第38話 二年前 詩歩の記憶
授業が終わってぱぱっと教科書とノートを鞄に詰め込んで、斜め後ろの席の横に立つ。
「
茶色の薄い髪が揺れて柚がこっちを見上げる。いっつも思うけど、顔小さいなぁ。
「シャトーベリー?」
「うん! 今日から期間限定の柿マウンテンやってるんだよ!」
ちょっと興奮して話しちゃった。
柚は落ち着いてて、なんていうか、女の子、って感じ。
「柿ねぇ。秋ねぇ」
「ね。行こうよ」
「はい。お供いたしますねぇ」
柚が笑ってくれた。
断られなくてほっとした。
柚と教室を出ようとすると呼ばれる。
「
「うん。何?」
「現国のノート貸してくんない?」
「寝てた?」
「えへへ」
笑って誤魔化さなくても普通に貸すけど。
鞄の中のノートを友香に渡そう。
「はい。返すの明日でいいよ」
「さんきゅーの助!」
「いえいえ。じゃ、また明日!」
「明日ね~」
ずっと黙っている柚だけど、先に行ったりしてないよね?
ばっと振り向くと、ちゃんと後ろにいた柚にほっとする。
「ごめん。行こっか」
「はい」
学校を出て、クセのある先生の今日の授業のポカの話なんかをしながら、お店に向かう。
柚はいっつもにこにこしながら話を聞いてくれるから、ついいっぱい色んなことを話しちゃう。
シャトーベリーに着いた。
慣れた店内に入って、空いてる席に座る。
「どれにしよっかな~」
「期間限定のではないの……?」
「それはそうなんだけど……他のも美味しそうだし、一応迷うんだよね」
「詩歩ちゃんはいつも不思議よねぇ」
不思議なのは柚の方だと思う。長い時間一緒にいても、ちょっとなにを考えているのかわかりづらい。
「柚は? 何にするか決めた?」
「わたくしは期間限定の柿マウンテンにしますぅ」
「……柚って迷わないよね」
「期間限定ですからぁ、今日を逃すと迷う対象にも入れられないよぉ?」
「そう……なんだけど、このね、チェリーとりんごのとか、チョコとベリーのとかも美味しそうで……うう、もうちょっと待って」
「ふふ、どうぞ。いくらでも迷ってねぇ」
で、結局私も柿にするんだけど。
少しして、お店の人がオレンジのパフェをトレイに乗せてこっちに来る。
マウンテンの名前の通り、ガラスの器の高さを軽々と越えたサイズのパフェだ! すごい! 写真撮らなきゃ。
柚はもう一口目を食べている。
「随分と甘い柿ねぇ」
「ほんと?!」
てっぺんに飾り付けされた柿をスプーンに乗せて口に入れる。
甘い! おいしい!
「おいしい~! これにしてよかった~!」
「そうねぇ」
会話そっちのけで上の方をバクバク食べる。
「……詩歩ちゃん、進路は決まったぁ?」
「ん……? うん。第一志望は
「……詩歩ちゃんなのに、もう決まっているのねぇ……」
「どーせ私はいつも迷ってばかりですよ!」
「そうねぇ」
柚が笑うから一緒になって笑う。
いいな。柚のこういう嫌味のない正直なところ。気を遣わなくていいから楽だな。
柚とは、小学三年生の時に
「なんの学校なのぉ?」
「元々は英文科とか経済学科の学校なんだけど、去年から人間科学部が出来て、そこに行きたいんだよね」
「人間科学……?」
「そう。心理学系の学部なんだ」
「……詩歩ちゃんって、そういうことに興味があったの……?」
まだ誰にも話してなかったから、ちょっと照れくさいけど、柚には話したい。
「うん……。私ね、大学で犯罪心理学とか、学びたいんだ」
あの日のことはきっとずっと忘れられない。ううん、忘れちゃいけない。
幼馴染みを見捨てて、ひとりで逃げてしまったあの日のことは。
どうしてあんなことが起きたのかを、私は知りたい。
どうしてあんなことをする人がいるのかを、私は知りたい。
どうすればあれを防げたのかを、私は知りたい。
だから勉強して、いっぱい頑張って、犯罪に手を染める人をひとりでも減らせたら……そうしたら、あんな目に遭う人をひとりでも救えるかな。
私の罪も許されるかな。
「……わたくしも、同じところを受験しようかしら」
「え?」
柚があんまりにも軽い調子で言うから、食べかけのパフェから柚に目が移っちゃう。
柚はいつものにこにこした顔でいて、真剣さもなにもなくて、本当に軽い空気で、進路を決めた。
「わたくしには行きたいところも、なりたいものもまだなくてぇ、お母様が薦めてくださるところにしようと思っていたけど……詩歩ちゃんが真剣なんだもの」
どうして私が真剣だと、柚が私と同じ学校に行くことになるんだろう。
「詩歩ちゃんは何かをしようとしているんでしょう? わたくし、そういう詩歩ちゃんのお手伝いをしたいって、今思ったの。だから、同じ道に進むのが一番かと思ってぇ」
「……」
柚は決断が早い。迷わない。
こんなにのんびりしているのに。
小学生の頃は気弱でおっとりした柚を守らなきゃって思って一緒にいた気がするけど、柚はいつでもはっきりしていて、私が迷った時は、こっちだよって道を教えてくれて、いつの間にか、私が柚に頼るようになっていたのかもしれない。
柚はそれを何も言わずに受け入れてくれていたのかもしれない。
「詩歩ちゃん? もしかして、わたくしが一緒だと、お嫌……?」
だめだって言われるかもしれない、みたいな顔で首を傾げている顔に、ついつい笑っちゃう。
「ううん。そんなわけないじゃん。柚が一緒だとすっごく嬉しい! 絶対楽しい! じゃあさ、一緒に勉強しようよ!」
「ふふ、そうねぇ。ふたりで合格しようねぇ」
「うん!」
あの時のパフェ、美味しかったなぁ。
今年も期間限定の柿マウンテン、やってるのかな。
また、柚と行きたいなぁ。行けるかな。
目を覚ますと、薄汚れた天井が見える。
潜伏している古い空き家は静かすぎる。
ほっと息をつく。
二人にはこんな私を見られたくなかったのに。
私はここでやることがあるから、まだ二人のところには戻れないのに、これで本当に戻れなくなっちゃった。
どうしよう。
やっぱり、私ひとりじゃどうしていいかわかんないや。
私はこれからどうしたらいいんだろう。
教えてよ、柚。
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