第10話

「うわあああああ! くるな、くるなぁ!!」


「そうは言われても、私は君に用があるのだから止まるわけにはいかないのだよ」


 テンタは逃げる城主の背を追っていた。

 だが、いつまで経っても足を止めない城主に、話し合いを諦めたテンタは、触手を伸ばした。狭い廊下を這う触手が城主の腰を掴んだ。

 触手を引き戻したテンタ。

 眼前に迫る仮面に城主が怯える。


「た、助けてくれぇ」


「助けるね。ふふ、何も私は命を取ろうなんてつもりはないさ」


「だ、だったら、なんで!!」


「なに。君の決めたルールに従おうとは思っていたが、気が変わったのだよ。【黒の大陸】に行くための船を――私にくれないか?」


「ふざけるな!! あの船を作るのにどれだけの大金を――!!」


「そうか。だったら、あまり気乗りはしないんだが……」


 テンタは腕から更に二本の触手を伸ばす。

 つま先からゆっくりと、その感触を堪能させるようにして、城主の身体を這わせる。顔まで伸びた触手が頬を濡らす。


「こう見えても、私は【処刑人】でね。拷問の方法は一通り学んでいるんだよ。殺しはしないが――痛めつけはするさ」


 未知の触手に【処刑人】。

 完全に怯え、抵抗を諦めた城主は大声で叫んだ。


「わ、分かった!! 船も俺が持つ財宝も全て渡す!! だから、もう、何もしないでくれ!!」


「はっはっは。私は財宝までは言っていないのだが、しかし、くれるのであれば貰おうではないか! なんと気前のいい男なのだろうか!!」


「……だ、だから、これを引っ込めてくれないか」


「いいだろう。だが、逃げ出されると困るから、一本はこのままでもいいかい?」


 足先から絡まる触手を戻すテンタ。

 腰に巻き付けた一本を残し、リードのように城主と繋ぐ。


「ああ、と、取り敢えず、財宝はこの城の地下にあるんだ」


 触手に繋がれたままの城主は、自らの足でテンタを案内していく。

 迷路のような城内を歩き、階段を下っていく。

 何個目かの階段を降りると、空気が一気に冷える。

 どうやら、地下に辿り着いたようだ。

 財宝を隠しているだけあってか、ここまで見てきた城内との雰囲気が一気に変わる。

 石壁を松明が照らす。

 不気味な冷たさと共に足を進めていくと広々とした一角があった。正方形の台座を水が囲う。それはさながら闘技場のようであった。

 入口とは反対に位置する通路。

 その先には巨大な鉄格子があった。


「あ、あそこに武器や財宝がしまわれているんだ。鍵を渡すから好きなのを取って来い。と、言っても、あの扉を開けられたらだがな」


 巨大な鉄格子は力自慢の男たちが十人掛けてようやく開く。

 だが、その戦士は外でテンタ達が倒していた。

 財宝はあるが開けられないだろう。

 城主は言うが、テンタは余裕の笑みで鉄格子に近づいていく。


「流石は財宝だ。厳重に守られてるんだね」


 鍵を使って錠を外す。

 試しに片手で押すがびくともしない。


「なるほどね……」


 テンタは重さを確認したのちに、背中から10本の触手を生やす。先端を壁に押し付けて同時に力を込める。


「【圧壁あつへき――十触じゅっしょく】」


 触手が重なり合い壁のように鉄格子に触れる。

 同時に込められた力が、より、強固な力となって鉄格子を押し、「ギギギ」と音を立てて扉が開いた。


「これくらいなら、訳ないさ。それでは、遠慮なくお宝は頂くとしよう」


 テンタは城主に手を振って鉄格子の中に入る。

 それまで、固唾を飲んで見守っていた城主が、テンタが鉄格子の中に入ったとたんに、「ニヤリ」と笑う。


「馬鹿が!! ここには財宝なんてねぇーよ! いるのは【化物】だけだ!!」


 化物。

 その言葉に反応するかのように、鉄格子に入ったテンタが吹き飛ばされ、台座の中央まで転がった。

 テンタを吹き飛ばした化物の正体。

 それは巨大な熊だった。

 人間の何倍も巨体な獣。

 獰猛な雄たけびと共にテンタを喰らおうと4足で駆ける。


「はっはっは! ば~か。そいつは【黒の大陸】より流れた肉を食らった獣だ!! ここに閉じ込めるのに苦労したぞ?」


 極稀に、【黒の大陸】より流れたと思わしきものが市場に出回ることがある。

 体外は偽物だが、本物も紛れている。

 恐らく、この熊は【黒の大陸】に住んでいる生物の肉を食らった。それだけで、ここまで巨大な身体に変貌を遂げていた。


 迫る熊から逃げるように触手を伸ばし、鉄格子を掴んだ。

 そして、身体を浮かせて爪を避ける。


「なるほど。私は騙されたというわけか」


 鉄格子に捕まったテンタは、城主の狙いが自分を獣と戦わせることだと気付いた。


「そういうこと~!!」


 パンパンと両手を叩いた城主は、そそくさと離れ、地下室に作られた避難所へと入る。石壁の中に怪しく光る黒い壁。どうやら、そこだけ鉄で作られているようだ。

 熊が人を襲い、餌とする瞬間を楽しむための特等席。


「下らない」


 この場所で、何が行われているのかを察したテンタは、自身の身体が一気に冷えていくのを感じる。

 どの場所に言っても、人がやることは同じ。

 身分だけで偉くなった大人たちが、自分の欲を満たすために他人を餌にしていく。かつて、幼少期に味わった苦痛と怒り。

 テンタはその怒りを閉じ込めるように、自分の身体を触手で覆っていく。


