第50話 復讐の行方

深月みつき、ゆっくりこっちに来てください」

 声に振り向くと、あかりが銃を構えて立っている。その後ろにゆずも控えている。

 ふたりがここにいるということは、弥凪やなぎはなんとかしてきたんだろうな。

正ヶ峯しょうがみねは先ほどの部屋で拘束してあります」

「……灯、礼二郎れいじろうは自首してくれることになった。もう終わったんだ」

 それでも灯は銃を持つ手を降ろそうとはしない。

「自分はやはりこの男の命を自らの手で刈り取らなければ収まりません」

「灯……もう、いいと思う。どうせこいつは死刑になる」

 何人殺害したのかわからないが、かなりの数になる筈だ。

 死刑以外の刑になるとはとても思えない。

「深月、いい加減そこを避けてください。邪魔です」

「嫌だ」

「これは自分の復讐です。邪魔をするというのなら、排除します」

 灯が銃をコートにしまって突撃して来る。

 俺には灯がくれた碌に扱えない銃があるだけだ。加えて、礼二郎を無防備には出来ない。

「柚、礼二郎を拘束しなさい!」

「礼二郎、隠れろ!」

「ひ、ひぃ……!」

 わからないけど、視線を遮ればいける気がする。

 案の定、礼二郎が拘束された様子はなく、奥のテーブルの下で椅子を盾にしている。

「柚! 灯を拘束してくれ!」

「はい」

 俺を殴ろうとしていた灯の動きが止まる。

「……ぐ……っ……どう、して……っ」

 停止している灯のコートから銃を取り出して、柚の方に投げる。

 それから、悔しそうな灯の体を思いっきり抱きしめた。

「っ」

「灯、もういいんだ。終わったんだよ」

「終わってなんて、ない……! 私はっ、お姉ちゃんのことを、どうしても許せない……っ」

 灯の手が俺の背中にしがみついてくる。

「深月のばか……っ! 何も終わってなんかないっ、お姉ちゃんのことは過去じゃない……っ、今……今、許せないのっ」

 荒く不規則に上下する灯の背中をトントンと叩く。

「うん。許せなくていい。灯は怒っていい。許さないままでいい」

「じゃあ、私に殺させてよ……! なんで、止めるの……っ」

「灯が殺したら、礼二郎は楽になるんだ。これから負うであろう世間からの恐ろしい非難の声も聞けない。辛く苦しいだろう取り調べも、裁判も、何も耐えることなくただ死んでいいのか? だからこそこいつには償わせるべきだと思う」

 本心では、灯には礼二郎たちと同じになってほしくない。ただそれだけだ。それだけのために、灯の復讐の邪魔をして綺麗事を沢山並べていく。

 俺も随分と自分勝手だな。

 テーブルの下にいる礼二郎に目だけ向ける。

「礼二郎、これでお前はもう死体をもてあそぶことはできない。お前が好きなことはもうできない。お前に与えた俺がお前から生きる最大の理由を奪う。それがお前の償いだ」

「……それが、神のお言葉、ですか……」

「そうだ。それほどお前の罪は重い」

 腕の力を緩めて、灯の顔を正面から見る。

「これでもう連続死体損壊事件は起きない。灯が逮捕するんだよ、ほら」

 解放して背中を軽く押すと、灯はきっぱりとした足取りで礼二郎のところに歩いていく。

 そして、遂にその手に手錠をかけた。

「午後二十三時十八分、樋口ひぐち礼二郎、確保」

「よく頑張ったな」

 灯の頭に手を乗せる。

 怒られるかと思ったけど、灯は何も言わなかった。

 礼二郎を連れて弥凪を拘束したという部屋に戻ったが、弥凪はそこにはいなかった。

 柚も、いつの間にかいなくなっていた。


 礼二郎を警察署に届けて、俺と灯は警察に色んなことを細かく話す。

 礼二郎も隠し事はせずに正直に話しているようだ。

 ただ、朱ゐ黎あかいくろだの切断の力だのは信じてもらえなかったようだ。当たり前だ。

 星が消え、空が明るい薄紫に変化していく。

 俺と灯は一旦帰されることになった。

 日が昇ったらまた署に行って話の続きをしなきゃいけない。

 灯と二人で警察署を出る。

「灯も出てきてよかったのか?」

「ええ……自分は、疲れていますから」

 俺も疲れたな。

 長い一日だった。

 死ぬかと思った瞬間もあったし、死を覚悟した瞬間もあった。

 死体への愛を再認識した一日でもあった。

 家族のこととか、生きている人との関係とか、悩んでいたことは色々あったけど、それがなくても俺は綺麗な死体が好きだ。

 あの芸術的美を、今の礼二郎ならわかってくれるだろうか。面会が叶うのなら、一度話しに行ってみるのもいいかもしれない。

 死体美術館があったら毎日通いたいな。

 でも、これで死体と遭遇する毎日ともお別れだな。

 不謹慎極まりないけど。

「……う……くっ……」

 半歩後ろを歩いていた灯が急に立ち止まって俯いている。

「灯……?」

「深月……っ、ありがとう……っ」

 顔を上げた灯の深い赤色の瞳が涙を生産し続けていく。

 ボロボロと落ちていく雨のような涙が、アスファルトの色を濃く染める。

「私は、警察だからっ……本当は、怖かった……っ、自分が許されない罪を犯すのが、怖かった……大事なお姉ちゃんのためだって、それを免罪符にしてたけど、深月が止めてくれて、自分が怖がってたことに気づいたの……っ、だから、ありがとう……っ、私を守ってくれて、ありがとう……」

 灯の頭を撫でるのが癖になりそうだ。

 灯は背が低いからちょうどいい位置にあるし。

「じゃあ俺からも。俺を見つけてくれて、ありがとう」

「うんっ」

 人形のようではない、キラキラの感情で、灯が笑った。

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