなり忙しかった。実は数日前にルーシア大陸の王国「バルトア王国」からの緊急依頼が入ったのだ。依頼内容は「王国騎士団の武具の注文」であり、至急納品して欲しいとのこと。最近は魔物の活動も活発になっているらしく、いざとなったときを想定して迎撃・討伐隊を編成したらしい。


 騎士の数は八百人、つまり八百着もの鎧を用意する必要があり、武器の注文も、剣四百本、槍二百本、弓矢二百具とかなり多い。この工房は日用品専門の職人五十人と武器専門の鍛治職人百人で構成されているのだが、とても鍛治職人百人ではその数を作ることなどできない。せめて日用品職人を含んだ職人総出でなければ出来なかった。


 戦場に出る騎士達が使う武具なのだ。当然失敗は許されず、「自分達の作った武具が途中で壊れて負けました」では済まされるはずがない。

 

 かと言って日用品の依頼をすっぽかすわけにもいかない。街の人々からは信頼できる工房としての評判も高いため、いきなり「王国からの依頼を優先します」などとなったらこの工房の威信に欠ける。 


 故に、この依頼が入ったことは工房としての二つの威信が賭かった職人達の戦いの始まりだった。職人達は一刻も早く作業に取り掛かった。どちらを優先するかなどと考えている余裕はないのだ。


 そんな時にルーカスが一つ提案をした。なんと一人で全ての日用品の依頼を引き受けると言ったのだ。職人達は馬鹿げていると言いつつも彼を信じ、全てを任せた。


 その結果が彼の作業台の山なのである。


「まさか本当にこなすとはな」


 率直にジールは彼の技量に度肝を抜かれた。

 

「親方! 騎士団の武具、全部作り終わりましたっス!」

「そうか! ご苦労さん、今日はもう終いだ。他の職人達に伝えてくれ! それと、皆疲れてるだろうからな、明日から一週間休みにしよう!」

「わかりましたっス!」


 どうやら職人達も皆仕事を終えたようだ。この期間はほとんどの職人が寝る間も惜しまず武具の作成に取り掛かっていたのだ。一週間の休暇を聞いたらさぞかし喜ぶことだろう。


 職人の一人が階段を降りるのを見てから、ジールはルーカスに言った。


「ルーカス、少し所長室に来てくれ」

「えっ? あ、はい」


 ルーカスは頷き、ジールについて行くがまま所長室に向かっていった。

 



 所長室の中に入ると、ジールは懐から何かが入った袋を出して彼に渡した。


「ほれ、今月分の給料だ」

「ありがとうございます」

「そうかい。それとタメ口で良いぞ。俺とお前の仲なんだからな」

「僕との仲って……ジールさんの方が歳上じゃないか」


 そう言いつつもルーカスは言葉に甘んじてタメ口で話すことにする。そして袋を受け取ると少し俯いて、けれど次の瞬間には前を向いてはっきりと言った。


「ジールさん。僕、バイトやめます」


 それを聞いたジールはルーカスの言ったことがいきなり過ぎたのか少し口を閉じ、顔を少し険しくしながら考えるような口調で話した。


「…おまえはこの工房のバイトとして働き始めてもう七年経つ。あくまでもバイトだ。本当にこの工房で本格的に働く気は無いのか?」

「ないよ」


 迷った様子もなくルーカスは拒否した。


「おまえの腕はかなり上がっている。誰がどう見ても一流レベルの業だ。だが、どうしてなんだ?」


 ルーカスはバイトとしてこの工房で働いているが、彼の腕前は既に筆頭レベルにある。ジールはルーカスに武器の作成も任せていいだろうとも考えていた。他の職人と比べても圧倒的に差が開くほどなのだ。だがルーカスはそれを拒否した。何故なら……


「正直なところ……僕は自分の研究に力を入れたいんだ」 


 それを聞いたジールは何を思ったのかルーカスをじっと見つめる。そして真剣な表情になり彼に問うた。


「で? その研究ってのは?」

「魔道具の研究をね」

「どんなものを作るつもりだ?」

「そうだね……伝説の魔道具アーティファクトを」


 直後、部屋が静まり返った。一拍、


「ガハハハハハッ! 面白いこと言うなぁ!」


 ジールが大声で笑い出した。あまりにも追いかける目標のスケールが大きかったせいなのか。先程までの真剣な雰囲気はどこに行った⁉︎ と、思わずツッコミたくなるような光景だ。


「いやな、まさか究極の研究とはなぁ、お前もロマン派なんだなぁって思っちまってよ」


 『伝説の魔道具』とは、俗に宝具アーティファクトと呼ばれる強力無比な力を持った戦具・魔道具のことだ。ほとんどは古代の遺物であり、実際に国で保管されている物もある。だがそれだけではなく、未だに発見されていないものも有るとか無いとか。要するに噂話のようなものである。 


