エピローグ

第51話 エピローグ

 事件解決から一週間が経った。

 俺は相変わらず画廊前で絵を描いている。

 今日は晴天だ。太陽の光が落ちた明るい地面と、建物の影が降って暗い地面の境目の線を引いていく。

 礼二郎れいじろうは全ての罪を認め、朱ゐ黎あかいくろの構成員についても情報を提供していると聞いた。

 ただ、俺が死体を修復していたせいで物的証拠が不十分らしい。それはそうだよな。あかりがそんなことに気づかないわけはなく、手は打ってあると言っていた。灯のことだから大丈夫だろう。

 結局弥凪やなぎは行方不明だ。弥凪が勤務していたエウテルペの都にも音沙汰はない。あんな奴だったけど、料理の腕は本当に確かだったな。

 地面を凝視していたものだから、唐突に頭上に声がかかって驚いて顔を上げる。

深月みつきさん」

「……ゆず……!」

 弥凪と一緒に行方知れずだった柚が、いつかのように微笑んで俺の前にいる。

「今までどこに……?」

「ごめんなさい。家族と最後の時間を過ごしていたんです」

「そっか……」

「これから自首しに行きます。深月さんには大変お世話になりました」

「いや、俺は……何もしてないよ。何かしてくれたのは詩歩しほじゃないかな?」

 柚が寂しそうに笑う。

「深月さん、詩歩ちゃんの夢がなんだったのか、知っていますか?」

「そういう話は聞いたことないよ」

「ひょっとして、わたくしが思っていたほど、詩歩ちゃんと親しくなかった?」

「うん。これから親しくなりたかったんだ」

「だったら、秘密です。わたくしと詩歩ちゃんだけの。……深月さん、絵を見てもよろしいですか?」

「どうぞ」

 地べたにいくつか出してある新しい絵が、柚にじっと見られている。

「……前はきちんと見られませんでしたが……深月さん、死体が好きって本当なんですか?」

「えっ」

 灯が話したんだろうか。灯が勝手にそんなことをするかな。

「ふふ、丸聞こえでしたよ? 『俺は死体が大好きだー!』って。廃病院で」

 あ、あの時か……!

 そりゃそうだよな。あの時柚も同じ階にいたんだ。あんだけ大声でわめけば、聞こえてなかったという方が無理がある。

 でも、もう俺は以前の俺じゃない。

「好きだよ。死体は綺麗でかわいくて、ずっと見ていたい」

 柚からなんとも感じ取れない視線が送られている。

 引かれているのかも。いやいや、引かない方がどうかしてるよ。

「……だから詩歩ちゃんがあんなに反発していたんですね」

「そうだね」

「深月さんの絵は、不思議です」

「不思議?」

「何か……どういう感情かはうまく言えませんが、こう、心にぐっと来る気がします」

 俺に特に興味がなかった柚が、俺の絵の感想を言ってくれている。

「……ありがとう」

「わたくし、褒めたつもりはありませんよ?」

「いいんだよ。それでも俺は嬉しいんだ。……ねえ」

「はい?」

「俺は、詩歩との約束を守れたのかな」

 柚を救うことが出来たのかな。

 柚はすぐに答えてくれる。

樋口ひぐちさんを止めてくれたこと、あかりさんを止めてくれたこと、それはきっと詩歩ちゃんが望んだことだと思います。わたくしは、詩歩ちゃんの代わりにその手伝いが出来て、よかった、と思っています」