「【鉄の処女――装甲万触そうこうばんしょく】」


 この技はテンタが現在持つ最強の技。

 触手を筋肉繊維に見立てて、身体を覆う。

 言うなれば別の肉体を纏った姿だ。


「……まだ、完ぺきではないのだけどね」


 しかし、この技の発動に必要な触手は桁が違う。

 全ての触手を完全にコントロール出来ていないからか、触手自身が意思を持ったかのように顔を上げて、伸縮を繰り返す。


「しかし、この化物を倒すくらいの力はある」


 テンタは鉄格子から手を離し、強化された肉体で蹴った。

 人間離れした脚力を手に入れたテンタの速度は――まるで流星だ。

 勢いを利用したテンタは、化物の顔に拳を振るう。

 技術も何もない只の暴力。

 それだけで、化物の意識を刈り取った。


「嘘……だろ?」


 幾人もの腕自慢を食らってきた巨体。

 その化物がたった一撃で敗北するなんて……。

 城主は有り得ないと頭を抱える。


「さてと」


 テンタは【鉄の処女】を纏ったまま、城主が隠れる壁に近付くと、拳を大きく振りかぶってぶつけた。

 地下に轟音が響き、鉄の壁に穴が開いた。


「さてと。こうなれば財宝はもういらない。だが、もし、次、私に嘘を付いたら、その時は容赦なく――殺す」


 開いた穴から触手を伸ばし、城主の首を掴んだ。

 ぬるりとした感触に城主は訴える。


「……へ? へ? おい、やめろ! 俺は王だぞ! そうだ。お前を俺の側近にしてやる。だから、俺を助けてくれ!」


 テンタはその言葉に優しく微笑んだ。


「残念だが、決めるのは私だ」


 伸ばした触手で城主の頬を張った。

 意識を失い倒れた城主。

 テンタは「船の場所を聞き忘れた」と嘆くのだった。





「いや~。にしても、出航日和だな、な、テンタ」


 テンタが城主を倒した翌日。

 2人は港に浮かぶ巨大な船の甲板にいた。

 太陽は照り、波は穏やか。

 出航に相応しいとイルがテンタに話しかけた。


「……なんで、君がいるんだい? イルくん」


「そりゃ、お互い【黒の大陸】に行きたいからに決まってんだろ!?」


「しかし、船を奪ったのは私なのだが……?」


「まあ、そう言うなって。2人であの城を落とした仲じゃんかよ。それに、こんだけ大きな船だ。1人より、2人。2人より触手の方がいいに決まってるだろ」


「……それが目的なんだね」


 普通の人間にはないテンタの触手。

 その力があれば【黒の大陸】へ近付けるとイルは考えているようだ。

 だが、テンタとしても海を渡る技術を持った人間が必要だ。


「では、航海は任せたよ。私はその辺の技術はこれっきしでな」


「は?」


 テンタの言葉にイルが聞き返す。


「うん? だから、航海は任せたと言っているんだよ」


「いやいやいや。それはお前が出来るんだろ? だから、城主をボコボコにしたんだろ?」


「まさか。ただ、気に入らなかっただけだ。そもそも、君が最初に手を出したのではないか?」


「は、ふざけんな! 手を出したのは2人同時だっただろうが!!」


 テンタは触手を伸ばし、イルは武器を手に取り言い合う。

 今にも戦いを始めそうな2人に向かい、1人の男が船の中から現れた。


「おーい! お前ら。準備はいいぞ? 早く出発といこうや」


 いつの間に乗り込んでいたのか。

 上半身裸で、鍛え上げられた肉体を見せる。

 白い歯を覗かせて、格好を付ける男。

 テンタとイルは現れた男に声をそろえて言った。


「「君は誰だ?」「おっさん、誰だよ?」」


「ズコー!」


 2人の声に自ら効果音を出して転ぶ男。

 甲板に手を付き立ち上がると、2人に近付き声を荒げる。


「俺だよ、俺! あの時、お前らに助けて貰った男だよ!!」


「「……?」「……?」」


 二人そろって顔を傾げる。


「ほら、どうしても【黒の大陸】に行きたいって城主に懇願して、殺されそうになった、あの男だよ!!」


「ああ、あの時の!」


 ようやく2人は思い出したのか、手を打って納得をする。


「マジで助かったぜ。俺はタルマ。一応、船大工をしててな。この船にも関わってるから操縦はばっちりだ。それに航海術も持ってるから任せてくれよな」


 その口ぶりはまるで、自分もこの船に乗り込むと言っているようだ。

 タルマに対してテンタは確認をする。


「任せておけと言うが、私たちは【黒の大陸】に行くのだよ? 下手したら命がないのを分かって言っているのかい?」


「わーってるよ。俺だって行きたいから、あの場にいたんだ。命をかけるつもりでな」


 タルマは胸を叩いた。

 確かにあの時、タルマは斬撃を受けても立ち上がった。並大抵の気力では出来ない芸当だとイル。


「覚悟だけは本物だと思うぜ? 実力はなさそーだけどな」


 イルが男を指差して笑う。

 確かにあの場で、怪我をしても【黒の大陸】を目指そうとした。その覚悟は本物であることは間違いない。

 テンタは2人の顔を見て頷いた。


「それでは、【黒の大陸】を目指そうではないか!!」

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処刑人フロンティア @yayuS

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