 そんな時と場合によってはオーパーツとも言えるとんでも魔道具を作ろうと目指しているのだ。


「本気だよ? だって……」

「…? だって?」

「その夢を与えてくれたのはジールさんじゃないか」

「俺が?」


 ルーカスはコクリと頷き今に至るまでの経緯を語り出した。



-----



 ——七年前——-


 ゼルドアは様々な産業で——世界最大の商業都市には及ばないものの、かなり栄えている街となった。しかし、商売で栄えた富裕層があればそうでない貧困層もあるのも世の常である。


 貧困層ということはそれすなわち経済的に厳しいということ。両親に切り捨てられ、あるいは両親を亡くした子供がいることは不思議なことではない。


 当時は『鉱山の街』としての名残があったため、利益を得ようとした資本家達は労働者に低賃金で重労働を強いていた。もちろんその労働者というのは主に貧民街での人々である。


 ルーカスの両親はまだ愛情があった方なのだろう、生活のために共働きしてルーカスを育てていた。


 しかし、悲劇は突然に訪れる。父親は鉱山の採掘中に鉱坑が崩れて下敷きになり死亡。母親は病を患いなす術なく死亡した。幸いなことに病に関してはルーカスはかかることはなかった。


 否、幸いとは言い難い。ルーカスは孤児になった。


 街の人間は誰一人とて孤児たちに手を差し伸べなかった。関わるのは厄介としか考えてなかった。


 好都合なことに手を差し伸べる者こそが孤児達にとっての邪魔者であった。


 悪辣な環境での労働を強いられて、死ぬまでこき使われるからだ。大人にとって子供は痛い目を見せて従わせればよいだけ。しかしやられる側はたまったものではない。子供達にとっては大人は、特に金持ちの太っちょおじさんは自分達を死に追いやる悪魔だ。そんな認識があった。


 実に皮肉だ。


 そんな冷たい大人が蔓延る街で孤児となった子供達は、当時の資本家達の魔の手を掻い潜って必死に生きてきた。餓死する者もいた。子供達は生きるために死にもの狂いで食糧を集めていた。手段はもちろん「盗み」である。


 街のパン屋から幾つものパンが盗まれ、住民はもちろん経営者にいたっては厄介極まりない事態となった。否、それが未だに続いている。だがこれも因果応報。無視、あるいは敢えて避けてきた故に起こったことだ。もっとも表の住民は元凶が自分達であるということも知らずに厄介者扱いしているのだろうが。 


 ともかく、色々な事情が相絡まった混沌の時代だったと言えよう。


 そんなことが続いていたある日のこと。ルーカスはいつものようにパンを盗もうとして人通りの少ない路地で待ち伏せしていた。その路地というのは工房の裏口がある裏路地で、薄暗いかつ死角にもなっているので、まさに狙いやすい場所なのだ。


 では一体誰を狙うのか? 


 決まっている。ここに昼食を持って出入りする職人たちだ。


 虎視眈々と獲物パンを狙うルーカス。


 しばらくすると足音が聞こえた。談笑が聞こえないあたり、どうやら一人であるようだ。そして人影が見えた。身長百八十はあるであろう大男で、左腕に紙袋に入ったパンを抱えている。


 次の瞬間、


 子供の足とは思えない速さで男に迫り、その勢いに乗ってパンの一つを奪い取った。今まで散々同じことをやって今日まで食い繋いできたのだ、慣れた技である。男がいきなりのことで呆けているのか一歩たりとも動かないのを尻目に、そのまま裏路地通りを駆け抜けていく。


 (よし! 成功だ! 早く皆に——-)


 内心でガッツポーズしながら皆と合流しようと思ったそのときであった。ドスッ! と音を立てて何かとぶつかったのだ。


「……おい、テメェどこ見てんだぁ!」


 一体何かと思いながら顔を上げると、そこには青筋を浮かべながら怒鳴る別の男がいた。先の男と同じくこちらも中々の大男だ。そして素早くルーカスをつまみ上げてキッ! と睨んだ。


 その光景はまさに虎と子鹿。圧倒的な威圧感を放つ猛獣とそれに対して怯える草食獣。


 しかし、それはあくまでも普通の子供であった場合だ。


 ルーカスもまた男を睨み返したのだ。自分より何倍も大きな相手である男に向かって。先の例でいう子鹿ではない、冷たく、理不尽な世界に立ち向かう勇ましい何かであった。


 だが勇気と蛮勇とでは全く違う。覚悟は強くとも力では圧倒的に不利だ。なにより………相手が悪かった。


「———ッ! このガキィ! 生意気なっ!」 


 男は睨み返されたことに激昂し、もう一方の拳を振るった。このままルーカスの顔面に直撃するかと思われたそのとき、思わぬ方向から制止の声がかかった。


「おいっ、一体どうした?」

「ジールの旦那……」


 なんとそこには先程の大男——ジールがいるではないか。彼が何が起きたのかを聞くと、男が声を上げて答えた。


「このガキがぶつかってきたくせに俺のこと睨んできたんですよ。しかもこのパン、旦那のでしょ?」


 おまけに盗まれたパンを指差して「旦那も被害者なんだろ?」と遠回しに伝えた。ちなみに盗まれたパンはクリームパンであり、ジールの好物だったりする。故に持っていたパンがジールの物であるとわかっているようだ。


