第44話 作戦会議
「それで、当てはあるのですか?」
「ない」
ため息でも吐かれるかと思ったけど、
「締まらないのが
「……悪かったな」
「深月はそれでいいと自分は思います」
灯はそうやって、俺がどんな風でもすぐに受け入れてくれる。
その思いに全力で応えたいから、俺は弱いままではいたくない。
「大丈夫です。自分には当てがあります。
玄関ドアに触れた灯の手がまだ震えている。その手を握った。
「俺を盾にしてもいいから。俺は灯みたいに強くないけど、灯には大きな恩がある」
俺はすぐには強くなれないから、どうしたら灯を守れるかを考えなきゃいけない。
玄関から部屋の中に戻って、冷凍庫を開ける。
「……深月……?」
よかった。冷凍ごはんがある。これを電子レンジに入れて解凍しよう。
一応冷蔵庫を開けたけど、明るい庫内が見えるだけで食品は何も入っていない。知ってたけど。
「なにを、しているんですか……?」
「具がなくて悪いけど……塩くらいはある」
ごはんの解凍を待って、準備していた塩を振りかけてぎゅっと握る。
それを灯に差し出す。
「ほら。食事は大切なんだろ?」
「……」
口を開けたままの灯にただ見上げられる。
だからその口におにぎりを押しつけた。灯の口が動く。
「……硬い……握りが強すぎます」
「ごめん」
「でも……塩加減はとても適切だと思います」
「それは、どうも」
「飲み物があるともっと上出来です」
「了解」
水道水をコップに注いで灯に突き出す。
「深月」
「悪い。水しかないんだ」
「ありがとう」
灯が鼻をすする。
「……どういたしまして」
灯と一緒に玄関の
「糖分は実に大切です。脳に血液を行き渡らせてくれるので思考がクリアになりますし、何より身体を動かす動力源になります。今ほどごはんが適切な場面はありません。すばらしいです、深月」
「……へ、へぇ……」
灯、お腹空いてたのかな。
なにはともあれ灯が元気になったようでよかった。
「灯、作戦会議をしよう」
「はい」
「現状こっちの戦力として動けるのは灯だけだ。俺の役割を考えたい」
「そうですね……まずは向こうの戦力を考えましょう。大人数で動くとは考えにくいですが、
そうだな。礼二郎に会う時、いつも
「ああ」
「次に特異能力についてです。あるのは切断の能力だけ、でしょうか?」
「それについて
「そうなると切断の能力は誰のものなのか、という疑問が生まれますね」
「……
「くれた……?」
「ああ。
「……なるほど。自らの特異能力を他人に分け与える能力か……洗脳は分け与える時の付属品か、礼二郎の技術によるものか」
「それなら辻褄が合うな。だが、礼二郎が灯のように他人の特異能力を開く能力者の可能性は? 切断の能力者は他にいるかもしれない」
「それはやはりあり得ないと考えます。特異能力がトラウマに起因するものであっても、本人がそこから何を思ったかによって能力は千差万別なはず。同じ能力を持つ者が偶然二人いるならまだしも、複数となるとおかしいんです」
そうだったな。灯がそう言うならそうなんだろう。
「深月、足を怪我していますよね」
「え? あ、ああ」
廃小学校で弥凪の切断能力にやられた傷だ。
「正ヶ峯は何故深月の足を切断しなかったのでしょう」
「それは弥凪が俺の絵のファンだからだって」
「足を片方切り落とすくらいでは死にませんし、絵に必要なのは手の方です。足を切断した方が逃走にも有利に働く。なのに正ヶ峯はそうしなかった。おかしいと思いませんか?」
言われてみると確かにそうだ。
何故だ。これまでの言動を思い返してみると、弥凪は多分そんなに優しい奴ではない。だとすれば、切り傷だけをつけた理由はなんだ。
「……切断したくても、できなかった……?」
「どういうことですか」
「……少しだけ考える時間をくれ」
思い出せ。
俺は切断の能力を直接見ている。
廃小学校の時と、柚が詩歩に使った時の二回、目にしている。