「なら、よかったよ」

「では、そろそろ行きますね」

「ついて行こうか?」

 柚はきっぱりと首を横に振る。

「ここからは一人で行かなきゃ。深月さん、面会には来てくださると嬉しいです」

「うん。行くよ」

 柚が深く頭を下げて、それ以上何も言わずに去って行く。

 柚と入れ替わりのように灯がやってくる。

 事情聴取は別々に受けていたから、灯に会うのも一週間ぶりだ。

「いつからいたんだよ?」

「柚が来る前から」

「声かけてくれれば良かったのに」

「さすがに邪魔は出来ません」

「え? 邪魔? 何の?」

 色鉛筆画が置いてあるパイプ椅子に、絵を持った灯が腰かける。

「なんだか、明るくなりました? あと、動物の絵が増えた」

 リードにつながれた犬や、駆け回るうさぎに猫、雪のなかにいる白鳥とシロクマの絵を最近描いた。

「うん。ほら、俺って白いものが好きだから」

「それはそうでしょうけど」

 くすくす笑い合って、筆を走らせたまま話す。

「あれから思うようにしているんだ。無理してかっこつけなくてもいいかなって」

 人とどう接していいかわからなくて、これまでの俺はどこか斜に構えるというか、とにかくかっこつけていた。

 ああいう自分に違和感を覚えたまま、無理していた。

 人との距離がわからなかっただけなんだけど。

「やっぱりあれ、かっこつけてたんですか」

「うん。中学生みたいだよね。ああ~、最近のことだけど恥ずかしすぎる~……」

「ふふ、自分は今の深月の方がらしくて好きです」

「そう? これから俺は、自分の嫌なところを修復していくことに決めたんだ。まずは斜に構えて気取った自分の修復に励んでる」

 自然体でいい。どうせ好かれない人には好かれないんだ。

 だったら、無理しない自分でいい。

 詩歩が、それを教えてくれたような気がする。

「素敵な決定だと思います。あのキャラ、あんまり定まっていませんでしたしね。あと似合ってもいませんでした」

「ええ~? 似合ってないは灯には言われたくないなぁ」

 灯だって、本当はもっとかわいらしい女の子っぽいくせに。

「ふふ、そうでしょうか。自分はこのキャラを気に入っているのですが」

 灯が買い物袋からサンドイッチを取り出して食べ出す。

 それをなんとなく視界に入れながら、地面の色を塗っていく。

「……結局、礼二郎の切断の能力は、どうして生まれたものだったんだろうね」

「礼二郎のトラウマは深月のオフィーリアを愛するということでしたね。聴取でもオフィーリアの話をしていましたよ。『僕を救ってくれたもの』だと。自分の推測では、切断は絵の世界とこの世との垣根を切断したいという重いからの能力だったのではないかと思います。更に、人形を作りたいという思いが兵隊を作る能力を付属させたのかもしれません。ただの仮説ですが」

 死体に救われて愛するようになった。

 俺と礼二郎はほぼ同じトラウマを持つのに、礼二郎の能力はねじ曲がってしまった。

 そのトラウマから何を感じたかが能力の分かれ目だ。同じ経験をしても、その時やその後の気持ちも苦しさも、その大きさも深さも、種類だって、本当に人それぞれなんだな。 

 色々な人がいる。わかり合える人も、よく話し合わないとわからない人も、それでも相反する人も、いる。

 だけど相手を理解することを諦めてはいけない。

 同じ嗜好を持たなくても、認めることは出来るんだ。

 俺はそれを忘れちゃいけない。

「ねえ、灯」

「……はい?」

「俺、近々空葉町からはまちを離れるよ」

「そうですか」

「灯はこれからどうするの?」

「自分はこれまで通り警察を続けます」

「じゃあ、もしかすると今日が最後かもね」

「そうですね」

 それにしても今日はなんていい天気なんだ。

 日の光が眩しすぎて、顔が上げられない。

 灯とはここで出会って、一緒に夜の町を歩いて、昼間もこうして会話をして、家族よりも誰よりも、濃い時間を過ごした。

 灯がいてくれて本当によかった。出会えて本当によかった。

 これっきりなのかな。

 それはなんだか、とても寂しい。

 形に、残しても、いいだろうか。

 今なら、出来る気がする。

「…………灯の絵……描いてもいい?」

 四個目のサンドイッチを頬張っていた灯の咀嚼が止まる。

「駄目かな?」

 灯の白い喉が大きく動く。

「是非、自分の絵を描いてください」

 灯が満面の笑みで了承してくれた。


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死体修復士 あだち @adachik00

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