第48話 柚の特異能力

 あかりが合流した。

正ヶ峯しょうがみねたちは院内に逃げ込みました。今のうちに体勢を立て直しましょう」

「ああ。ゆず礼二郎れいじろうの力について教えてくれ」

「はい。わたくしにわかることでしたら、なんでもお話いたします」

「切断はどうやってやるんだ?」

「対象に触れて念じます」

「触れないと出来ないのか?」

「ええ」

 やっぱりそうか。確証が得られた。

「それから、切断の力は連続して使えません」

「次に使えるまでどれくらいかかる?」

「数えたことはありませんが、一分程度だと思います。加えて、使いすぎると疲れます」

「なるほど。正ヶ峯が乱発してこなかったのはそういうわけですか」

 灯がさっと柚のとなりに入り込む。

「失礼」

 まただよ。

 俺は灯のこの唐突さには慣れたものだ。

 灯が柚に口づけをしている。

 なんとなく、直視してはいけない気がして目を反らす。

「今日を喜び祝い、喜び踊ろう」

 早口で言い終えた灯はいつも通りだけど、柚も取り乱した様子はない。

 すごいな。

「特異能力が見えたので起こしました。わかりますか?」

「……ええ」

 本当にすごいな。理解も受け入れるのも早い。

 柚が自らの手のひらを見つめている。

深月みつきさん、試してもよろしいですか?」

「えっ、害がないなら」

「それでは失礼いたしますね」

 柚が俺に手のひらを向けてからグーを作る。

「わ」

 今、なんか両腕のあたりがきゅっとした。

 動かそうと思っても動かない。

「すごい、なんだこれ」

 相当神経を使うのか、柚は黙って集中しているようだ。

 代わりに灯が答えてくれる。

「拘束の力のようですね」

 それってわりと今ほしい能力なんじゃないか。

 試しに全力でふりほどこうと努力してみる。

 俺くらいの力じゃ、びくともしないな。

 そのまま二十秒くらいが経過する。

「……っは……」

 水中から出てきた人みたいに柚が空気を吸い込んだ。

「息、止めてないと駄目なのか……?」

「慣れれば出来るかもしれませんが……」

 やはり特異能力は万能ではないようだ。

「では、柚はその力で礼二郎を足止めしてください。その間に自分が」

「礼二郎は俺に任せてくれないか」

「何故深月が? 奴と因縁があるのは自分です」

「そうでもない。あいつを犯罪者にしたのはどうやら俺らしい」

「はい……?」

「前に話したよな。オフィーリアを描いたって」

「ええ。入賞して誇らしかった、と」

「あいつが死体に歪んだ愛を持つようになったのはあの絵のせいだったんだ。灯のせいじゃなかった。だから礼二郎は俺に任せてほしい」

 信じられないような真実に灯が黙る。

「俺はあいつと話し足りないんだよ。俺が蒔いた種なら拾うのは俺の役目だ」

 もっと食い下がってくるかと思ったけど、灯は短いため息を吐いた。

「いいでしょう。自分は正ヶ峯をなんとかします」

 灯が納得してくれてよかった。

「柚、灯について行ってくれないか?」

「それだと深月さんが」

「灯と二人で弥凪やなぎを行動不能に出来たら、俺の援護に来てほしい。頼めるか?」

 柚は判断が早い。迷わないところは前も今も変わらない。

「わかりました」

「まずは二人を分断するところからですね。柚、切断の能力はまだ使えるんですか?」

「えっと……」

 柚が何かを試すが、何も起きない。

「使えなくなっています」

「ではこちらの攻撃手段はこれと、体術も場合によっては有効ですね」

 灯が手の中の銃に目をやる。

「あの、灯さん」

「何か?」

詩歩しほちゃんのこと、責めないんですか……?」

「責めることが自分の益になるならいくらでも責めますが。詩歩も深月も許しているのなら、自分はこれからが大事だと思いますよ。なので、これが終わったら正式に連行させてもらいます」

 灯は灯だ。

 この少女に見える大人は、最初からこうだ。厳しいようでいて優しいけれど、正しい。騙すようなことは言わない。

「詩歩ちゃんもそう言うと思います」

「さて、相手を分断するために離れたところから一度能力を使ってもらう必要がありますね。何も出来ない間にまずは正ヶ峯から確保していきましょう」

 三人で夜の院内に侵入する。

 外は月明かりがあってまだ視界がきいたが、使われていない院内は照明がなくて真っ暗だ。非常口の緑色の光さえついていない。

 礼二郎たちはどこにいるんだ。

 向こうも俺たちを狙っている以上、いっそ見つかって攻撃された方がいい。それがこちらの狙いだ。

 だから足音も隠さず歩く。

 さあ、来い。

 二回戦と行こうじゃないか。

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