 一方、この二人の会話の間ルーカスはというと……怯えていた。未だ感じたこともない身も凍るような恐怖に対して。表向きの表情は相手を威嚇するものだが、実際のところ内心冷や汗をかいていた。


 なんにせよ今までスリが失敗したことはほとんど無かったのだ。たとえ見つかったとしてもその場からいち早く脱出し、相手を撒きながら逃げて、狙いの品は必ずぶんどってきた。


 しかし、今回はあろうことか捕まってしまったのだ。捕まったら暴力の嵐が待っており、子供相手でも容赦なく打ちのめされる。加えて本人にもそれを知っている故の恐怖なのだ。


 絶望しながら覚悟を決めた………そのときだった。


「——何言ってんだ? そいつはもうこの小僧のものだ」

 

 ジールは思わぬことを言い放ったのだ。男が「へ?」といった感じに面白い間抜け顔を晒している。もっと言うとルーカスも一緒である。


「ッ、待ってくだせぇ! このガキが盗んだのがアンタの——-『だから、俺が小僧にやったんだよ』」 


 ジールは「自分があげたのだから盗んだものではない」と主張する。加えて「これでもまだ不服か?」と表情で示した。


「俺が小僧にやったなら、それはもう小僧のものだ。それとも何だ? 俺が小僧に物をやることでお前に何か損するのか?」

「いや……ないですが……」

「だったらもう終わりだ。こんなことしてる間に昼休憩終わるぞ? 午後はもっと忙しくなるんだ」

「へ、へい…」


 男はバツが悪そうにルーカスを離してそそくさと去っていった。あまりに異様な出来事に出くわしたルーカス。そんな彼に、ジールが寄ってきた。


「すまねぇなぁ、坊主」


 ジールの第一声は謝罪だった。


「えっと……あの……それは…」


 それはこちらが言うべきことだ、と言いたかったのだが、次の瞬間には口をつぐんでしまった。というのも、次いだジールの言葉でその真意がはっきりしたからだ。


「お前がこの世の中でパンを盗むことは間違っちゃいない、当然の行為だ。むしろ間違っているのは俺達大人だ…」


 言外に「こんな世の中にしてしまった大人達が悪い」と言っているのが当時十歳のルーカスでもわかった。ジールの言う通り、孤児達に救いの手を差し伸べるならば、こんなことにはなっていなかったのだ。そしてそれが「自分も含めて」ということをジールは自覚しているため、尚更否定ができなかった。


「その詫びと言っちゃなんだが、それは坊主にやろう」

「えっ! それじゃあ、おじさんのが……」

「いいんだ。俺にはもう一つある。それに……」


 明後日の方向を向いて聞こえないぐらいの声で、されど不思議とルーカスにはその言葉が明瞭に響いた。


「子供が満足できない街なんざ、これっぽっちも成長していないのかもな……」


 ジール自身、こんなことをしている自分は大口を叩いている偽善者だと思っていたりする。けれど、その偽善が誰かを救うのならば……決して無意味ではないのだろう。


 薄暗く、静かになった裏路地をジールは去って行った。

 

 その背中を見てルーカスは思った。他の周りの冷たく冷めきった大人とは違うと。敬意を払うべき人物であると。 


 

-----



「それで、僕が盗っ人家業から足を洗ってこの工房にやってきたんだよ」

「ああ、そうだったな。『住み込みでもいいから働かせてください!』とか言ってきたしな」


 事実、ルーカスはあの後工房に行ってバイトを志願したのだ。住み込みで四六時中、仕事があれば任せて欲しいと自身を売り込みに行った。ジールも住めるような部屋を提供し、ルーカスが働ける環境を作った。自由時間付きで、だ。


「思えば、ジールさんが教えてくれた鍛冶技術と錬金術の本が無かったら、今ごろこんなこと目指していないよ」


 ルーカスにとってはジールは第二の父親と言ってもよい。文字や算術などの生活に必要なことや、社会に生きる人間としてのマナーを教えてくれたのだ。


 ちなみに『錬金術の本』というのはルーカスがバイト代を貯めて買った本だ。実は錬金術師として歩み始めたきっかけは他にもあるのだが……ここでは割愛しよう。


「ここで働いたおかげで、鉱石についての知識や加工技術も学べた。本当にジールさんに感謝しているよ」

「そうか…」


 「そうか」、いつの間にかそれしか言えなくなっていた。自分勝手にも息子のようにルーカスを扱ってきたのだ。次に言うことも大体予想がついていた。


「だから——『それ以上言わなくていい』」

「だから自立しなくちゃいけない、だろ?」


 ルーカス微笑んで、しかし困った顔をしながらコクリと頷いた。


「なら好きにしな。けどよ……」

「?」

「いつでも好きなときに戻って来い。ここはもう、おまえの家も同然なんだからな」

「……うん、ありがとう」

 

 後日、最後の仕事——日用品の納品をこなし、これを以てルーカスは仕事場から姿を消した。



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