何が違うんだろう。
俺の時は、明るい教室の中で、戸口に俺、俺の後ろに灯がいた。教室の中央には弥凪がいて、その後ろに礼二郎がいた。それから礼二郎の
詩歩の時は、薄暗い公園で、俺は公園の入り口にいた。柚と詩歩はブランコの近くで密着していた。
柚と詩歩は密着していたな。
俺が弥凪に切られた時は距離があった。
「もしかして、切断の能力は距離に制限があるんじゃないか?」
「一定の距離以上だと、切断出来ないということですね」
「あの時、俺と弥凪の距離は……そうだな……多分、六尺くらいあった。それだと切断は出来ない、のかもしれない」
「約二メートルですね。ふむ……どこが限界値かはわかりませんが、距離に制限があることに関しては当たりだと思います。特異能力はそんなに万能なものではありませんから。詩歩と遮断の能力の実験をした時も、遮断膜の大きさや持続時間には限界がありました」
そんな実験、いつの間にしていたんだろう。
「柚は詩歩に触れていた。ひょっとすると対象に触れないと発動しないのかもしれない」
「それならば対策も立てやすいのですが……これまでの犯行で指紋が出てこなかったことから近距離ならば発動する可能性もあります。まあ、手袋をしていれば関係ないでしょうけど。いずれにせよ決めつけは危険ですね。距離を取る戦法が有効かもしれない、程度に留めておきましょう」
「そうだな」
「実は深月が不在の間に小型銃と銃弾の補充を行いました」
「外に出られたのか……?」
「いえ……ここに持ってきてもらいました」
灯がコートのポケットから一丁だけ出して床に置く。
「深月にはこのスプリングフィールドアーモリーV10を」
「スプリング……? なんて……?」
「弾は当てようと思わなくて結構です。構えているだけでも牽制になりますから」
いよいよ俺も銃の所持が出来るようになるのか。
不謹慎だけど、わくわくしている自分がいる。
「自分は距離を取って銃で応戦します。深月は正ヶ峯を引き留めてください」
「どうやって……」
「そうですね……正ヶ峯の職場の店員や深月の話からすると、正ヶ峯は自分の仕事に誇りを持っている人間だと思われます」
「……ああ、確かに。芸術家は変人扱いされてこそ、とか言ってたな」
「ならば、挑発して口論に持ち込むのはどうでしょう」
「どうでしょうって……俺にそれが務まると思うのか……?」
「芸術家についての話なら深月にも出来るでしょう。深月は話を合わせつつ正ヶ峯の芸術性を否定すればいいんです。こだわりが強そうなので、暴力にうったえるよりも論破することを望むと思います」
「まあ……それは……そうかもしれないけど……」
ちょっと自信ないな。
絵の話とか、料理の話とか、すれば、いいのか……?
いや、創造性の話か。
灯の目がいつかのように暗く陰ったことに気づく。
「……灯、まさかとは思うが、礼二郎を殺すつもりか?」
「自分はそのために生きてきました。姉の復讐が自分の役割です」
「それが終わったら……どうするんだ?」
「……はい?」
「復讐が終わったって、灯の人生は続いていくだろ?」
「……」
俺はもう知っている。
強くあろうと努力している、この脆い女の子のことを。
「続いていくんだ。そういうものなんだ。だから生きてここに戻って来よう」
「……ええ」
「それで、礼二郎はどこにいると思うんだ?」
「おそらく、自分と彼が出会った場所かと。自分を狙うなら、あの場所で待っている気がします」
「じゃあ、そこに行こう」
「はい」
俺が開けた玄関ドアから、大きく深呼吸をした灯が出た。
作戦はあれで本当にいいんだろうか。
灯と礼二郎を戦わせても、本当にいいんだろうか。
今は灯の虚勢を信じて、最悪、本当に盾になる覚悟を決めよう。
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