第46話 深月と礼二郎
「あっ……わあぁ……」
これまでの緩慢な動きとは打って変わって、素早くしゃがみ込んだ礼二郎は風に飛ばされそうな写真を地面から拾う。
「な、なにを……するんですか……」
「それはお前の為の絵なんかじゃない」
「わ、わかって、いますとも……僕が、勝手に惚れた、だけです……」
礼二郎はひざまずいたまま、拾った写真に視線を落としている。
「貴方のようなお方が、何故、警察の手伝いを……? 僕にはわかり、ません……あの子が警察の人間だってことも……本当なんですか……?」
「
顔を上げた礼二郎の、呆けたような表情が傾く。
「なにを、仰るのですか……? 貴方が? あんなに魅惑的で扇状的な絵を描いた貴方が、死体が嫌いなわけがない」
「誰も嫌いだなんて言ってない」
「そう、でしょう……そうでしょう! 本当は貴方も死姦がお好きでしょう! 僕と一緒に楽しみましょう!」
礼二郎が手を差し出してくる。
楽しみましょう?
ふざけるな。
死体を集めて別の死体を作るだなんて妄想のせいで、こいつはたくさんの死体を汚したのか。綺麗な死体に余計なことをして、美観を損ねたのか。
頭が、顔が、腕が、熱に圧迫されそうだ。
未だかつてないほどの感情に手が震える。
詩歩に罵倒された時でさえここまでの憤りは覚えなかった。
詩歩。
その存在を思い出して、すっと頭を内側から締め付けているものが緩和される。
詩歩の時もそうだっただろ。相手のことをよく知らないから、わからないから怒りが沸くんだ。相手は俺を神と呼んだ。もっとよく話せばわかるかもしれない。
ちらりと灯の方を確認する。
暗くて灯の怪我の程度はわからないけど、
俺はこっちに集中しよう。
「……お前はどうして死体を姦するんだ?」
「は、い……? 死体が好き、だからですが……?」
「俺も死体は好きだ。でも死体は綺麗なのがいい。怪我させたりしちゃ駄目だ」
「? 死体が、お好きなんです、よね……? だったら、愛し合いたいじゃ、ないですか」
え、待って。
俺は怪我の話をしているのにどうして愛がどうのという話になるんだ。
「いや、だから、好きなら痛い思いはさせたくないだろ?」
「好きだから、酷いことをしたい、んじゃないですか……?」
「え? 好きなら酷いことはしたくない」
「そんなはずは、ありません。愛している、からこそ、この溢れる想いを叩きつけ、たいのです……」
怖い。
俺とこいつでは、何か根本的なことが違うらしい。
「……えっと、お前はオフィーリアを造ってどうするつもりだったんだ……?」
「もちろん、死姦するんですよ! 僕が最も愛して、いるのは、このオフィーリアなの、ですから!」
得体の知れない不快感が胃に漂う。
「……俺のオフィーリアだぞ……」
他人に我が子を汚される嫌悪感とは、こんな感じなのだろうか。
「で、ですから……僕の、オフィーリアを造ろうと……それで、貴方が……ああ」
礼二郎が立ち上がったから、手を伸ばしても届かない距離まで後退する。
「ふへ、へ……そうだった……貴方が、僕のオフィーリアだ……」
礼二郎の手が迫る。
あれに触れられたら終わりだ。
コートから銃を出して、咄嗟に構える。
「……どうして? 僕のことを、撃つの……? 君は僕の、もの、なのに……?」
礼二郎がふらふらと歩を進める。
「落ち着け! 俺はオフィーリアじゃない!」
後退しながら引き金を引いた。
銃声と白い煙幕が出て、一瞬だけ礼二郎の得体の知れない不気味な風貌を隠す。
弾はどこに飛んだんだ。
ちゃんと外れたんだろうか。それとも当たってしまっただろうか。まずいところに当たっていたらどうしよう。
幸か不幸か、礼二郎は無傷らしい。
「……どうして、撃ったの……? ちょっと死体にしようとしただけなのに」
「ちょっとの使い方おかしいだろ」
追いかけてくる礼二郎から無様に逃げ回る。
やはり俺の腕では銃を扱うのは無理だ。どうせなら訓練させてほしかったな。
灯に助けを求めたいけど、向こうもやりにくそうだ。
何を考えているんだ。俺がもっとしっかりして灯を助けに行かないといけないんだぞ。
まずは俺は俺でなんとかしないと。
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