第47話 贈り物
「
追いかけてくる
「っ」
「
灯が弥凪に銃口を向けている。
弥凪は俺の前で両手を上げて停止した。
「でもさぁ、刑事さん、どっちか一人しか撃てないでしょ?」
余裕そうな弥凪の前で立ち止まったから礼二郎に追いつかれて腕を掴まれてしまう。
しまった。
「礼二郎サン! 深月ちゃんの手はダメっすよ!」
「……? 僕のものなんだよ、この子は。僕のオフィーリアだったんだ」
「え?! 何言ってんの……? ちょっとストップ」
弥凪が礼二郎の手を俺からはがしてくれて、なにやら揉めそうな雰囲気だ。
その隙に灯の方へ逃げようとするが、弥凪に裾を掴まれる。
「どこ行くの? 逃げちゃダメでしょ」
「深月、伏せてください」
礼二郎と弥凪が停止している状況だ。重い恨みを持つ灯が礼二郎を狙うのは必然だろう。
だから俺は迷わず礼二郎に覆い被さり転がった。
これは、違うんだと思う。
最愛の姉を奪われた灯の憤りも悲しみも、俺にはなんとなくしか感じ取れない。灯が礼二郎を亡き者にしたいというなら、そうさせてやった方がいいのかもしれない。俺は元々他人の生き死にには疎い。それで灯が救われるのなら是非そうしてもらいたいとさえ思う。
でも、そうじゃないだろ。
灯と理由は違えど、俺だってこいつのことは許し難い。死んでくれたら清々する。こいつは俺の大好きなものを沢山汚してきた。このまま野放しにすればきっとまた死体を汚す。そんなの、許せない。
それに、俺のオフィーリアを汚そうとしたことも許せない。
だけど、灯が手を汚すのは嫌だ。
灯が礼二郎たちと同じ舞台に上がる必要なんてない。そんなステージ、上がってほしくない。
灯にこんな下衆野郎と同じになってほしくなんかない。
暴力で何かを解決しようとする人間になんか、なってほしくない。
銃声と、煙の匂いと、アスファルトの上を転がった衝撃の順番もよくわからない。
銃弾が掠った熱が腕を焦がす。
「……っ」
「どうして……?!」
「いて……灯、ちょっと待ってくれ……」
「どうして深月が自分の邪魔をするのですか……?」
弥凪が膝を叩いて笑う。
「あっはは! 深月ちゃん、まじで面白れー! くく、どっちの味方なわけ?」
起き上がろうとすると、地面にぐん、と引き戻される。
「僕のものに、なってくれるってことでいい?」
まずい。
礼二郎と密着しているから、どこをどうされるかわからない。
でも灯が礼二郎を狙っている以上無理に離れることも出来ない。
弥凪、は見物する姿勢だ。
どうする?
俺がここから離れたら、灯は迷わず礼二郎を撃ち殺すだろう。
俺が犠牲になって……なっても何も変わらないし、やっぱり灯は礼二郎を殺すだろうな。
だったら、俺が礼二郎を、殺す……?
こんなに近くにいるのなら、俺の下手な腕でも弾を当てることは容易い。可能だ。
俺は。
それも違うと思う。
俺の手は絵を描くためのものだ。
灯が、詩歩が、弥凪が、俺の絵を好きだと言ってくれた。
俺も今の俺の絵が好きだ。
俺が手を汚してしまったら、俺の絵は変わってしまう。それはわかる。
だったら、俺もそうするべきじゃない。
そうなるくらいだったら、それこそ、死んだ方がましだ。
ごめんな、灯。俺は結局最後まで灯の気持ちに寄り添えなかった。
目を閉じて死の瞬間を待つ。
静かだな。
走馬燈って見えるのかな。
碌でもない昔が見えたら嫌だけど、最近は楽しかったな。
「うっ……」
耳元に礼二郎のうめき声が聞こえて、何事かと目を開く。
礼二郎が横に転がった。
まさか、灯が……?
でも礼二郎はまだ生きている。
腕を怪我しただけ……?
一体誰が。
「深月さん! 離れて!」
動かない礼二郎を弥凪が助けて病院の方に移動する。
路地の入り口から現れた小柄な影が景色に足される。
「…………
柚が手を前に構えながら、俺の方に歩いてくる。
どうして、柚がここにいるんだ。柚は詩歩を殺害して逃げたんじゃないのか。
まさか、礼二郎のために俺を殺しに来たのか。でも狙いを外した……?
柚から距離を取ろうと、起きあがって、照らされた月明かりで見える。
柚が泣いている。
「深月さん……わたくし……
すごい泣いている。
詩歩を失ったあとの俺みたいに泣いている。
俺の前まで来た柚が、ぺたんと座り込む。
「ごめん、なさい……っ、深月さんのこと、好きじゃない、ですっ……嘘、つきました……っ」
「…………」
「詩歩ちゃんを取られたくなくてぇ……っ、誰にも、取られたくなくて……っ、詩歩ちゃん、ごめんねぇ……っ」
柚は後悔しているのか。
敵じゃ、ないのか。
今なら、詩歩の言葉が届くんじゃないのか。
「詩歩は最期まで心配してたよ。柚を助けてあげてって、俺に言った」
「詩歩ちゃん……っ」
俺は何を弱気になっていたんだ。
死んだ方がまし?
そういうところが俺は駄目なんだ。
冗談じゃない。
詩歩は俺に柚のことを頼んだ。俺はそれを無視したまま死のうとしたのか、大馬鹿野郎。
「深月さんっ」
柚ががしがしと袖で涙を拭って、はっきりと俺を見て、礼二郎を睨みつける。
「詩歩ちゃんが、言ったんですね……? わたくしを助けてって」
「ああ、言った」
「詩歩ちゃんがそう言ったのなら、信じます。深月さんはわたくしを救ってくださる方なんだと」
柚は詩歩を殺した張本人だ。
俺は柚のことを許せないと思うべきなんだろう。
けれど、そうは思えない。柚はきっと俺なんかよりも詩歩のことが好きだったんだ。俺なんかよりも長い時間を共に過ごして、いい感情だけじゃなくてもっと色んな感情を抱くこともあったのだろう。それほど、たくさんの時間を共有してきたのだろう。
そんな二人の間に入ることなんて出来ない。
だから詩歩が恨んでいないのに、俺が恨むことは出来ない。
それに、この状況で柚が味方になってくれるのなら、戦況を動かすことが出来る。
柚が俺たちの側についてくれようとしているのは、きっと詩歩が最期まで柚のことを諦めなかったからだ。
詩歩はいなくなっても、ちゃんと俺たちに残してくれている。
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